4-16 記憶:旧 翼人の村
綺麗だ。と感じた。
不謹慎ながらに。
心の底からわき上がる不思議な高揚感は、きっとこの燃え盛る火によるものだろう。
人の影は見られない。
ぽぽーんの皆が光景に狼狽えるのを視界の端に、津島を見やる。
「……あ」
津島の口から小さく漏れる音が耳に入る。
すうと息を吸う音に、直感的に“まずい”と感じた。
直後、一帯をつんざく悲鳴混じりの怒鳴り声。
それは友人が住んでいた場所を壊されてしまった怒りか、はたまたその先にある結末を予測しての悲しみか。混乱か————
否、それら全てを乗せた、弾糾だった。
彼は両手で頬を覆い天を仰ぐ。ぶわりと吹き上がった風に前髪は乱れ、一つに結ばれている髪が不自然に揺れた。びりびりと身体全体が、空気が、大地が震え、空自身が“持って行かれてしまう”と感じた瞬間、津島の声に答えるようにして大量の結晶が姿を現した。
青色に近い光り輝く結晶は、一つ一つが細くとも複数で基盤を一つとする群晶。大きさは膝に満たないものもあれば、木々を越える高さのものも。大地だけでなく空中からも、世界を突き破って吹き出すそれは、津島の悲鳴が続く限り増え続け質量を増してゆく。
ベニヒがそろりと踏み出した足は、直後 結晶によって阻まれる。皆の空の視界から津島が消えた。
瞬間、空は心臓が直接握りしめられるような感覚に襲われ、体を震わせる。
————ダメだ
衝動で動く気持ちが前へと出る。煙臭い空気を大きく吸い込んだ。彼の中の全神経が、音を立てて動き始める。
これは一つのわかれみちだ。今、空にできること——しなくてはならないことはたった一つ。
「落ち着け!」
喉を顧みない空の声が、かつての翼人の街へ響き渡る。
ぎしりと何かが軋む音とともに感じたのは、錆び付いていたどこかの機能が動き始める感覚。
この感覚は今の人生で四度目だ。
一度目は、はじめて魔法構文を使おうとしたとき。
二度目は、フティヴ平原にて、津島が魔物に踏み潰された直後。
三度目は、ジュデグナ砂漠で島ほどある巨大な魔物の注意を引こうとしたとき。
「カズ、やめろ!」
空の声へ呼応するように、何かが身体から噴き出し世界へと伝搬した。
肺が、胃が、脳みそが、心が、上空へと吹き飛ばされてしまうのではないかという感覚に息が詰まる。
津島の悲鳴が止まったのを感じて、座り込んでしまうのをなんとかこらえた。
目線が低い。
ふわりと頬を撫でる風が、自身の重たくなった髪の毛を揺らすのを感じる。
どこかでこうなることを予測していたように、空は納得する自分が居る事を感じた。
ずるりと下がるズボンが地面に落ちないよう持ち上げつつ、もう一度息を吸う。
「大丈夫だ。カズ」
高い声に、今 皆がどういう表情をしているのか、予測は簡単だ。しかしそれには目もくれず、空は声を張り上げ続ける。
「とりあえず、ブラウに戻ろう! カズ、今の俺をみたらビックリするぜ」
瞬間、鈴のような音を立ててすべての結晶が風に溶けた。セネスリードを覆わんとしていた炎と青色の光が、粒となって静かな風に流されてゆく。
その光景に呆気にとられたせいで、事の起こりへの反応が遅れてしまった。顔を地へ戻したとき、そこには揃いの服を着た複数人の男性が津島を囲って立っていたのだ。
『人の足音がする』
グリエの、そしてグルーンの言葉を思い出す。彼らのうぐいす色の上着は見覚えがあった。軍人達の制服だ。
どうしてここに。と、半ばぼんやりした頭で考えていた彼は、先ほどまで結晶で阻まれていた先の光景に気がつき息をのんだ。
「おいお前ら、カズに何を!」
「拘束します」
「この地に危険を齎すものの排除が我々の業務ですので」
そう言いながら彼らは、座り込んだ津島の両腕をなにやら重たそうな道具で拘束し、髪の毛を引く。津島に抵抗する様子は見られない。気を失っているのだ。
我に返ったアルパインが、彼らの肩に付けられたバッヂを見て息を吸う。
「二番隊……! カズがなにをしたっていうんですか!」
「一般人に答える義理はない」
