3-26 無害でいること
メリィが呻きながら口元を押さえ、後ずさる。
「記念すべき第一歩目からすごい量だね。前途多難かも?」
「フォーンくん! 悠長なこと言っとると毒にやられんで!?」
「えっ、毒!!?? 毒あるんですか!!! あんなに可愛い見た目して!?」
それぞれ武器を構えて気を引き締める。チオリは空の言葉に頷いた。
「せや、しかも結構えげつないやつ。可愛い見た目に騙されちゃあかんで。こいつらはその毒で獲物を指一本動かせなくして、骨までぺろりと平らげるんや。そういえば、あるときは暴れる罪人を一時的に昏倒させるため、軍でも使用されたってどこかで聞いた覚えあるけど……」
それにフォーンが頷く。
「よく知っているね。 そのとおりさ。でもそれはひと昔の話で、最近は後遺症の問題で魔法構文に切り替わったよ。毒は牙にあるからそこに触れないよう気をつけて」
「全てを倒そうと思えば日が暮れる。とりあえずここは走り抜けよう。道は俺が作る」
エグバリーがそう言うや否や、大鉈を構えて地を蹴った。滑り込むようにして魔物の群れに飛び込み、全身で飛び上がりながら鉈を大きく回転させる。一瞬で周囲のイタチが肉塊となり飛び散った。それらが地面に落ちる前に、彼は地面に着地して再びぐるりと低い場所で鉈を振るう。
気をつけろと話をした直後にこれだ。と、チオリが呆れのため息をつく最中にも、イタチは切り裂かれてゆく。二十を超える仲間の血しぶきを開戦の合図にするかのように、イタチはエグバリーに、そしてその後ろを追う一行に牙をむいた。
広がる光景はまるで地獄絵図。草を刈るようにイタチをばっさばっさと切り倒し突き進むエグバリーの後ろを、巻き込まれない程度の距離を置いて一行が走る。断面を晒す仲間をためらいなく踏み潰し追いかけてくるイタチを後目に確認した空は、ごくりと唾を飲んだ。まるでそれは波のようで、勢いに飲まれそうだ。
時折見えるエグバリーの顔が険しい。出発して序盤だが、いくら戦闘に長けた人が三人居たとしてもこのイタチ数には勝てないのかもしれない。たしか日本語に、そんな感じの言葉がなかっただろうか。
ふと思い立ち、彼は隣でイタチを蹴飛ばす津島に視線を向ける。チオリやエグバリー達のようにその体を踏み潰す勇気は彼にもまだないようで、わずかに安堵する。
「津島。衆寡敵せず、だ」
「は、え? なに?? ちょっと今話せる感じじゃ」
「五秒でいい。手伝って」
「なにをする気……!!? ちょっと!」
反論は聞かない。
津島ならやれるはずだと、上着の腕部分を引いて道ずれにするように立ち止まる。
それを見たフォーンが声を上げかけたが、すかさず津島が「大丈夫です!」と声を張る。
「わかっていると思うけれど、自分強くないから手早く、手早くね……!」
懇願するようにそう言い残して、津島は飛びかかってくるイタチを刀で分断した。その目にはもはや離れて行くエグバリー達一行は映っていない。
わかってる。そう答えるように空が吐き出した言葉は、魔力と交渉する言語列だった。
言葉の通りぴったり五秒で、三箇所を起点にイタチの群れから火の柱が立ち上る。
ドンという破裂音とともに上がったそれはイタチの数を減らすだけでなく、怯ませるのにも十分効果的だった。
ぴいぴいと鳴き声をあげながら引いて行くイタチの波。どこへ隠れたのか彼らは一瞬で姿を消した。
火柱に巻き上げられた石や砂が地面とぶつかる音を聞きながら、チオリは数十メートル離れた場所に立つ空を見る。安堵とともに汗を拭う津島の隣で、両手を顔の高さに持ち上げたまま停止している空を。
「やったぜ」
空は、そう言って存外強い効果が出たことへ満足げに口角を上げた。
——
すっかり静けさを取り戻したバリケード前を離れ、その正面へ広がる階層谷へ転がり降りた一行は中層部分を無心で進む。
そんななか空にメリィが近寄ったのは代わり映えしないそれにどこか飽き始めた頃のことだった。
