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紙上史  作者: こーりょ
4 紙に例えられた世界の上で、二人が綴る短い歴史
97/100

4-14 宙の虚

 戦場にいたはずだ。


 津島は顔を叩く風に眉を寄せる。はるか下の大地はすでに木に埋もれており、戦場から遠く離れた場所であることは明確だった。

 宙を滑る翼人。その腕一本のみで抱えられた津島は現状に理解が追いついておらず、ひとまず全身を脱力させることで全てのバランスを翼人へ任せていた。


「あの、どこへ行くんですか」

「決めていない。ひとまず簡単には見つからない場所へ行く。もはやセネスリードだった場所も監視下だろうからな。即殺されることは目に見えている」

 端的な言葉は頭上から降ってくる。

 チオリはというともはや意識が混濁としているようで、瞼を閉じたまま 津島同様に全ての体重を翼人へ任せていた。

「どうして自分やチオリさんも連れてきたんですか? そうだ、それにもう一人の兵贄は」

「シノなら問題ない。このすぐ下をのんびり走っているはずだ。怪我の可能性もあるから、もう少しした先で一度休息をとるが」


 彼の言葉に津島は「なら」と口を開く。

「ここで一度、地上に降ろしてもらえませんか。自分はセネスリードに行かないといけないんです」

 無言のまま話を促す翼人に、津島は戦場で出会った地図屋と名乗る少女のこと、そして彼女からの伝言を口にする。

 しかし翼人の反応は決して前向きなものではなかった。


「罠だな、伝言主を明確にしていない時点で確実だろう。セネスリードを指定すること、そして地図屋と名乗るのもおかしな話だ」

「その地図屋ってそんなにすごい人なんですか? 戦場でも、意味のある名前かどうかって話を聞きましたけど」

「簡単に言えば 実在するおとぎ話の登場人物といったところだ。人間にとってのセネスリードに近しい。とにかくその話は忘れろ。

 今は逃げ切ることを、そしてお前らが元の世界に戻ることを優先させる」


 その言葉に、体の芯がすっと冷えた気がした。


「……そうだ、忘れてました。どうしてあなたがそれを知っているんですか? あなたが日本語を使える理由も知りたい」


 なら、という翼人の言葉を遮り、津島は言葉を続ける。


「でも全部セネスリードに行ってからにさせてください。その話を一番 一緒に聞きたい友達がそこにいるかもしれないんです。万が一罠なら逃げてきます」

「はぁ? ……逃げてくればいいって。それができず結局捕まったのはお前たちだろ。……再び捕まえられては面倒だから俺も共に行く。しかしどっちにせよその前に一度は休息を入れるぞ。こいつのことをどうにかしなくちゃならん」


 煩わしげにチオリの体を揺らせば、薄く開かれた口から謝罪の言葉がこぼれ落ちた。

 意識のないそれに、しかし翼人は目を丸くする。


「起きていたのか。謝罪を受けるほどのことじゃない。こちらとしてもとっさに引き上げてしまったからな。

 そもそもあの状態で放置していたら側にいたバクサアロの兵士に殺されていただろう。それだけお前は無防備だった。ところでお前は」

「あの……今の寝言みたいですよ」


 様子を伺うに目を覚ました様子はない。前方へ顔を向けていた翼人はそのことに気がつかなかったのだ。

 焦りゆえ饒舌になりかけていた彼は、居心地悪そうに唇を歪める。と同時に、少しだけ速度が緩み、高度が下がった。

 遠くに学問の街 パナーダの建物が見える。セネスリードはパナーダから少し離れた花の街メー・ウビウスのそのまた向こうにあったはずだ。到着が見えたと安堵すると同時に、喜びが湧き上がってくる。上がる口角。しかし光景は突然、黒に包まれた。


 素っ頓狂な声が喉から飛び出る。

 先ほどまでいた天はどこへやら、そこは自らの手すら視認が難しいほどの深い深い闇で覆われていた。


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