3-24 神を目指す少女
「つ、津島、おはよう」
「あっ、空おはよう。ごめん、勝手に朝食作ってるけれど……なにか食べたいものとかあった?」
「いや! なんでもいいよ、腹に入れば」
朝、部屋から出て声をかける空に、キッチンへ立つ津島が振り返った。見たところいたって普通の様子に、空はほっとする気持ちを鼻から小さく吐き出しつつ軽く洗顔を済ませ、桶の水を窓の外に捨てる。
「昨日の晩にだれかがこの家から出ていく音が聞こえたのだけど……もしかしてミヨさんだった?」
「うん。でも、今日また戻ってくるんだってさ。多分ロユ関係だろうし、一回家に様子見に行ってみようと思う。どうせ今日やることもないし」
硬いパンを噛みちぎりながらそう言う空に、津島は申し訳なさそうな顔をしながら「自分もいく」と小さく言った。
狩猟民族古くからの形式として、長期にわたる狩りなどに出発する前日はゆっくり集落の中で過ごすことになっているらしい。それを二人に教えてくれたのはエグバリーだ。作戦会議のときである。今日は一日、なにもすることがなかった。
空は改めてテーブルを挟んで向かいに座る同居人を視界の中心に置く。
とうとう出発まで1日を切った。別の世界の手がかりを掴む大いなる一歩の、前日だ。空の中で少しばかり緊張する気持ちに混ざり、わくわくする気持ちが膨れ上がってくる。ゲームの発売日の前日のような。いや、買ってきた新しいゲームをプレイする前に一度トイレに行く時のような、じれったい高揚感だ。
一番手がかりを掴みたがっていた津島がその機会をフイにするようなことにはなって欲しくなかったから、普通の様子に戻ってくれて本当によかった と空は思った。
「なぁんでみんなして来るのかしら!! 別にわたしはもう怪我人じゃないのに!」
シフォー・カロユの家へ行くと、扉を開けるや否や拗ねたような、苛立ちを含んだような声が浴びせられた。空はそれにやかましい笑顔で片手を上げる。
「おはよう!!! もう治ったとはいえ、とうとう明日出発だしさ!! 本当に大丈夫かなって気になるじゃん!!!」
「だからってみんなして来なくても。……もうピンピンしてるわよ。傷だってちょっとした跡しか残ってない。なんだったら見る? ミヨのすごーい回復術」
白く長い、シンプルな作りのワンピースをひらひらさせるシフォー・カロユは、その言葉の通りいたって元気そうだった。みんなということは、エグバリーやチオリも様子を見に来たのだろうか。と津島は思う。
『わー!! カズにソラ! また来てくれ——しくね!! 僕もき——は——ら!!』
肩の狐が嬉しそうに鳴くと、つかさずロユも口を開く。
「また来てくれたんだね。明日は僕も付いて行くからよろしくね。僕も君たちの役にたてるよう頑張るから……ですって。出発前日まで怪我人扱いされるとは思わなかったわ。上がってく?」
扉を大きく開いてみせるロユ。すると扉の奥に、リビングルームのテーブルでのんびりとお茶を飲むベニヒとミヨ・トッペスが見えた。やはりミヨはここに来ていたのだ。
「いっ、いいの……?」
「もちろんよ。中身のない話ばかりだから帰ったほうが有意義かもしれないけど。お茶くらい出させて頂戴」
「じゃあ、おじゃましまーす!!!!」
真っ先に足を踏み入れたのは空だった。開け放たれたカーテンから差し込む光に照らされた部屋の中で、ベニヒとミヨ・トッペスに頭をさげる。
「こんにちは!! ベニヒさんまで来てるとは思いませんでした」
「よう。久しぶりだな。ターナの奴らに相当いじめ抜かれているんだってな?? しばらく見ない間に、そうとう頼もしい体型になっているじゃないか。友達が大怪我をしたと聞いたら、いてもたってもいられなくて来てしまった。明日から遠出だと聞いたぞ」
促されるがまま椅子に座りつつ、問いに小さく頷いた津島に、ベニヒは口角を上げた。
「気をつけて行ってこい。あまりロユみたいに無理をするなよ」
「あっ、ありがとうございます!!」
二人してぺこりと頭をさげる。すると、ミヨ・トッペスが席をたった。
「んじゃあ、トッペスはそろそろ帰るね。やることやったし渡すもの渡したし」
「もう帰るのか。わたしはもう少し残るつもりでいたが」
「いいよ、ベニヒはゆっくりしてれば。トッペスには数日間ほったらかしにしていた仕事が山積みだからね。じゃ、おじゃましましたー」
あっさりと出て行こうとした彼女は、扉を開いたところでふと足を止める。躊躇うようにしばらく身体を揺らした後で、金の髪を大きくひるがえした。
「……ソラ、カズ。気をつけて帰っておいでね」
津島が目を丸くして礼を言おうと息を吸ったところで、必要以上の力で閉められた扉の音が言葉を遮った。
おやまあと目をぱちぱちさせるシフォー・カロユに、どこか面白そうな顔をするベニヒ。
「ミヨもあんなことを言える子に育ったのね……。昔は周りのことなんてどうだっていい。みたいな感じの子だったのに」
「おいおい、どこ目線だよ」
「姉目線かしら? ベニヒ、今日はありがとう。いらない心配だけれど一応感謝しておくわ」
小さく頭をさげるシフォー・カロユの手に握られているのは、三つの球体。今まで津島たちが見たビー玉程度の大きさに比べたら少々大きいが、同じ手段を以って作られた球体だ。
ミヨの回復の力を圧縮し、固めたもの。
遠出した先で、シフォー・カロユの怪我に万が一のことがあったときを考慮してのものだった。その礼に、ベニヒは首を横に振る。窓から入る光が青い髪に反射した。
「私に礼はいい。本当はケチらずソラやカズも含め、行くメンバー分を全員分作って渡したかったんだが……」
「断られちゃった?」
「ああ。相変わらずあいつは自分の監視下以外で、自分の力を使われることが嫌いなんだってよ。ロユの場合は事態がゆえに例外だってさ。悪いなソラ、カズ。私は……私も、無事に帰ってこいと言葉でいうことしかできない」
「ありがとうございます。その言葉だけで十分ですよ!!!」
歯を見せて笑う空に、ベニヒは少しばかりほっとしたような顔をした。
「強くなったおまえらに会うことをグルーンがとても楽しみにしてるから、用事を終えたらまたブラウに戻ってくるといい。どうしたいかはおまえら次第だが、もうおまえらを街から追い出す理由もないからな」
それに二人は頷いた。そこで今度はシフォー・カロユが口火を切る。
「……ベニヒ、あの。本のことだけど」
「本? ……ああ、クロメールと世界の幸のことか?? あの話は終わっただろ。持って行かれた物は仕方ないし、私だって持っていたことを忘れていたくらいだから」
「そうね。あたし、そういう物に頓着しないあなたの生き方結構好きよ。でもいまちょっと、あなたのことが心配になったのだけど。ベニヒ……大丈夫?」
大丈夫?
