3-14 料理人のちから
「チオリ、昨日のお粥ごちそうさまでした!! とっても美味しかったぜ!」
次の日。朝ご飯には遅い時間帯に、鞄を背負った空は皿の乗った盆を片手にターナ家の扉を叩いた。食器を返し礼を言う為だ。
エグバリーもメリィも既に家を出ているのか、一人のんびりしていたチオリはいつも通りの朗らかな笑顔を浮かべる。
「お粗末様。美味しく食べてくれたんなら良かったわ。カズくんの調子はどう? まさかまだ起きとらんことは無いよね……?」
「ううん、そのまさか! 全然起きてくる気配しないんだよ。だから、津島の分のお粥も食べちゃった」
照れたような言い方にチオリは目を丸くする。
「そおか、まだ起きとらんのか。ま、悪くなって捨てられるより食べてもらったほうがありがたいわ。皿はそこらへん置いといて」
「はあい。……にしてもチオリ、あのお粥に薬かなにか入れたりしてくれた?? あれ食べた直後、今までの不調が嘘みたいに元気になったんだけど!!!」
「いっひひ。薬はなんも入れとらんよ。強いて言うなら……そやね、あれが、わたしの使える唯一の魔力ってとこやろうか?」
ふふん。と口元に人差し指を立てるチオリに、空は首を傾げる。
「魔力……? チオリ、魔法構文使えたの???」
「いーや、使えんよ。でも料理には作り手の気持ちがこもるっていうでしょ。産まれた頃からわたしは他の人に比べてそれが上手みたい。だから私の魔力!! ソラ君とカズ君がようなりますようにーて作ったのが、伝わってくれたってことやね」
「おお、すげえ! バッチリ伝わってきた!! ありがとうな! ……でも、病み上がりにすぐ動くの少し不安だから、狩りとか料理は明日からじゃダメかな? うつしちゃまずいし」
「当然よ!! 狩人は身体が資本! 明日から衰えた体力みっちり鍛えようね」
そう言って明るく笑ったチオリに、空も歯を見せて頷いた。
「うす!! 頑張ります!!」
チオリ・ターナの、ころころと変わる表情に見送られながら、空は木漏れ日の中で大きく伸びをする。今日中にやりたいことがもう一つあった。休みをもらったのも実のところそちらに時間を費やしたかったからだ。
ひんやりとした風が木々を揺らすこの季節、重力に耐えきれなくなった葉は地に落ちて、やがて土に溶けてゆく。
木の実であったり、魔物の毛皮であったり、なにかしら干している所が多いログハウス達を眺めながら、空は集落の外れを目指す。道中会った集落の人からの「風邪、治ったんだね! 心配してたよ」という声に礼を言いつつ向かうは、小さなログハウス。背負っていた鞄から一冊の本を取り出しながら、空は扉を二度叩いた。
しばらくの間の後、玄関から顔を出したのは眠たげな緑の瞳の少女と狐のような小型の魔物。
「何よ……なんか用?」
世界学の研究者であるシフォー・カロユとその従獣、インピィだ。
「寝ている時間にごめん!! 少し力を貸してもらいたいんだけども」
「はぁ? そういうのは事前連絡をしてから……って、あんた。なにを持ってんの!! はやく上がって」
「おっと、おじゃまします!!」
強く引かれる上着につんのめりながらも家に上がると同時に、バタンと強く扉が閉められる。ご丁寧に二重鍵をどちらもかけたシフォー・カロユは、その扉を背にして空に向かい合った。
「その本、どこで手に入れたの」
まるで睨みつけるようなその視線はせめているというより現在起きている事が信じられないと言いたげに揺れている。視線の先には空。正確には、空が持った本『クロメールと世界の幸』に注がれていた。
「ベニヒさん達が使っていた家に置いてあったんだ。津島が見つけて俺に読むように勧めてくれたんだけど……これって危険図書って呼ばれるのもなんだろ??? その理由聞いてみようと思ったんだ」
「ふうん、そう。……燈台下暗しってヤツね。予想が足りていなかったわ」
空の謝罪を聞くことなく、ロユはするりと脇を抜けてリビングへ行く。
「あの子……本当に何を考えているのかしら」
顎をひっかきながら小さく呟かれるその言葉にに一度首をかしげる空は、特にそれを気にすることなく大きく息を吸い込んだ。
「ロユ、力を貸してもらいたいんだ」
「へっ? あっ……。ええ、もちろん。 な、なにをすればいいんだったかしら?」
「これが危険図書である理由を知りたい」
それを聞いたロユはぽかんとしたのち、軽く頷いた。
「そんなことなら喜んで。明日まで読む時間をちょうだい。……まさかこの本を拝める日がくるなんて思ってもみなかった」
ロユは空から『クロメールと世界の幸』を両手で受け取りながら、ちらりと目線を上げる。
「どんな感じだった? 内容」
「どんなん……そうだなあ。恋愛小説のようにも思えたし、童話っぽくも感じた。津島はやたら深刻そうに扱っていたけどそんな感じまったくなくて。やっぱりその本そんなにすごいものなのか??」
「そうね。とってもすごい本よ。ただ、生きてる学者のなかに読んだことのある人がいないから、どうすごいのかはわかってないのよね。世界学的にも、神学的にも大きな発見のきっかけになるって伝説的に聞いたことがあるだけ。……にしても、ちょっと興奮で汗出てきたわ。本当に実在していたなんて」
そういってロユは地べたに座り込み鼻歌まじりに本を広げた。
もう彼女には周りの様子など見えていない。空がそっと玄関の扉に手をかけた際に言った礼も、家から出てゆく音も一切聞こえていないだろう。
窓際で丸くなって話の始終を黙って聞いていた魔物 インピィは、小さいため息とともに「まーた二食抜きか……」とつぶやいて、腕に顎を乗せた。