「ソラ、魔法構文使えたんだね。なんで今までおしえてくんなかったの?」
「別に秘密にしているつもりはなかったんですよ!! ただそんなに強い効果が出ないので恥ずかしくて。でも今回は火系統ならすごいのが使えそうな自信が湧き上がってきたから使ったんです。理由はわからないんですけど!」
「ここは比較的火系統の魔力が多い地域だからね。ソラくんの言うことも正しいかも」
口を開いたのは、前を歩いていた軍人フォーン。
「ここから先……大峡谷を抜けた先には、広い広い砂漠があるのさ。そこの魔力はすごいって聞くよ。ねえ、ロユちゃん」
「わたしに話をふるのね。そういうのはフォーンの方が詳しく話せると思うのだけど……でも確かに、そこにはほとんどそれしか無いっていうほどに火系統の魔力であふれていると聞くわ。不思議なことに終わりの時代くらい昔には、そこは水系統の魔力しか無いと言われるほど水源豊富な場所だったらしいから、きっと魔力の質が変わってしまったのね」
「だからやっぱり、ジュデグナ砂漠に出たらソラくんとメリィちゃんの魔法構文にいっぱいたよることになるとおもうのさ。そうなったとき、くれぐれもさっきみたいな単独行動はよしてよね! って、さっき散々エグ兄に怒られたしわかっているとは思うけれどもさ」
「……俺は助かったとちゃんと礼も言ったぞ。悔しいがフォーンの言うとおりになると思う。だがジュデグナ砂漠に着いた時よりも、まずは着くまでの心配をしたほうがいいな」
前に向けた視線はそのままにエグバリーは言葉を続ける。
「さっきも感じただろうがこの辺りは魔物が凶暴だ。無駄話もできるだけ控えておけ。ふかふかのベッドに慣れきった身体だと一晩野宿をするだけでも相当体力が持っていかれるぞ」
はーい。と、一行は声をそろえて返事をする。引率の先生みたいだな。と空が囁くと、津島は「頑張ろう、帰るまでが遠足だよ」と口元を緩めた。
しかし険しい岩の連なる大地に、体力温存という言葉は通用しないようだった。一行の足音や匂いに反応して、腹を空かせた魔物達が次々襲いかかってくる。小さいものから、四メートルほどもある大きなものまで。
結局苦しい戦いを、日が暮れて魔物達が眠る時間になるまで強いられることとなったのだ。
「想像はしとったけども、やっぱり強いなー!ここの魔物は!」
ぱちんと豪快に火花を散らす焚き火を中央に、七人は地面に座り込む。
「でもよかったわよ。一日目は無事にテントが張れるここまでこれたんだから」
「しかも予想していたよりずっとはやくにね! やっぱり頭数多いとそれだけ倒すのも楽やわ」
そう言いながら乾いてサラサラとした砂の上に寝転がるチオリ。遠くに見える焚き火に人の存在を感じつつ、目を閉じる。
大自然のど真ん中でありながらどこか人の手が入ったような雰囲気のあるここは、旅をする人のために作られた休憩場所。いわゆる野宿ポイントだ。利用料金という名の維持費を払えば簡易的なバリケードが貼られた安全地で眠ることができる。
「インピィったらもう寝ちゃった。こんなふうにテントを張る場所があるだなんて知らなかったわ」
メリィと共有のテントから顔を出したシフォー・カロユが目を輝かせる。
「素敵な場所じゃない? さっきはあちらで、商人たちが情報交換をしていた」
「似たような場所は各地にある。慣れている人だとしてもいつ魔物に襲われるかわからない状況でより、安全な場所で休んだほうがいいことには変わりないからな。どこぞの商人支援ギルドが作ったらしい。とはいっても、明日からは本当に野宿だからちゃんと気は引き締めろよ」
それまで居なかったエグバリーがふと話に戻ってきた。彼の両手には肉の刺さった串。いい匂いを放つそれは、火から離してもなおジュウジュウと音を立てていた。
集まる視線に、エグバリーは棒を突き出す。
「ここに着く直前に倒した魔物の肉だ。焼けば美味しいとチオリが言っていたから、回収してむこうで焼いてもらってきた。簡素な携帯飯だけじゃ物足りないだろう」