「その質問は……どういう意味だ?」
首をかしげるベニヒ。津島と空は突然話題に置いて行かれた雰囲気を覚えつつ出されたお茶をすすり、菓子をつまむ。
「そうよね、ええ。なんだか今更、昔感じたものを掘り返すのもどうかとおもうけど……あんたが何を考えて生きているのか今だにわからなくて」
「珍しく自信なさそうに話すんだな。言いたいことがあったら……」
「じゃあ言わせてもらうわ! 確かにあたしとあなたは仲のいい友人。いろいろ見せたし見せてもらった。信頼もしてる。……でも、あんたは単に狩猟をやるために狩猟をやっているようには見えないの」
その言葉にベニヒは首をひねる。ロユも表情を崩して小さく笑った。
「あー言葉が見つからないわ。困ったわね……。ええと、あたしも考えすぎだとはおもうわ。でも暇な時間に落ち着いてよくよく考えてみたら、あんたがあたしに聞いたこと、もの全てがすべてそれに集結しているような気がするの」
「悪い。なにを言いたいのか……もうすこし簡単にいってもらえないか??」
「クロメールと世界の幸を手に入れていたことにしてもそう。なにか目的があって、その手段の段階として狩猟という道を選んでいるんじゃないか。もしかしたら頓着しない生き方をしているのではなく、頓着するほど生きることに余裕がないんじゃないか……って、あんたと話をする度思うの。
ごめんなさい。考えすぎてあたしも頭がこんがらがっているわ。だってありえないことだもの。現実的じゃない。でも……あんたは……まさかとはおもうけど……」
ううん……とシフォー・カロユは低いうなり声を上げる。
そろそろマズくなってきたと判断した津島が、席を外しましょうかと提案するために口を開いたところで、小さな世界学者は言葉を見つけた。
「神になろうとしてるんじゃないでしょうね」
部屋全体の時間が一瞬だけ止まった。
誰かが唾を飲む音を封切りに、ベニヒが口角を引きつらせながらも口を開く。
「まさか!! どうしたらそういう結果になる!? 神様になんてなれるわけがないだろう」
「そんなことわかってるわ。だからこそ神関連の情報ばかりをかき集めているベニヒがわからない。そこまで信心深くも見えないから更に」
「そうだな……確かに、一度でいいから会ってみたい気持ちはあるな」
「会って、それでどうしたいの?」
「この酒をやめられる方法を聞くんだ」
そういってベニヒは片手に持っていた酒ビンを軽く持ち上げた。
「生き方に余裕がない。たしかにそうだ。いろんなことで精一杯で、酒に逃げて、全部を忘れてばかりいる。だがな——」
一度言葉を区切って、言葉を選ぶように目を閉じる。
「それは私は不出来物だからだ。それを大切な弟に明かす勇気も出ない。それだけだ。いままでした質問、そしてこれから先するであろう質問はすべて、神縁深い村キクジン出身の者としての興味からくるものだと信じてほしい。それ以上も、それ以下もないよ」
そう言って笑ったベニヒの顔は、どこか痛々しく感じられた。
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「重い話を聞いちゃったな」
家への道を歩きながら伸びをする空の隣で、津島も緩緩と頷く。ベニヒのことはさっぱりしていて明るい印象を持っていた。悩み事とは縁遠い人だと。
「不意打ちでくるんだもんね。席くらい外させてほしかったなあ」
「まあ、別に聞いたところでなにかあるわけじゃないし、勝手に話し始めたのはベニヒさんとロユだし。 気にすることはないだろうけどな」
「……確かにその通りだけど、ベニヒさんにとっては聞かれたくない話だったかも……」
そう言って俯く津島の隣で、空は鼻から息を吐きながら天を見上げた。
大地の力を感じさせる、太く伸び上がる森の木。枝を露出させて寒そうにしている木々に混ざり、いまだ葉を茂らせているものが結構ある。
「聞いたところで今まで世話になった事実は変わらないしどうも思わないかな、俺は。津島だってそうだろ??」
「まあ……確かに、そうだけど」
息を吐き出す。
冷たい空気に対し、白くならない息はなんとも変な感じがした。




