表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紙上史  作者: こーりょ
4 紙に例えられた世界の上で、二人が綴る短い歴史
92/100

4-09 前夜、感情の交錯

 メグディエ領主はひとつ、大きな音をたてて机に苛立ちをぶつけた。響いた音に部下が肩を揺らす。続けて響く、舌を打つ音。

 今から天が暗もうとする時間帯、彼がこうも荒れている原因はただ一つ、ウォルノール国の立ち振る舞いにあった。

 戦が始まってから今日で五日。にも関わらず戦況が良くも悪くも動かない日々が続いている。


 ひとつの隊を潰そうとしても、その直前で身を翻される。そしてすぐに後ろから新たに隊がやってくる。

 ここ数日、どの戦域もその繰り返しであった。撤退兵を追うことも叶わず、そのおかげでバクサアロ領軍の死者はいまだゼロ。ウォルノールも同じであることは容易に想像がつく。

 このままずるずると戦闘を長続きさせ、消耗を狙っていることは一目瞭然であった。こんな戦は楽しくもなんともない。


 歯と歯が音を立ててこすれあい、引き上げられた口角が震えた。

 ここで圧倒的な力をウォルノールの民に示してやろう。メグディエの領主は自らの左腕をさする。そこに浮かぶのは大地を表した文様。別のテントに繋がれた青年……否、青年だったものを扱う鍵となるものだ。突如として実験施設に姿を表した身元不明のそれは今までのどの実験体よりも頑丈で、今回の実験の第一成功体とまでなった。

 他領の長たちが浮かべるの不安げな顔は、明日の昼には勝利を確信した笑みへと変わるだろう。おかしくなってメグディエ領主は高笑う。

「心配せずとも良いですよ。あれらはもはや、我々の下僕。戦闘のみを追い続ける道具です」

 面白い、けれども怖い。戦などそんなものだ。もとより人と比べ主人に向かない性格として育った身。それでも言葉に説得力やら威厳やらを持たせるため、訛りを矯正してまで亡き父の後を継いだ。

 なぜか。

 それは復讐ため。

 目の前で父の首を無残に刈り取った者を、同じようにこの手で殺すため。

 だから禁忌に手を出した。なりふりは構わなかった。臆病者という噂を利用し、バクサアロ領土に属する様々な街を味方につけた。

 その折りに顔を覆っていたた前髪や髭を整え、背筋も伸ばすよう努めて。

 

 劣化することなく、その記憶は焼き付いている。


 ウォルノール国の長に何百年も収まり続けている男、フリコ・アゼール・ウォルノール。彼の輝く瞳を。

 実際にその目で見たのは過去に一度のみだった。少女のような出で立ちをしていながら、その腹の底は計り知れない。何百年も前から変わらない容貌を持つという彼は、ただの有角族ではないのだろう。

 バクサアロ領で、彼の手によって葬られた者は少なくない。

 メグディエ領主は彼のことを、人には思考の理解ができない存在と結論付けていた。戦争で難なく敵をねじ伏せる力も、思考力もあるというのに、彼は自ら領土を広げようという意思を持たないのだ。

 上を追い求めない指導者など値しないというのに————その思考は復讐心に拍車をかけた。

 此度、メグディエが用意した最終兵器は、先代のアゼール・ウォルノールを葬った技術である。苛立ちを追い払うように大きく息を吐いて吸う。そして声を張り上げた。


「お前の顔をみるのも今代が最後です、フリコ・ウォルノール。私の手でその首を切り落としてやりましょう」



×××



「どうして、ここに」

 暖かいテントに年始の冷えた空気を呼び込んだフォーンをはじめとする知人たち。戦場であるにもかかわらず緊張感のない笑顔に、津島は一度目をこすり幻覚でないことを確認した。今まで押しとどめていた不安が漏れ出そうになる。

