3-27 光の魔力
狩猟民族の集落エリギを出発してから四日目の昼。
魔物の少ないルートをなぞっているにも関わらず立て続けに起こる戦闘にわずかな慣れを感じはじめるなか、津島は港町ブラウから狩猟民族の集落エリギに向かう旅のことを思い出していた。二人きりだった旅に比べると、今は六人。足音だけでも随分賑やかだ。
この世界に来てから帰ることを目的に半ば意地で今日までやってきたが、果たして帰ったところで彼にやりたいことはあるのだろうか?
空を横目に津島は思う。どうせ戻ったところで作り物の笑顔を振りまくだけの、薄い人付き合いを繰り返すだけならば帰る必要なんてないのではないか、と。もしや自分に合わせてしまっている? とまで考えて、首を横に振る。彼はそんな性格ではないはずだ。
人を襲う魔物が少ない、平らな森や草原を進む以前の旅は、出発して四日目の夕刻には目的地にたどり着いていた。それでも二人はクタクタだったが、強敵あふれる今回の旅では四日目にしても未だ先が見えないときている。あと、どれほど歩かなければならないのだろうか。
そこでふと、周囲の様子に違和感を抱く。
「なんだか暗くない? 気のせいかな」
今の時間帯は一番天が明るい時刻であるはずなのに、かつて草原で遅めの昼食を食べた記憶に比べて仄暗い。ような気がした。
空は津島に習うようにして天を見上げたが、間も無くして首をかしげる。
「ええ? そうは思わないけど……なんで?」
「やっぱり気のせいか。ごめん」
記憶なんてあやふやなものである。軽く謝罪した津島だったが、それにかぶさるようにしてメリィが口を開いた。
「いや、気のせいってことはないんじゃない? これから寒の季節だもん!」
言葉の意図がわからない津島と空に、彼女はメガネの位置を直しつつ慌てて言葉を続ける。
「ほら。年末へ近づくにつれ、明るくなる力と暗くなる力が、順番に元気を無くしちゃう、でしょ? しまいには丸一日ずっと、早朝くらいの明るさになるじゃん。もしかしてだけど、二人の住んでいたところはそういうのなかったの?」
「なかったです!」
大きく頷く空。白夜みたいなものだろうかと考えていると、一向の真ん中を歩いていたロユが口を開いた。
「その明るくなる力と暗くなる力も魔力によって構成されているわ。多少弱くなりやすいか、なりにくいかの差があるだけで、年末にかけてすべての魔力の質は落ちる。魔力はこの世界を構成するすべての根源だから、それが弱まるということは人間も……どうなると思う?」
問いかけに、空は一瞬考え込んで、ひらめいたように顔を上げた。
「みんな死ぬ?」
「あら、予想以上に大きいところに来た。確かに死人が増える時期ではあるけれど……でも、みんなが死ぬわけじゃないわ。ただ、人も魔物も動く力が、そして気力が弱くなるのよ。だからエリギの人たちは基本的に狩りへ出なくなるし、花の街メーにやってくる観光客もほぼ0になる」
「なるほど」
「ここまで長距離を歩く調査も、今年はこれで最後になるかもしれないわね。さあ、ムダ話はこれでおしまい。帰ったらあなたたちの年末を教えて頂戴。エグバリーの立てた予定通りに動いていれば、あと二日で砂漠に出るのだから。気を引き締めましょ」
シフォー・カロユのその言葉に、一行は「はあい」と素直な返事をした。
そうして歩き続け、野宿を二度繰り返した次の日の夕方。右を見ても左を見てもそこにある、天さえも遮るような高い急斜面。谷の底を押しつぶされそうな圧迫感と共に歩き続けていた一行は、ついに地平線の彼方まで望み見ることができる、平らな地形へと足を踏み出した。
それまで壁となって彼らに重圧を与えていた山はまるで門のように一行を送り出し、果ての見えない砂漠が砂塵で彼らを迎え入れる。
「ついた!!!ジュデグナ砂漠や!!! ヤッホー!」
歓声を上げ、駆け出すチオリとメリィ。それをたしなめようとするシフォー・カロユも嬉しそうに口角を引き上げる。一山超えた、というところだ。津島は先ほどの谷より心無しか熱を感じる空気を胸いっぱい吸い込み小さく咳き込む。
