2-22 目的として抱くもの
津島達と別れた後、レヨンが向かったのは小さな定食屋さんだった。
酒場に行くものだと思っていた空がそれに拍子抜けする様子を見て、レヨンは弱い表情筋を動かして笑う。
「俺、お酒得意じゃないんだよね」
そして店の扉を開けつつ中に一言。
「こんばんは。いつもの二つください」
そして、客のいないお座敷に上がる。空はその後に続いて、座布団の上に座った。
外見も地味で中の照明もそんなに明るくない店だったが、実は昼になると客で溢れ買える人気店である。今は誰一人として客は居ないが、こんな遅い時間に食べにくる客はレヨンくらいのものだ。
机をはさんで向かい合う二人。
レヨンはまず出されたおしぼりで顔を大胆に拭いた。
空は、少しの危機感にごくりと唾を飲む。わざわざ二人でここまで来て、こうして話しあおうとするにはなにか目的があるにきまっている。と。
外で立って話すのではなく、こうして向かい合って顔をそらせない状況に持ち込まれては、いつものごまかしもやりにくい。
そして現に、正面に座る男 レヨンの目からは何かを探ろうという意図を感じとれる。
料理が運ばれてきた。
どんぶりにご飯と、一口サイズに切られた沢山の肉とスクランブルエッグ。平皿に根菜の煮物とシュウマイのような料理。そして小皿にはうすく色のついた液体が注がれている。
「めずらしく二皿頼むから彼女かと思ったら男かよ!!」
店員からからかわれ、レヨンはそれに軽口を叩いた。
座敷から離れてゆく店員の背中を見送って、空に申し訳なさそうな顔をする。
「……ごめんね。態度のなってない店員で」
「いえいえ! とても仲よさそうでしたね! お友達ですか?」
「そんなものかな」
うなずいて、少しの間を置いてレヨンは再び口を開く。
「ソラ君。これはただ単に俺が君と二人で話をしたいなって思っただけだからそんな身構えなくてもいいよ」
丼の中に小皿の中身を入れて掻き混ぜる、軽い動作と共に言われた言葉。
それにソラはふうと息をついた。
「レヨンさんはなんでもお見通しって感じですね、悔しいけど」
「そりゃあ分かるよ! 君と同じくらいの弟と一緒に、ここまで成長してきたんだから」
「弟……魔法構文のメモでお世話になってる……ルパさん、でしたっけ」
「そ、本名はアルパイン。まあ、そんな話はいいだろ。機会があったら紹介する。ルパも会いたいって言っていたしね」
「本当ですか!!俺も会ってみたいんで楽しみです!!!」
レヨンの真似で丼の中に液を入れつつ逡巡し、一言
「癖……なんですよね。力入れちゃうの。 すみません。いつもお世話になってるのに」
治そうとは思わないけれど。
笑って謝ると、レヨンも微妙に口角を上げた。
「べつに問題ないよ。ふふ。そういう人は意外に結構多いものだし」
まあそうだろうな。と空はどんぶりの中身を掻き混ぜつつ口を開く。
「そうなんですか?」
「うん、まあね。ほら、ご飯。冷める前に食べちゃって」
「あっ、はい!」
すっかり忘れていたご飯を、混ぜて一口。
「んま!!!!!!」
「でしょ。このお店の人気メニューで、相当美味しいんだ。ルパはこの肉が苦手みたいで、連れて来られていないのだけど」
適度な柔らかさの肉は噛む度に少し癖のある味が染み出てくる。混ぜた時に細かくご飯に混ざったスクランブルエッグも肉に合う味付けがされており、なおかつふわふわだ。
先ほどかけた液は香ばしい香りを放っていて、適度な塩味に空は堪らず二口目を頬張る。
「これ、なんの肉なんですか?? ちょっと癖もありますけどおいしいですね!!!」
「高い山に生息する二本足の魔物の肉。なかなか凶暴だから狩るのが大変なのだけどどこの部位もおいしく食べられんの」