 やってきたのは【ぽぽーん】のベニヒとレヨン。そして狩猟民族の集落エリギに住まう青年 チオリの三人だった。

 一年間という時を経ても、記憶の中の彼らとほぼ変わりない様子に安堵する。異なる点といえば、肩甲骨の下まで伸びていたチオリの髪だ。随分と短く切り落とされており、肩をかすめる程度になっている。


「顔見知りのほうが いざという時も緊張しないだろう。お前の場合とくにな」

 ベニヒの笑顔は記憶のものより幾分晴れやかだ。彼女の言葉に眉根をあげて、フォーンも口を開く。

「なに、気負う必要はないよ。君の仕事はたった一つ。『兵贄へいし』の意識を集め、潰すことさ。それまでの戦闘は僕たちが請け負うからね」

 兵贄、それは体のありとあらゆる場所に魔法構文を刻み、戦闘兵器へと改造された人のことを指すのだとフリコが解説を入れる。

 『おわりの時代』を境に失われたとされている禁術の再現に、今回の敵国バクサアロ領所属セロ・メグディエ領は長い年月をかけ成功させている。そしてそれは周囲の魔力を分別なくかき集め、その体に刻まれた多くの魔法構文を機能させることで人間とは思えない力をひり出すことができるという。


 皆が円を描くように座ったところでフリコはチオリに目線を向けた。その意味に気がついたか、彼も薄く口を開く。


「今フリコさんが説明してくれたように、兵贄の戦闘力は到底人間では叶わん。

 なら、それを扱いたい非力な人間はどうするかといえば、あらかじめ痛みで支配できるよう兵贄に魔法陣を植え込んどくんよ。兵贄側に一つ、支配側に一つで対になっとって、大抵体に直接刻まれる。ガリガリ〜って」

 チオリは爪で腕を撫でながら言葉を続ける。

「バクサアロ領主は、大きな戦闘力を他人に預けられる人やない。よく言えば慎重、悪く言えば臆病者や。だからあの人は迷わず自分の体だけに刻むんと違うかな、って話をフリコさんにはした」

「だから僕は思ったんだ。戦地に兵贄が一人いるのなら、もう一人と領主も近くにいるだろう。なぜなら距離を置きすぎると魔法陣は機能しなくなるからね」


 ようやく津島は、先ほどの会議にてフリコが発した言葉の根拠を理解した。

 彼は話を続ける。


「明日、バクサアロ領主はそう遅くない時間に兵贄を出してくるだろうさ。だから君たちにも四番隊に混ざり、朝から前線へ出てもらいたい。

 単に前線といえど戦地は広い。けれど幸いにも、向こうの兵贄たちはそれぞれ別の属性の魔力を消費するようだから、魔力の流れを読んで行動する。

 カズくんには兵贄のうち片方を引きつけてもらい、もう片方は僕が。そしてフォーンくんたちは、カズくんをバテさせないよう人間相手に頑張る係として動いてもらう」

「フリコまで前線に出るつもりかい!? それは現実的じゃないと思うのだけれど」


 フォーンが珍しく声を張り上げた。それに気分を悪くするでもなく、彼は首を横に振る。


「大丈夫、僕は死なない。たかだか兵器もどきに殺されるほど衰えちゃいないさ」


 黄色の瞳が一瞬、ぎらりと瞬いた気がした。

 それに気圧されて唾を飲めば、フリコはとたんに目尻を緩めてフォーンやベニヒを順に見る。チオリを最後に目を細めた。


「フォーンくんはカズくんの回収係として最後まで気を張っていて。他の皆は、兵贄の意識が完全に僕とカズくんに向いた時点で自由行動。できることならバクサアロ領を撃ち落とすまで付き合ってほしいけれど」


 各々それに承諾を返す中、津島が小さく肩を揺らす。


「あっ、あの……回収係というものが『自分の死体を』という意味ならばそれは…………」


 不必要だと、言おうとした。しかしそれに目を丸めたフリコは、ブフと笑いを漏らす。


「なーに馬鹿なこといわないでよ。死ぬまで頑張れとは言わない。危なくなったらちゃんと逃げることを忘れないで。

 僕が言いたいのは、兵贄を落とせば君の役目はおしまい。そうでなくとも無事この拠点へ戻ってこれるよう、誘導をフォーンくんに任せる、って意味だってば。戦地は広いから、迷ったら大変でしょう?」


