2-28 空中遊泳
「やっぱりソラだったんだね」
鉱資源の街 テンティノの宿舎にて、街に戻ってきたグリエの視線を全身で受け止めながら空はゆるゆると頷いた。
「皆さんが無事でよかったです!! でも、なにもブラウに置いて行くことなかったじゃないですか!! せめて一言だけでもかけてくれたら……」
それにベニヒがため息をつく。
「危険だから連れて行く訳にもいかなかったし、一言かけたら絶対に一緒に行くと言って聞かなかっただろ」
「う。確かにそうかもしれないですけど!!!」
「身体にいっぱい擦り傷作ってても来ちゃうんだもんね。にしてもなんか変なカンジ」
そう呟いて頭をガシガシとひっかいたのはミヨだ。彼女は先ほどまで、個室で空の服をひっぺがしてはあるはずの傷がないことに首をかしげ、眉を寄せていた。
本人は、身体の造りが変わると一緒に傷も治るんだ!! すげえ!! と、まるで他人事だったが。
「俺も慣れないですよ。聞こえる自分の声がまるっきり違うんですよ!? しかもちょっと口が小さいから喋りにくいんです!!」
「そうだな。そりゃ……性別も変わればな」
そんな効果のある魔法構文も知らないし……と浅くため息をつくベニヒ。
そんな中、空気を引き締めるように弟グリエが手を叩いた。
「とりあえず、グルーンとベニヒが空をこの宿まで運んでる間に僕たちで調べたことを報告しちゃうよ。件の洞窟だけれど、今はもう完全に岩で入り口を塞がれていた。ね、レヨン」
「試しに表面の岩をちょっと割ってみたけれど、あれは……塞がれていたっていうより洞窟自体が無くなっている様子だった。もうあそこから魔物が出て来る事は無いと思うよ。あと、これ。入り口を塞いでいた岩を一部砕いたら綺麗な石めっけたの」
それにミヨが笑う。
「結局持って帰ってきたんだ」
頷くレヨン。その手には、青く透き通ったトイレットペーパーの芯ほどの大きさの石が握られていた。
「前のキクジンでの依頼といい、最近変なの多いな」
頭をかくグルーンに、ベニヒは酒をあおってから大きく笑った。
「まあいいじゃないか。依頼達成できたってことだし。さっさと帰ろう。避難しているここの住民を、早く帰してやりたい」
ベニヒの言うことはもっともだ。と、ぽぽーんの皆は宿舎を後にする。そんな中、一緒になって外へ出ようとする空にミヨが声をかけた。
「ちょっとソラ。服緩すぎていろいろ危ういからコレ羽織りなよ。ちょっと肩幅大きいかもしれないけど、無いよりはマシでしょ。ズボン歩き難くない? 裾折れば?」
「あ、ありがとうございます!!」
ミヨの言葉にあわてて従い装いを整える空。わずかにためらった後、ミヨの上着にも腕を通した。
借りていたランプを転送門の門番に手渡し、空にとって二回目の転送門。ほんの少しの気持ち悪さを飲み込んで、空は数時間ぶりにブラウの地面を踏んだ。
前に立つベニヒが、全員を見渡し揃って居ることを確認してから外へ出る。
「なんかあっという間に終わったな」
それに頷くグリエ。
「ちょっと危ないと思ったけど、それでも0ランクの依頼って大抵数日越しになることが多いから、1日で終わるって拍子抜け……っていうか、なんか街、騒がしくない?」
グリエの言葉はもっともで、ウォルノール軍の制服を着た人達が道をバタバタと走り回る姿が頻繁に目についた。
空は保育施設でのことを思い出し身を固くする。しかし、今日はあの日のような重苦しい雰囲気ではない。
「何かあったのかな」
ミヨがそれとなく、小さくそして可愛くなった空を背の後ろに隠しつつ辺りを見渡す。ベニヒが口を開いた。
「一人捕まえて聞いてみるか……あ、おいフォー太郎!!」
一同の前を丁度通りかかりベニヒに名をよばれたその軍人は、足を止めた瞬間驚きの表情を浮かべた。
「どうしてこのタイミングで帰ってきたのさ……! あと数日くらい向こうに居ていてくれてよかったのに……。ソラ君は居るかな?」
それにレヨンが苦笑いを浮かべた。
「酷い言いようだなー。せっかく早くに済ませて帰ってきたのに。 ソラ君は居る……けど、ちょっとややこしいことになっていて」
「早くに? 四日も帰ってこないで? やっぱり0ランクってそんなに大変なんだ……っ、じゃ、なくて、えっと、ややこしい状態はこっちもなのさ。現状説明はひと段落着いてからするから……えーと、とりあえずソラ君だけでも僕の家に来てくれないかな」
「またまたー四日ってなんだよフォーン! なに企んでんの?」
笑うグルーンに、フォーンは焦ったように言った。
「今はそういう冗談を言ってる場合じゃないのさ。あの人たちが平原から帰って来る前にソラ君達を町の外に出してあげなきゃいけない」
そこでミヨが自身の後ろを確認し、声を上げた。
「ソラが消えた」
「はぁ!? 一体なにを考えてるんだソラは!」
ベニヒが声を上げた直後、姿を消していた空が転送門施設の影からひょっこりと顔をだして頭を下げる。
男の姿で、ミヨが貸した上着を両腕に抱えて。
「す、すみません……! 元に戻れました!!!」
それに驚くぽぽーんの様子へ、フォーンはますます眉根を寄せる。
「……いろいろ引っかかるけれど、とりあえずソラ君。僕の家に来てくれないかな、依頼明けで疲れているとはおもうけれど」
「えっ!? あっ、はい!! どうしたんですか? 何かあったんですか??」
「うん、少しね」