そう言ってレヨンはどんぶりの中身をぱくりと食べ、頬を緩める。
そして幸せそうな顔で飲み込んでから、再び口を開く。
「需要高いから、高値で売れるんだ」
「ということはぽぽーんとしても、よく狩りに行くってことですか!!?」
「うん。といっても、移動費節約のために行くのは大抵一人か二人だけどね。ベニヒの球とかいろいろ使って」
「一人で!? えっ、でも凶暴だから大変って……」
「でもグリエが一人で大丈夫でしょうってさー。ケチだよね。他の狩猟ギルドは、五人以上で固まって出て行って一体とかが普通なのに、俺らは二人で五体とかなの」
ぷっと頬を膨らませるレヨン。
そこで空は、改めて内心で冷や汗をかいた。
「まあ、他のギルドは能力補佐がないから、普通と言えば普通なのだけどね」
「能力補佐……二月の精錬のことですか!! そういえば、レヨンさんの能力ってどんなものなんですか???」
「あれ、それ知っているんだ。ベニヒ達から聞いたの? うーん……俺のは、なんだろう。風を作る感じ。
そんなに重くなければ物を飛ばすことができるよ。ナイフとか、物を目的の場所までびゅーんって飛ばしたりするの」
そう言いながらレヨンは顔の高さで指を横に滑らせる。
空の髪の毛がふわりと持ち上がった。
「おわっ!! すごい!!!!」
「あっ、こら。ご飯口に入れたまま喋らない」
「ごめんなさい!! で、でもこれはレヨンさんのタイミングが悪いです!」
「ご、ごめん。確かに」
素直に頭を下げるレヨン。
「俺、ご飯口に入れたまま喋らないーとか、怒られたの初めてです!!!」
「じゃあどうしてそんなに嬉しそうな顔をしてるの」
「うーん。なんだろう。面倒見てもらってるって感じがして」
こんなこと言ってもわけ分からないだろうな。と空は内心で呟く。
その想像の通り、レヨンは不思議そうな顔で首をかしげた後、ご飯の残りを食べた。
細い身体をしていて意外と食べるスピードが早い。
空も慌てて、残りをかき込む。
「ソラは頑張ってるよ」
レヨンがそう言ったのは、丁度空が最後の一口を食べ終えた時だった。
お冷やの無くなったグラスを片手で弄りつつ
「知らない世界に来て、頑張って適応して、生きて行こうとしている。
俺だったら絶対にパニックになっていると思うよ。俺のが年上なのに」
「なん……ですか? いきなり」
「少しだけ、心配だ」
そう言うレヨンの顔はいつも通りの無表情。
戸惑う空に、言葉を投げかけ続ける。
「本来この道は危険で、戦闘センスなどが無ければすぐに命を落とすと言っても過言じゃないよ。収入が高い訳でもなく、最近は減る一方だ。なのに、ソラはそれに飛び込もうとしてる。……自分をもっと大切にしてあげてもいいんじゃないかな」
「……それってやっぱり、ぽぽーんには俺が邪魔っていうことですか?」
「そんなことは言ってないだろ。邪魔じゃない。むしろ歓迎するくらいだよ。
でも俺には聞きたいことがある。これを聞いた瞬間、ソラはどう感じるか、なにを考えるかが不安で聞けずに居るんだけれど」
ああ、と空は内心でため息をつく。
やっぱり最初の危機感は気のせいじゃなかった。
「ありがとうございます。でも、俺に遠慮だとか、気遣いは大丈夫ですよ!!! 無理に言え、とも言いませんけど……」
そう言いつつ空は頭の中で予測できる質問への理想の解答を並べ始める。
元の世界の話、実際の戦闘能力の話、なぜ狩猟ギルドに入ろうと思ったのか、元の世界に帰りたいとは思わないのか、お金が欲しくは無いのか、他のギルドに入る気持ちはないのか、
しかし「そう言うなら……」と開かれたレヨンの口から飛び出した質問は、残念ながら空の予測の中には入っていないものだった。