 頬を桃色に染め、こぼれ落ちそうなほど輝く瞳を細める彼に、先ほどまでの緊張感は欠片も見受けられなかった。



 話を終え、一同はフリコのテントを後にする。

 就寝間際とはいえ戦場は軍人で溢れており、多くの人を見ること自体久しい津島は気が遠くなりそうだった。すれ違う軍人が肩の黒い石に眉を寄せ、こそこそと目をそらしてゆく様子にも気がつかない。

 狭くなった視界で、しかし彼は気がついていた。この場所にあるべき一つの組織がいないことに。


 ベニヒや、レヨン、そしてチオリも皆、軍人の制服に腕を通していた。戦争の際、軍は多くの人手を募集する。戦闘を生業にする人々は戦力に、武器の生成、医療や食堂を営むものも欠かせない。そして集まった人々は一つのギルドとして制服に身をつつみ、戦争と向かい合うのだ。

 それぞれ肩には、割り振られた隊を示す石が飾られている。津島の石は黒——お客様色とフリコは言ったが、ベニヒやレヨン、チオリの石は緑色だ。同じ黒をつけた人が一人としていないことへ、焦りがないわけではなかった。


 用意されたテントの数も違うらしい。

 ベニヒたちはそれぞれ、別の人間と眠るというのだ。しかし津島のテントは一人用。先ほどの会議でのざわめきを考えれば、至極当然というべきかもしれないが。

 別れる直前、ベニヒは袋から一つの長物を取り出した。


「カズ、今のうちに返しておく。お前が軍人に連れて行かれた跡に残されていたものだ」

 手から手へ渡される武器。懐かしいその重みは、以前津島が使用していた刀であった。はじめて戦う決心をした日に、ベニヒから鞘とともに貰ったものである。

「……ありがとう、ございます」

「少しだけ話、いいか」

 ひそめられた声。わずかに走る緊張感へ断るという選択肢はなかった。

 小さく頷けば「あまり遅くならないようにね」と言葉を残してレヨンたちは自らのテントに戻って行く。

「この刀はな、実を言うととても特別なものなんだ」

 ランプが放つ心もとない光の揺れに合わせ、布に移る影も揺れる。

 癖で土足を脱いだ津島に、ベニヒは疑問を持つこともなく行動を合わせた。


 自己催眠と言って違いない程度に特定の記憶から目を逸らし続けていたベニヒが、その記憶を語ろうと口を開く。

「歪妖の王によって作られた刀——といえば簡単か。わたしが知る上で唯一の、世界に穴を開けられる道具であり、六年前 ソラリス様はこの刀で以ってこの世界へ帰ってきた。もう必要がないからと頂いたその記憶すら、私は忘れようとしていたのだが」

 恥ずかしいことだと、短くなった髪をそっとつまむ。その唇が震えていることに、津島は気がついていた。

「この刀を使えばお前たちも望む場所へ帰ることができるかもしれない。けれど……」

「使用方法がわからないですね」

 単に体に刺せばいいというものではないだろう。しかしおかげで手入れをしなくとも綺麗なままの理由がわかった。刀の姿をとった全く別のものだったということだ。

 それをそっと体の左側に寝かせ、津島は小さく頭をさげる。

「ベニヒさん。甘えてばかりで申し訳ないのですが、歪妖の王について知っていることを教えてはもらえませんか」

「惹かれるものがあるか。そうだな……とはいえ、そこまで詳しいわけじゃない。ただの歪みの具現化である歪妖とは異なり、 “自らの意思で世界を歪ませることができる” 存在だということか。ジュデグナ砂漠にのさばっていた物とは格が違うだろう。しかしソラリス様にとってその刀を作った歪妖の王は……大切な存在だと言っていたな、友人だと。私はそれを聞いて初めて、歪妖の王が空想上の存在でないと知った程度だ」