礼をいいつつ棒を受け取った津島は、エグバリーがやってきた方向を見る。そこには焚き火を囲んで、同じような肉を食べつつ談笑をしている数人の男性達。どうやら複数の団体が集まっているようで、声を抑え気味でありながらもかなり賑やかだ。
ここに到着する寸前、なんとか倒した魔物はかなり大柄であった。調味料という交換条件のもとシェアしたのだろう。商人たちには大抵、戦う力がありながらもそれを食用に捌くまでの余裕はない。
フォーンが焼きたての肉をもみもみと味わいながら、おにぎりの包をあける。
「今日は驚いたよ。ソラくんもカズくんも、すっかり強くなってしまっていて。本当に大丈夫かな? って思っていた僕がちょっと恥ずかしい。前に一緒に戦った時から、すっごく成長したんだね」
「えへへ。エグバリーさんとチオリさんに扱いていただきました!! 体力も最近、かなりついてきたんじゃないかなって思います」
「素体がええんよ、二人は。尋常じゃないスピードで戦い方をみにつけとるから、いつかうっかり殺されてまうんやないかなって怖くなる」
思い当たる節に固まる津島の隣で、空は頭をかきながら「ありがとうございます!! 精進します」とやかましく笑った。
夜の栄養補給を終えた一行は、各々の時間を過ごし始める。七人でテントは三つ。
津島と空はてっきり出発直前まで一人一つのテントだと思って用意をしていたが、出発直前に「二人で一つに決まっとるやろ」と笑いながら荷物を減らされてしまった。そしてその流れで当然のように一緒のテントを充てがわれた二人は、寝袋に潜って丸くなる。
真っ暗なテントの中、両隣に設置されたテントからの話し声が小さく聞こえる。
空はもう眠っただろうか、と眠気がないままに瞼を閉じ隣の息遣いをなんとなく伺う津島。その意図に気がついたか、津島の耳にふと小さな声が入り込んだ。
「すっかり騙されてた。カズ、まだまだダメダメじゃん」
とっさに体が反応し体を内側に向ける。すると、いつのまにこちらを見ていたのだろうか、空と目線が絡み合った。
「ダメダメって、何が……」
「戦闘。すっかり大丈夫になったもんだと思ってたけど、全くじゃん。無理してるでしょう。……何が原因? 一昨日の手合わせ?」
呆れた、と言いたげに細められる彼の目線に津島は身じろいだ。
「無理だなんて、そんなことないよ……何を言ってるの」
「あっそ。俺の考えすぎならいいんだけど。おやすみ」
「そうだよ、考えすぎ。おやすみなさい」
挨拶をするやいなや空は目を閉じて顔を外に向けてしまった。
静かになったテントの中で、津島も再び身体の向きを変える。動揺でどうにかなってしまいそうだった。なぜわかったんだろう。と津島は頭を動かす。
空の言葉は的を射ていた。帰るためならなんだってやるという言葉の通り練習を重ね、チオリにも手合わせを願った。しかしそれでも、魔物を倒すことへの躊躇い……否、戦うほどに戦いを求める自身への恐怖は克服しきれていなかった。理由は今までと変わらず単純で、日本に住む女子高生が抱くには普通ではない感情だからだ。
エグバリーやチオリにも感づかれているのかと、津島は焦る。もう周りに必要以上の心配や苦労をかけてはいけないと決めたはずなのに。
「エグバリーさん達にはバレてないと思うぜ。案外津島は、嘘つくのうまいから」
どきり。再び心臓が飛び出そうになり津島は胸を抑えた。舌っ足らずなしゃべり方でありながらもまるで心を読んだかの物言いに、首が締められたような感覚を覚えながら、両手で顔を覆う。
隣から聞こえはじめた寝息にその寝袋を蹴飛ばしてしまいたい衝動を感じながら、津島はこの短時間で踏み込まれた場所を必死に片付ける。
一体どういうつもりで言った言葉なのだろう。空の知っている嘘は、一体どこのことを言っているのだろうか。
悶々と悩みつつも解決に至るわけではなく、気が付くと外が明るくなりはじめていた。