そう言うや否やフォーンは空の腕をつかみ歩き始めた。あえて人通りの少ない道を進みながら、強く疑問を抱く空に口を開く。
「シフォルア街っていう国に所属する団体が、人を探すためこの街に来ている。ウォルノール軍はそのお付きって感じかな。
他の世界から来たという君たちには、彼らとなるべく会ってほしくなくてね。
だから、今すぐにでもこの街から離れてほしいんだ」
そうして、立ち止まったのは、畑とは反対側、森側の門のすぐ近く。
目の前には周りの丸い屋根に比べると少し浮く、まるで豆腐のような白い家。
その扉の鍵をフォーンは手際よく開け、空が人の目に触れる前に、中へ押し込んだ。
「っとと、おじゃまします!!」
「あれ……空!?」
空の声にかぶさるように、声がした。
顔をそちらに向けると、そこには椅子に座って麦茶を飲んでいる津島が空を視界に入れている。
「カズ!!」
「無事帰って来たんだ。全然帰ってこないから大丈夫かなーっておもってたんだけど、よかった!! でも、そうそうゆっくりする暇もないみたいで……」
「え、全然って。割とすぐに……」
そこでフォーンが口を開く。
「ごめん、その会話もあとでしてもらえるかな。二人で一緒に、ここから森へ入ってまっすぐ行った先に一つの村があるからそこまで逃げてほしい。理由はさっき言った通りさ」
「荷物は全部まとめて持って来たんだ。フォーンさんにカバンを貸してもらえたから。ごめんね。荷物とか全部見てしまったけど」
「えっ!! あー、いいよ。そんなこと!! わざわざ荷物まとめてくれてありがとう」
礼を言いつつ、空は依頼の時から持っていたものと合わせて二つになった荷物を抱える。
その直後、家の扉が必要以上の力で三回殴られた。
ミシリと音を立てる木製の白い扉に顔を強張らせたフォーンは、空と津島へ物陰に隠れるよう指示を出しつつ扉に手をかける。
「誰だ……って、ベニヒ達か。どうしたの、いきなり」
力の抜けた声に、空と津島はそろりとタンスの影から顔を出す。
フォーンを押しのけるように家へ上がり込んだベニヒが口を開いた。
「どうしたの、いきなり。じゃないぞこのタコ!!! それはこっちのセリフだ!!」
「落ち着いて、静かに。今からソラ君とカズ君をウォルノール軍と信徒に見つからないようエリギに逃がす。訳があるからかくまってやってくれって手紙はカズくんにもたせた」
「シフォルアの信徒? 街の賑わいはそれが原因か。なあ、まさかとは思うが…………」
「確かに他の世界から来たっていうカズ達がバレるのは不味い。フォーンの選択は正しいと思う。姉さんだって元々二人をエリギに行かせるつもりだったんだろ?」
言葉を遮ったグリエにベニヒは一瞬動きを止め、いつも通りの笑顔で二人の肩に手を置いた。
「……そうだな。フォーンからの手紙があるなら、向こうの人たちも良くしてくれる。カズ、ソラ。数日後に、エリギに私の友だちが行くらしい。そいつが元の世界に戻る力になってくれるかもしれないから、話を聞いてみると良い」
「あっ、この前言ってた人ですね。わかりました」
「わざわざ手配してくださったんですか!! ありがとうございます!!」
津島と空が礼を言ったところでレヨンが何かに気づく
「軍が動いているっていうことは、当然街の外に出る門にも見張りがついているんじゃない? 二人をどうやって連れ出すの?」
「以前ベニヒに貰った球を駆使してどうにかしようかとおもっていたんだけど……」
「そんなものより確実な方法があるよね?」
薄い表情筋で笑顔を浮かべた、薄い銀色の髪の青年。レヨン・セルパータ。
二月の精錬で彼が手に入れているのは、風を思うがままに作り出す力。
フォーンはその言葉に迷わずうなずいた。
「うん。レヨン君。二人を街の外まで、お願いできるかな」
×××
「へまして掴まったりするなよ。……指切りだ」
フォーンの家を出る直前、最後まで残ったベニヒが津島と空に両手の小指を差し出した。
二人はそれに頷いて、迷い無く小指を絡ませる。
そうそう仕事をサボっているわけにはいかないらしい。フォーンはあわててウォルノール軍の元へ戻り、レヨン以外のぽぽーんメンバーは門のあたりで見送ると笑って言った。空はそれに礼を言いつつ、ミヨに借りた上着を返した。
そうして津島と空は、今レヨンと共に屋根の上に登り街の端にしゃがみ込んでいる。
空が、初めての魔法構文で大爆発を起こした場所に群がっている人々を視界に入れた。
「俺達、どうなるんですか」
「エリギは狩猟民族の小さな集落。みんなきっと親切にしてくれるから安心していいと思うよ」
レヨンの答えに空は少しの間の後、口角を上げる。
「そうですね! レヨンさん、よろしくお願いします」
「任せて。着地時できるだけ身体を地面と水平にするよう心がけてくれれば、そうそう怪我はしないようにこっちで頑張るから」
それに返事をした二人は、間もなく宙へ飛んだ。
容赦なく身体が突き飛ばされる感覚に咽せつつ、津島は視界が流れる早さに目を見張った。左には、木々。遠くには山。右を見ればオレンジ色の天を映し出すように輝く広い海。
遠ざかる街をふりかえってもぶれない身体の安定感は、まるで水の中に居るようだった。
なんて気を抜いていると、とたんに身体がぐるんと反転し、天が視界の下へ回る。津島はぎゃあと叫んでしまいそうになったのを、なんとかして飲み込んだ。