 そう語るベニヒの顔は、以前に比べより端正になっているようだった。摂取する水の量が減り、むくみが取れたのだろう。短い髪が与える男性的な印象も加わって、端的にいえば綺麗になった。幾分落ち着いた瞳の色は、優しい印象を強く受ける。

 質問をしておきながらまじまじと顔を覗き込む津島に、ベニヒは居心地が悪くなって立ち上がる。


「なんだ、あまり見ないでくれ」

「ご、ごめんなさい。歪妖の王のこと、ありがとうございます。最近はどうですか。お酒、とか」

「少しずつ量を減らしているよ。でもまだ……その、恥ずかしいことに完全には絶てていない。休肝日が必要なほどではなくなった、と言ったところかな」

 大きな進歩ではないかという驚きを言葉にしようとしたところで、テントの扉が揺れた。

「誰ですか?」

「レヨン・セルパータだよ」

 小声での名乗りに津島とベニヒは顔を見合わせる。扉を捲り上げれば、彼はとたんに呆れた顔をした。

「遅くならないようにって、いったよね?」

「わざわざ迎えに来なくても……まあいい。話すことは話した。ゆっくり休めよ、カズ」

 ひらりと片手を振って、彼女は髪を翻す。控えめな笑顔へ、津島も頭をさげた。

「おやすみなさい、ベニヒさん」


×××



「何を考えているのかな」

「藪から棒になにさ? 明日は忙しくなるのだから、早く戻って休んだ方がいいと思うよ」

 仮設ベッドにて両足を放り出していたフリコはわざと大きく息を吐いて男に退室を促す。

 しかしその言葉に従うことなく男——フォーンは 左手で短剣を弄びながら、フリコの表情を伺った。

「しらばっくれないでほしい。よりによって黒の部隊バッヂをつけさせるだなんて。その意味すらカズくんは知らないというのに」

 意地が悪いよ。とため息をつく。刃に薄橙の髪が反射した。

 フリコはうっかり笑ってしまう。

「君が言う? 他人に興味のないはずだった君が一体どういう風のふきまわしか。こうして戦にも来てくれるなんて、余程カズくんのことがお気に入りみたいじゃないか」


 口を動かしながら、彼は一枚の紙を投げる。

 魔力によって落下地点を調節されたそれに、フォーンは息を吐いた。


「半年前の号令じゃないか。完全に無視を決め込むから知らないのだと思いたかったな。今のきみの行いが神への反抗になっているという自覚は?」

「ある。でもこの号令はどうにも変だと思ったんだ。何年もの間この世界をほうたらかした神が突然現れるや否やこんなものを求めるだろうかってね。だからせめてこの国の戦争が終わるまで様子をうかがっているところ」

 面白おかしく笑う様子に、フォーンは眉を寄せる。

「もしかしてきみには、この号令の意味が」

「うん、ヒントはカズくんが全て教えてくれた。……対して君は最初からわかっていたのに教えてくれなかった。意地が悪いなあ」

「聞かれなかったからさ。言ったところできみが信じるとも思えない」

「よく分かってるじゃないか」

 さすがだね〜。とあくまで軽く笑うフリコに、フォーンは諦めたように瞼を落とした。時には諦めることも大切だろう。彼が漏らしてくれた情報の対価たる言葉を考える。

「僕が、あの子の黒の部隊バッヂをそう気にするのはね」

 短剣を鞘に戻し、腰を上げた。

「あんたのやってることが、それほどのことだってことだからだよ」



×××


「……変わったでしょう、ベニヒ」

 静かになった津島のテントにて、ぽつりとレヨンが言葉をこぼす。銀の髪がさらりと揺れた。

「俺たち、ずっと見てみないふりをしていたんだ。ベニヒが例の水を摂取し続けていること……それはもう、どうしようもないことだと諦めていた。変わったのは君たちのおかげだよ。君が無事で、本当によかった」

