2-27 そうして世界は 姿を変えて
時は少し戻り、ベニヒ達が洞窟へ入って一時間弱経ったあたり。初めての転送門を経験した空がランプを鞄にぶら下げ 目的だった洞窟の前で足を止めた。
鉱資源の街 テンティノの住民は全員避難しているらしい。元々土や岩しか無い町に人一人居ないのは寂しいものだった。ランプは、そんな街中で見回りをしていた軍人に借りたものだ。
「……でっけえ」
洞窟を見るのが初めての空は、その入り口の大きさ、そして真っ暗な中に圧倒され声を上げた。深く息を吸って心を決めて、ひんやりとした内部へ踏み込む。
洞窟の中は高く、4mほどの幅の道がまっすぐ続いていた。迷う心配がなさそうだ。と片手を内壁についてさくさくと進む。
そこでふと、あまりの光量の少なさに不安になり振り返ると、もう既に入り口からの光が見えなくなっていた。そんな奥に進んだわけでもないにも関わらず。
「すっげえ」
呟きは暗闇に吸い込まれる。ランプの火がゆらりと不安定に揺れた。
辺りがやたらと静まり返っていることに不安を覚えて、耳を澄ましつつ一本道を歩く。持ってきていた借り物の剣に手を添えつつ、目的の人の名を呼んだ。
「ベニヒさーん!! グリエさーん!!! 居ませんか!?」
しかし声は響くこと無く闇に吸収され、ひんやりとした洞窟内であるにもかかわらず汗が頬を伝った。頭の中で警告が鳴り響いている。空はその音を振り払いながら剣を抜き、暗闇から顔を出した巨大な魔物に振りかぶった。それは先日草原で対峙したものとは比べ物にならない大きさだったが、怯む余裕もなく魔法構文を唱えながら魔物にむかって地面を蹴飛ばす。
——もしかしたら魔法構文には、上手くいく期間と上手くいかない期間があるのかもしれない。
眉間を爆破した瞬間姿を消した魔物の居た場所を歩きつつ、空は思う。今使った魔法構文には体を縛る圧力が無かった。
ランプの火が、ゆらりと不安定に揺れる。
「グルーンさーん!! レヨンさーん!!!」
少し下り気味の道を、転びそうになりながら駆け下りつつ、魔法構文を唱えて魔物を倒す。 ノートを見ずに言える構文は少ないものの、無理押ししても余裕で倒せるほどの威力が、彼の魔法構文にはあった。
走りながら魔法構文を使う度、頭のなかで火花が散り、視界はぱちぱち明るく瞬く。
しかし洞窟の内部が明るくなるわけではなく、頼りは不安定にゆれるランプの明かりのみだ。
「ミヨさーん!! どこに居るんですかー!!!」
返事は無く、声が奥まで響いている様子もない。切れてきた息に、一度立ち止まり洞窟の壁へ寄りかかって一休みをし、落ち着いたところで再び走り始める。
探し人の名を叫ぶ合間に魔物へ構文を一発。すると爆風が当たったか、それまで不安定に揺れていたランプの中が掻き消えた。それまで様子を窺い続けていた黒が、待ってましたと言わんばかりに世界を飲み込む。
「やばい」
黒が空に与えるものは恐怖だ。視界が不明瞭になった今頼れるものは触覚と聴覚しかない。うるさくなりはじめた心臓の音に、息が上がる。焦らないよう自分自身に言い聞かせながら小さく聞こえる魔物の音に魔法構文を放ち、ひとまず戻ろうかと体の向きを変える
視力が使い物にならなくなったぶん聴覚が鋭くなっているようだ。魔物はとめどなく現れるが、洞窟自体は一本道。戻ることはできそうだと、空は口角をあげる。一度街に戻ってもっと明るいランプを借りてもどってこよう。
「よし」と気合を入れ、外への道を踏み出したその瞬間、空の指先になにかが触れた。弾力のあるそれは触れた空の指先に反応して大きくふくれあがり、状況を知覚させる暇も与えないまま空の体をブクリと飲み込んだ。
そして最後に、どこかからぴしりと何かの割れる音がした。
×××
鼻腔を直接叩いた他人の体臭で、それまで眠っていた意識が一気に覚醒する。それまで大きな背に背負われていた空は、突然体を起こしたせいでバランスを崩し、頭から地面に落ちかけた。空の両腿をがしりと脇に挟んでいた男 グルーンが、それに悲鳴に似た声を上げる。
鉱物を街に運ぶトロッコのための線路沿い、雲のない青一色の天。背負い直された空の視界には短い緑の髪の毛が写り、がっちりとした身体は、身長の低くない空を背負うのも楽々といった様子だ。
「バカだなぁ、突然動くやつがある??」
「すみません、グルーンさん、ここまで背負ってくださったのに! ありがとうございます!!」
背負わせている申し訳なさに加え、人と多くの面積で触れ合っているという状況と、どうしても得意になれない他人の体臭という二つの不快感へ、我慢できず鳥肌が立つのを感じながら、空は身体をよじる。
グルーンは「どういたしまして」と笑いながら空を地面に下ろした。しかし自らの足で地に立つと同時に感じる違和感。どうしてか、視界が低い。
険しい顔のベニヒが空を見下ろした。
「一つ聞くが……お前の名前は何だ?」
思いもよらない質問に空は息をのむ。反応の遅れた一瞬。その間に彼女はもう一度言う。
「お前の名前はなんだ?」
「宓浦 空ですよ!! どうしたんですか? いきなり名前な……ん??? ん〜?」
空はそこでやっと、自身の声に違和感を感じ喉に触れた。ぺたぺたと喉を触りその太さを確認する。そして頬を、地面につかないようグルーンによって持ち上げられた髪の毛を。自分の身体を次々と触って、ごくりと唾を飲んだ。
量のある髪を片手に、グルーンは苦笑う。
「一体どうしてこうなっちゃったんだろか」
「本当にヒツウラ ソラなんだな」
だぼだぼの服に、元より20cmほど低い視線。それは決して空以外の物が大きくなったとか、そういうものではない。
重くそして質量の大きくなった胸の辺り、丸くなった頬。もういちど順番に確認をして、空は自身の身体に起きたことを飲み込んだ。