「ソラは、何の為に強さを求めるの?」
「……え」
一瞬、虚に突かれる。
激しく回転しはじめる頭。反射で練りだした理由を言おうとしたところで、レヨンは口を開く。
「今の一瞬見せた顔で、一番に……最初に思い浮かんだ理由は何?」
「……興味とかじゃダメなんですよね」
「ダッ、ダメとかそういうのはないよ!! でもね、俺この前ちょっと思ったんだけど、ソラはこの世界で過ごして行こうと決めたわけじゃ無いよね?」
「えっ!? まさか!! そんなことあるわけないじゃないですか!!」
「なら、狩猟ギルドなんかにかまけてないで、元の世界に帰る方法を探すべきなんじゃない? ……カズ君みたいに」
空はその言葉に息をのむ。
レヨンはその表情を確認して、続ける。
「強い言い方でごめんね。確かに強さはあった方が利だよ。でも一時滞在の身である君は、そこまでして強さを求める必要はない。例えカズ君みたいに戦えなかったとしても、問題は無い……戦闘要員には僕たちがいるんだから。そう思わない?」
「っ……そ、そうですけど……」
俯いた空の顔を確認して、レヨンは小さく口角を上げた。
「やっぱりそうかー。ソラ君。ごめんね。この話は終わりにしよう。今の反応で確信したけれど、やっぱり、ソラ君の頭の中には、カズ君が常に居るんだね」
空の反応や感情を確かめるように、レヨンは瞳を覗き込む。
「戦闘能力という面だけで彼と自分を比較して、劣等感を感じているんだね」
空はその言葉に何も言えなかった。違う。と言いたかったが、こうやって言葉にされてしまうと認めざるを得ないことがわかり、愕然とした。
レヨンは食器をまとめつつ続ける。
「俺の弟……ルパはさ、魔法構文が使えるって、知っているでしょ?」
「は……はい」
「俺は魔法構文が使えないから、どうやったってルパには勝てないんだ。負け組だ。役立たずだ。って小さい頃の俺はすごく悲しく思っていたんだ。つまり今のソラ君とおんなじ、劣等感」
「……」
「でも俺は今、こうして狩猟ギルドぽぽーんで、自分の出来ることを活かして楽しく仕事している! だから…………」
レヨンは珍しく満面の笑顔でそこまで言って、言葉を止めた。
空が首をかしげる間にもレヨンの顔からはどんどんと笑顔が消え、最後にはいつも通りの無表情を通り越して下を向いてしまった。
「レ、レヨンさん……???」
「うう……なにを言いたかったのかが、わからなくなっちゃった……。ごめん、ソラ君。べらべらと……」
「そんな! 大丈夫ですよ。言おうとしてくださっていたこと、なんとなくわかったような気がします……から。劣等感なんて感じる必要は、ないってことですよね」
気分的に声を張る元気が湧かないままにそう言うと、レヨンは顔を上げてほっとしたような顔になった。
「うん。そう。わかってもらえて良かった。俺こういう話下手糞なのにしようとしてしまうから、後で恥ずかしくなっちゃうの」
頬をぽりぽりと引っ掻くレヨンに、ソラは頭を下げる。
「いえいえ!! レヨンさんの話のおかげで、俺が今までカズに感じてた嫌〜な感情の正体がわかって、今すごい晴れ晴れしてますから!!!」
「そっか、よかった。俺は劣等感が原因でソラがこれ以上無理をして、必要以上の大けがをしてしまうのではじゃないかって、すごく心配なんだ。
カズ君に追いつく為に、強くなろうとしているんじゃないか、って思えてしまったから」
考える少しの間を開けて、レヨンは笑顔を浮かべた。
「“追いつくため”に強くなるんじゃなくて“魔物と戦うため”に強くなってよ」
「はい!!!!」
その大きな返事を聞いたレヨンは、満足そうに笑顔を仕舞って席から立ち上がった。
「ぽぽーんへようこそ。ソラ。 そろそろ帰ろう」




