4-15 記憶:村への道すがら
学問の街パナーダにて、ベニヒの髪をこの手で切り落としたのが三日前。
花の町メー・ウビウスにて一夜を過ごし、ぽぽーんと合流したのが二日前。
今、宓浦空をはじめとする一行は、一年を締めくくる依頼のために翼人の街セネスリードを目指している。
しかし、ベニヒは夕飯の肉をかじりながら首を傾げた。
「すぐという話ではなかったか???」
一行の先頭を買って出ていた津島が「そのはずだったんですけど」と俯く。
彼がかつて体感した時間はほんの数十分という話だったが、半日歩き通してもなお到着の気配は見えずにいるのだ。
採取した角の選定を行うグルーンが「野宿の道具持ってきててよかったな」と笑う。
「一緒に歩いていたのがあの神様なのなら、道理が通じないのも仕方ないし」
彼と津島と共にキクジンへ行った際に起きたことや聞いたことは、全てぽぽーんの皆にも伝えてあった。
レヨンの弟、アルパイン・セルパータがため息に似た声を出す。
「にしても本当にびっくりしちゃうな、あのキクジンの神が死んで代理ってマジ?
俺の知らないうちにいろいろ変わってるし、一部の気候は変わっちゃうし、やっぱ軍人になんかなるもんじゃなかったかな」
彼は横目でベニヒを見やる。年末の休みで狩りの手伝いにやってきた彼はまずベニヒの髪型に、そして彼女が酒をやめたことに驚きと喜びを示し、どうしてか空と津島に深く深く礼を言ったのだ。
彼の言う気候、それはかつて砂漠だったジュデグナが湖になったことを言っている。しかしその原因をアルパインには伝えていなかった。あくまで軍人である彼に不要な知識を入れたくはない。知らなければ隠す必要もない。それらは彼の兄であるレヨンの意見だった。
「バジェダの角、ヒエリカの蜜共々、数は揃ったな。あとは質を見て調節するか。私は寝るよ」
うっかり口を滑らせる前にとテントへ潜り込むベニヒに、ミヨ・トッペスも立ち上がる。
「トッペスも寝ます。カズ、明日も道案内よろしくね」
「あっ、はい! よろしくお願いします」
こくこくと頷く津島。
——しかし不思議と次の日も、目的地であるセネスリードには到着できなかった。
森の中、さくさくと地を踏みしめる音が固いものに変わり、自然の階段へと移り変わる。今が年末でなければ木々の隙間から光がこぼれ落ち、その反射によってさらに周囲も輝くという美しい石段だ。
「あ、ここ登りきったら野宿」
ミヨ・トッペスのその言葉に「ええ〜もう!?」と一同が口を尖らせる。
明るさの変わらない天の下では時間感覚が狂いがちだ。ただでさえ気だるさのある状況で休息のタイミングさえ見誤れば、結果は言わずもがな。そのため年末の旅には時間を把握するための係がいる。それが今回の旅はミヨ・トッペスだったのだ。
最初は面倒くさいとブウブウ言いながらも彼女は持っているゼンマイ式のタイマーを逐一確認していた。
「もうちょっと行きたい」「我慢して」「ケチ〜」と駄々をこねるぽぽーんの中で、先導を請け負っていた津島がふいに動かなくなる。
難しい顔をして石段のてっぺんから目線を外さない彼のことを怪訝に思い、空はその肩を叩いた。
「カズ、どうした?」
「いや……気のせいかもしれないのだけど」
その様子にグルーンが口を開く。
「思えばさっきから煙の匂いがしてるな。 焚き火にしてはちょっと多い程度だが、そう気にすることはないと思うぞ」
「僕たちみたいなのが居るだけでしょう」
目を閉じ、耳をすませるグリエに津島はうつむく。
「でも、前にもこういうことがあったんです。翼人は人のことを強く警戒しています。もしかしたら今、翼人が人間を殺しているのかもしれない」
それにグリエは肩を揺らし、歩幅を広げた。
「翼人になにかあっては良くないな、急ごうか」
「カズ、ソラも、疲れたかもしれないけど頑張って。 サンデア、サンデア!」
背を叩いて先へ進み始めるアルパイン・セルパータ。
そんな彼らに、ミヨがついに声を荒げた。
「だからここ上がりきったら休憩だってば! そんなに進みたいのならさっさと寝て、明日早く起きて!」
————結局のところ、翼人の村を取り囲むという森へそれから二度の野宿を必要とした。
その森は、不思議を体現した森であった。年末であるにもかかわらずしっとりと闇が落ちているのだ。
魔力の鮮度が保たれている。夜という時間にふさわしい暗がりを抱く森の中、加えて点々と輝く存在があった。
「花が、光ってる」
つぶやいたのは一体誰か。
以前津島が森の中で見かけたという可愛い花達は、夜になると明るく光を放つ種類のものだったらしい。それらについ目が吸い寄せられるのを感じつつ、空は顔を上げた。
花の密度が高くなっている先が煙で白んでいる。異変を感じたグルーンが、耳を地面に押し当てた。
「グリエ、気がついてるんじゃないか? 人の足音があまりに多い」
「それは思った……けど、ここで引き返すのも癪というか」
今までも落ち着かずそわそわとしていた津島が、なにかを思い出したように呟くなり走り出す。
グリエの制止を聞くこともせず、木々の根っこを飛び越え、煙の先へとその姿を消した。
「まずい、見失なうぞ!」
グルーンの声を皮切りに、皆も脚に力を込める。
淡々と周囲の情報を集めてゆくぽぽーんの皆に、空は置いていかれつつあった。
急がなければならない。けれど、急ぎたくない。この先の光景をみたくないという本能的な感覚に足が重くなる。
煙たさにこみ上げる咳を繰り返し、目にしみてこぼれた涙と汗を拭った。
時間相応、時期不相応な様相の森。火の光に、人の足音。心の深い場所で、なにかが小さく揺れ動いている。
「……あ」
季節は冬。体に突き刺さるほど冷たい空気は、しかし炙られ熱を持っていた。
森を抜けた先で、それまで冷やされ痛くなった耳が再び血を巡らせはじめる。
空は唾を呑んだ。ごくりと、思った以上に大きな音が鳴る。
やけに明るいその場所に居たのは膝をついた津島。
彼は茫然と見つめていた、この村の家々があった場所を。
たどり着いた翼人の街セネスリードは、ぱちぱちと音を立てて燃え盛る火によってその存在を過去のものへと変えようとしていた。




