2-23 かたわれの刃
次の日以降
彼はさらに訓練に力をいれはじめたようで、今まで以上の大けがをして帰って来るようになった。
一日目は足を引きずりながら帰ってきた。なにかと思いミヨを呼んだら足には大きな痣。骨にヒビが入っていると言われた。
そして二日目は背中や顔に大きな傷。男の勲章だとわらっていたけれど、それも跡なく治してもらった。三日分の晩ご飯という報酬を出すことを約束して。
「三日目の今日、一体どうなって帰ってくるのか心配で……」
畑で作業を終わらせた津島は、その後ぽぽーんの拠点に行き、今、ベニヒにぽつぽつと心配を吐き出している。
ベニヒはその話に眉を寄せた。
「剣を持てたからって喜ぶのはいいが飛ばし過ぎだな……。それともレヨン。あの後なんか言ったのか?」
「空に聞いても何も答えてくれないんですよ……。あっ、でもレヨンさんの二月の精錬での力は聞きましたよ。
どんな感じの依頼を受けているのかなってまた様子を見たいと思って、ここに来たんです」
「私たちの方から出すのは近場の依頼ばかりだぞ。 しかし その大けがの話を聞くと別の依頼を自分で受けているみたいだな。 わたしと依頼に出た時はそこまでの大怪我させなかったし……教えてもらえるかはわからないが、ギルセンに行ってみるといい」
「ギルセン……ですか」
「ああ。ギルドへの依頼を国内中で共有し管理するギルドの建物、ギルドセンター略してギルセンだ。」
言いながらベニヒは机からブラウの地図を取り出し、ギルセンのある場所を指し示した。
「あっ、ありがとうございます」
「ああ。このくらいしか力になれなくて申し訳ない。やることが無かったらついて行ったんだけど。……そうだ。もちろんカズ一人で行くわけじゃないよな? 」
その言葉へ何故? と首を傾げる津島に、ベニヒは信じられないとため息をついた。
「ろくに戦う術もないお前が一人で行ったら危険だろうが!!」
「……じゃあ、 剣を一本、貸してください」
「バーカ言うなよカズ!もう一度言うがろくに戦う術もないお前が……」
ベニヒは喋りながら津島の顔を見て、その表情に思わず言葉を止めた。ごくり。と、つばを飲む。
「そういえば、お前戦えるんだったっけ」
昨晩の出張での話を思い出したベニヒは、すこし考え込んだ後苦虫を噛み潰したような表情で「死ぬなよ」と言った。
「武器の下げ方もわからない自分に、こんなすごいものを貸してくれるんですか」
拠点傍の小さな倉庫にて、ずっしりした借りた重みに尋ねるとベニヒは笑った。
「うん。そんなもの倉庫に何本でもある。 だが、それでよかったのか? 剣にしては少し変わった形だし、軽く試してからの方が……あと防具は」
「大丈夫です」
即答して借りたこの武器は、倉庫に入った瞬間気がついたら手にとっていた。吸い付けられた。という表現が近い代物だ。
運命という言葉は基本的に信じない津島だったが、今回に限っては、その考えを改めてもいいかもしれないと思ってしまうほどだった。
そうして借りた武器を腰に下げた津島は今、ギルドセンターと思わしき場所の前に立ち深呼吸をしている。建物はお風呂の建物より少し大きい二階建て。
勇気を振り絞り開けた扉の中はいくつもの受付が置かれていて、学問の街『パナーダ』の役所を彷彿とさせた。壁は一面コルクボードで、依頼概要の書かれた紙が種類別に貼付けられている。
おろおろと辺りを見渡す津島に、スタッフである一人の女性が声をかけた。
「この町のギルドセンターのご利用は始めてですか? 」
「あっ、はい。 あの、少し聞きたいことがありまして……」
「なんなりと」
「宓浦 空っていう、こんな髪型の人がここを利用していませんか?」
両手を頭のてっぺんで広げ、彼のアホ毛を表現する。
すると女性は、ああ。と両手を合わせた。 誰のことを言いたいのかわかったらしい。
「ソラさん、ですね。 ええ、していますよ。ぽぽーんの方々がお世話しているとかで結構ここでも話題なんです」
この世界にはあまりプライバシー保護の概念はないようだ。津島は話を聞けそうな雰囲気にほっと息をつく。
「その、宓浦 空が、今どこにいるかわかりますか? なにかしらの依頼を受けているはずなんですが…… 」
「場所ですね、少々お待ちください」
カウンターの奥にひっこんでいく女性を見送り、室内を見渡す。人はちらほらと居るくらいで賑わっているとは言い難いが、張り出されている依頼の量はすごい量だ。
「フティヴ平原の魔物討伐依頼を受けていますね。危険度四ですから、一人では少し難しいんじゃないかと思っていたんです。 でも仲間がいらっしゃったんですね」
言いつつ女性は、一枚の紙を津島に渡した。
それには依頼概要の詳細や報酬の量、依頼人、場所が書いてあり、一番下にギルセンの基準でつけられた依頼のレベルが書いてあった。
「危険度四というとどのくらいなんですか?」
「そうですねぇ、一番簡単なものが六で順番に一へ上がって行きます。四は簡単に言えば中型の魔物相手……くらいでしょうか」