 そう言いながら、レヨンはテントの端に座り込む。聞けば就寝間際まで一緒にいてくれるのだという。


「【ぽぽーん】は本来、この戦に参加する気などなかったんだ」


 その面倒見の良さは弟という存在たるものだろうか。一人でも大丈夫、と言いたかった。どうせ睡眠を必要としない体だ。これが仮に三徹目だとしても支障はない。しかしレヨンといることで心細さが紛れるのは確かであった。


 津島が「ならば、なぜ」といった言葉を漏らせば、レヨンは目を閉じた。下と上の長い睫毛がぶつかりあう。

「君が軍に入ると知らせを受けたからだよ。 俺は元より弟のために参戦するつもりでいたけれどね。

 グリエやミヨたちも今、港町ブラウで哨戒活動に勤しんでいるし、君が生きて帰ってくることを願っている。

 どうやらフリコさんは、仲間のためなら力を貸す俺らの気質を完全に見抜いているらしい。ベニヒたちもその狙いを分かった上で、喜んで戦力になったんだけれどね」

 楽しげに上げられた口角に、津島は不甲斐なさで心を締め上げられるようだった。軍人になると頷いてしまったあの日の判断は間違えていたのだろうか。しかし頷かなければジェリクスやイコが戦場へ放り出され死んでいたのだ。


「カズは間違っていないよ。軍人になるにあたっての事情もフリコさんから聞かされている。友人のため、自分の意思で頷いたと」

「そう……ですけど」

「大切な人はなにがなんでも守るべきだ。だから明日は僕も君を守る。さあ、もう眠ろう。 寝不足で本番を迎える訳にはいかないからね」

「……レヨンさん。最後にひとつ質問をしてもいいですか」

「どうぞ?」

 返ってくる彼の声には、どこか高い音と低い音が重なってできたもののような印象を受ける。

「国と国との戦争だというのに、二番隊は一体なにをしているんですか?」


 ここへ足を運んでから今の今まで、ずっと思っていたことだった。部隊長が集まる会議にも、テントの合間を歩く人の中にも、部隊バッヂが赤色をした人が一人しかいない。

「この基地にいる二番隊の人間がフォーンだけであることへの疑問かな? ……なら、僕らがいるからだと思うよ。

 二番隊が以前エリギでしたことを忘れたわけではないよね?」


 狩猟民族の集落 エリギ。その名前に一人の小柄な女性、シフォー・カロユを思い出した。

 彼女が所持していた本『クロメールと世界の幸』を求め、ウォルノール国軍二番隊はエリギへ奇襲を仕掛けたのだ。その時の惨状といえば言葉にし難く、エリギの民は怒りに満ちていた。

「僕にとってはもう終わったことだけど、チオリや——多分ベニヒに関してもそうじゃない。戦前であろうと確実に手を出すだろう。いまここに二番隊が居ないのはフリコさんの采配か、もしくはチオリが殺ってしまった後だからなのだけど……前者だと思うな、きっと。疑問は晴れた?」

 その言葉に礼を言い、うつ伏せになる。寝顔を見られることには少々抵抗があった。

 意識して呼吸を深くしてみれば、間もなくして彼がテントを出て行く気配がした。


 虫の声も風の流れもなにも聞こえない。無音に押しつぶされそうな空間で、津島はひとり目を閉じ続ける。

地下十階の牢屋などという閉鎖空間で暮らし続けていた津島にとって、地上での眠りは緊張を伴うものとなっていた。フォーンとひたすら手を合わせていた数日間にも当てはまるが、まるでジュデグナ砂漠に全裸で寝転がっているような気分なのだ。


 しかしそんな不安を積もらせる間も時間は過ぎ、あっけなく朝はやってくる。

 昨日までとは異なる血の流れる戦闘は、もうすぐそこまで迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