最後尾を歩いていたエグバリーとフォーンが地図を見下ろした。
「今日の目的はこの先にあるはずの大岩だ。暗くなる前に行くぞ。空はここから後衛にチェンジだ。火の魔力を使う構文を中心にやりくりしてほしい」
「喉は乾くと思うけれど、あと数日間歩くことを考えて水の消費は計画的にね」
あくまで冷静な彼らに、浮き足たった一行は軽い返事をした。
その夜の野宿は火をたかず、さっさと夕飯を済ませて早い時間の就寝となった。火の性質を持った魔力が非常に多いために、この砂漠で火を使うことは非常に危険なのだ。軽率に火をつければ最後。反応した魔力が一度に質量を持つことで、周囲一帯大火事になりかねない。
「空は帰ったら何がしたい?」
間に荷物を置いた二つの寝袋のなか、一方に潜り込みながらふと津島は口を開く。二日前の昼間に抱いた疑問をふと、思い出したためである。互いに背中をむけて寝転がった状態のまま返事を待つ。答える気がしなかっただろうか。返事がなくても、それはそれでいいかなと津島は思った。思った直後に、小さく言葉が返ってきた。
「親を、殴りたい」
思わぬ返答に上半身を起こす。振り返ってみると、空も同じように津島へ顔を向けようとしていた。その顔は自嘲的な半笑い。
「かなりつまらない話になるけど、聞きたい?」
「……空さえよければ」
頷けば「いいけど、子守唄だと思って聞き流せよ」と口を開いた。
「どうして俺なんかを生んだんだって聞きたいんだ。これは別に、この世界に来てから思ったことじゃないけど」
ずうっと昔からだ。と空は小声で話を続ける。
「親は、俺が物心ついた頃にはすでにいなかった。話を聞けば、母親は俺を生んだ直後に姿を消したらしい。俺を友人の元に残して」
「……おとうさんは」
「父親はまるでもともと存在していないかのように話を聞かない。聞いても聞いても首を横に振られるばかり。
俺はこの世界に来る直前まで、母親のことを調べていたんだ。そのためにわざわざ、同じ高校にも入った。小さい頃から育ての父やその友人の目が、俺を通り越して誰かを見ていることは気が付いていたけれど、その誰かが母親であることに気がついたのは小学三年くらいだ。なんだか無性に腹立たしくなってきてね。人嫌いは生まれつきだったけど、それがさらに悪化したきっかけのうちの一つだ」
語る空の目は懐かしさであふれていた。津島にはその表情がとても痛々しいもののように感じられて、言葉を失う。
「話したこともない人間に重ねられて愛情を受けることの腹立たしさったらこの上ない。なぜこんな環境で俺を生んだのか。養育を全て友人に押し付けて姿を隠したクズを探し出して、思い切り殴りたい」
ささやき声に混ざる怒りの感情が、津島の背へ汗を浮かばせる。
震えた唇を一度噛み締め、空は今度は、優しく微笑んだ。
「帰ったらやりたいことはそれくらいかな。つまらない話をきかせて悪かった。子守唄にすらならなかったよな、おやすみ」
「そ、空! ちょっと、待って」
呼び止めたその声が存外大きいことに慌てる。
身体を外側へ向けようとしていた空は顔をしかめつつ「何?」と笑った。
しかし津島はもごもごと口を動かし、言葉にならない言葉を吐き出そうと必死になるも虚しく、やがてうつむく。
「ごめん、なんでもない」
「なんでもないって、お前なあ」
「そ、空は……生まれ育った環境から逃げないで立ち向かおうとしてるんだもん。すごいと、思う」
「なあにそれ、慰めてくれてる? 気を使ってくれてありがとうな」
ふふと肩をすくめて笑った彼はそのまま津島に背を向け、間もなくして寝息を立て始めた。
その寝袋からぴょこりとはみ出た双葉の癖毛へ、津島は眩しいものを見るように目を細める。
人から直接愛を受け取れないことに受ける寂しさは、幼ければ幼いほど大きいものだ。それにへこたれるか、諦めるか、反発をするかは人それぞれだが、空はそのなかから反発を選んだ。逃げて自分を歪めるのではなく。
「強いよなあ、空は」
本当に言いたかったことは言えなかったが、津島は眩しいものを見るように空の方を向いたまま目を細めた。