「一般…!? そうやって二番隊は国民を下に見ているから嫌われるんだ! 俺だって三番た・・・」
静かに自分らを取り囲む軍人の存在に気がついたレヨンが、とっさにアルパインの口を覆う。
なにをされるか判ったものじゃない。なぜなら二番隊は一冊の本のために女性の腹に穴を開けるような集団なのだから。
しかし、そんな彼らの緊張とはよそに複数名の軍人が空の目の前でかしずいた。
「ソラリス様。御身を早急にシフォルア街へお送りいたします。軍内一の警備力を持つ二番隊にお任せください」
「…………俺がそのソラリス様だっていうの、勘違いですよ。期待に沿えず申し訳ないけれど」
引きずられて行く津島から片時も目をそらさないソラに、軍人は懲りず地面と向き合う。
「いいえ、シフォルアの神官共は皆 長い事お姿を見られなくなってから世の不安定な状況を……」
「嘆いていたとしても、身代わりにすらならない俺ではなんの手助けもできませんけど」
そう口を動かしつつ、ついいに姿の見えなくなった津島へ一歩、足を踏み出す。
「カズは自分の大切な仲間なんです、返していただけませんか」
「それは出来かねます」
「何故」
「彼が、人の姿を偽る魔物である可能性が高く」
「可能性だけで人を魔物扱いに?」
「……ええ。国民の安全を守り、国民のために働くのが、我々ウォルノール軍の使命でありますから」
「よく言う」
「……? 申し訳ありません、耳が遠く聞き取ることが…」
それに答えず、空は小さく息を吐いた。
さきほどの結晶は津島の力によるものだろうか。久しぶりの既視感だった。
「……ス様」
津島は、これからどうなるのだろうか。最後まで顔は観れなかった。
確かに、魔物と言われてからは思い当たる節がある。はずれの魔物、歪妖だ。
「……ソ……リス様」
けれど彼には血液がある。歪妖にはない特徴だ。そして彼はともに帰還を目指す仲間である。早く取り返さなくてはいけない。
二番隊の実力行使な様子を思い出して、空は唇を噛み締めた。
全てを力で片付け、またそれによって行われた殺傷は無かった事にされる。例え治るとはいえ、共通の目的を持つ友人を傷つけられては————
「ソラリス様!」
「は……あ……」
「体調が優れないのであれば地上の魔力が原因でしょう。シフォルアで休めばすぐによくなるはずです」
「カズ……今貴方達が連れて行った人を酷い目に合わせないと約束してください。ここにいる彼らは、無事に家へ返して」
「ソラ、さっきからなにを言って……」
怪訝な表情を浮かべるミヨ・トッペスを振り返り、空は口角を上げた。
「俺がココで抵抗したらヤバいでしょう。相手は軍人、しかも二番隊ですよ」
うまく笑えているだろうか。
グリエは感情を押し殺した目で状況を見つめ、ベニヒは服の裾をきつく握りしめている。
彼女は山に入ってからずっと静かだった。酒を一滴も飲んでいないことは空も知っている。
ミヨ・トッペスとグルーンの顔がゆがんでいる。自分がうまく笑えていないことを自覚させられる。
レヨンは、弟を背に隠している。彼の人生は弟によって支えられているのだろう。そしてそれは、弟であるアルパインも同じなのだ。
「誤検知ではあっても、神様って地位はなかなか良い。それにきっとすぐ、俺が神でないとわかって解放してくれます」
そう うまくはいかないに決まっている。しかし空は断言してあえて やかましく笑った。そしていまだ頭を垂れる軍人を横切る。ベニヒが最後に、声を上げた。
「ソラ!!!! ごめ、……ごめんなさい。ソラ」
「謝る必要ないですよ、ベニヒさん……お世話になりました。また、戻って来たらよろしくおねがいします」
ニッと歯を見せて笑った空は最後、背を向ける。
向かう先は津島が連れて行かれた方向と同じだ。とりあえずは一つの場所に集められるのだろう。
ズボンの裾を引きずりながら空は思案する。
そこで津島を連れて逃げられないだろうか。どうせこの世界とは関係のない人間なのだから、などということを。
結局は全て、叶うことの無い事を。