「そう…なんですか。ありがとうございます。フティヴ平原へはどうやって行けば」
「そういえば、あなたもしかして最近ここらに越してきたカズさんですか?」
質問の途中で女性から発せられた言葉に、津島は言葉と動作を止めぎこちない動きで頭を抱えた。
「ち、違います」
「そんな反応をしておいて違うだなんて。 本当に、面白い方なんですね」
クスクスと笑う女性に、津島は沈んだ顔を上げる
「じ、自分は面白い人ではないですし……あ、あの、その」
「ギルド間ではソラさんと共に少し有名ですよ? 壁に大穴を開けたとか」
「うわあああ!!! 勘弁してください!!! ほ、本当にそんなおもしろいものじゃ……!! お、教えてくれてありがとうございました!!」
ぽんぽんと上がっていく自分に関する事柄に、津島は大きな声を出してギルセンを飛び出した。取り残された女性はその様子にあっけに取られつつ、
「かわいい反応」
とつぶやいた。
「フティヴ平原ってどこか教えていただけませんか!!」
ギルドセンターを飛び出した津島は、街を出てまっすぐ、いつも働いている畑へ駆け込んだ。
主人が、いきなりなんだと呟きつつ海とは反対側を指差す。
「向こうの林をまっすぐ抜けた先だが……」
「ありがとうございます!」
言葉の続きを待たず、新しい柵の取り付けを乗り越え外に飛び出す背中へ、主人はあっけに取られつつ声を張った。
「お、おい! ちょっと! いきなりどうしたんだ!?」
畑のある草原から林に飛び込み、簡易的な道を走る。
魔物が反応して襲いかかってくる前に横を駆け抜け、それでも飛びかかってくるものには借りた刀を抜く。
刀に付いた魔物の体液を軽く振り払って鞘に仕舞う。その際走るスピードは緩めない。
何故刀を使えるのかという疑問を持つことは既に諦めた彼は、まっすぐ進んで間もなく林を抜けた。
開けた景色、一面の草原にひとまず足を止めてぐるりと周りを見渡す。
「フティブ平原……ここかな」
道のおかげで迷わずたどり着けた。
大きな身体を持った魔物が、少し距離のはなれた場所に居るのが目に入る。あれが討伐対象の魔物なのだろうかと視線を落とすと、草が踏み潰されて足跡をかたどっていた。好奇心で自身の両足を入れてみて、ひどく後悔をする。その比べ物にならない大きさに、強さの差をも見てしまったような気がしたからだ。
「受付のお姉さん、中型って言ってなかったっけ……?」
強そうだから、と空を放っておく訳にもいかないと魔物に向かって走りはじめる。
ある程度近づいたところで、走りながら大きく息を吸った。
「空ぁーーーーっ!!!」
「なっ、 カズ!? どうしてここに!!!」
魔物の陰に、目立つアホ毛が少しだけ見えた。
詰める距離に、津島は心臓の音が少しずつ大きくなるのを感じつつ刀を抜く。
「ここにいるって聞いて心配だから来た!!! ここ数日で相当無茶してるし、どうせろくなことしてないんだろうと思って!」
魔物の正面に回り込み空との間に入りこみつつ横目で見ると、想像通り空は大きな剣を持って傷だらけで立っていた。服もボロボロだ。
「ろくなこと……って。なんだよそれ」
空を後ろに置き魔物と向かい合った津島は、空が唇を噛んでいることなど知りようもなく言葉を続ける
「今日はミヨさんに治療、頼まないから」
「はっ!? なんで!」
「頼んだらまた明日も無茶するんでしょう!? だったら自力で治るまでゆっくりしてもらって……ッ!?」
顔を合わせることなく話す二人に魔物の尾が襲いかかった。
それをまともに食らって転がる津島の名を、魔法で防御を張った空が叫ぶ。魔物は津島達にゆっくりと話をさせるつもりはないらしい。
津島はゆっくりと起き上がりつつ、ついた土や草を払う。
「なるほど。これは怪我もするね」
空の傷が爪などによる切り傷でなく擦り傷ばかりな理由がわかり、怖くなる気持ちに反して口角が上がる。
「空、魔法使えるよね」
見た目は派手な割に痛みのない傷口の土をとりつつ言った津島に、うなずく空。
「でもそんな威力はないし、魔法構文ちょっとしか覚えてないから……」
「じゃあそのちょっとの魔法構文でこの魔物倒そ。自分が時間を稼ぐから」
「んな無茶な……!」
「一人でその無茶をやろうとしてたバカはどこのどいつだ脳足らず!! 死にたいの!?」
ごくり。と、空が息を飲んだ。
津島は少しだけ後ろを振り返る。そこでやっと、二人の目が合った。十何日ぶりにもなる深い茶色の瞳に強い安堵を感じる。しかし、後ろ髪を引かれつつもその目線を振りほどく。地を蹴り、魔物との距離を一気に詰めて。襲いかかってくる尾の根元へ、刀自体が脈打つような感覚に身体を乗せてまず一閃。
空の声が、構文を読み上るその声が彼の耳にやけに大きく入った。
同時に痛みに反応して跳ね上がった尾に突き飛ばされる。倒れかけたのをこらえ、再び足に力を込める。
「やあああああ!」
あきらめず何度も切り掛かって数回目、ドスンと大きな音を立てて尻尾の半分から先の部分が地に落ちた。だいぶん短くなったリーチに津島は口角を上げ、空は両拳を握りしめる。
「うおお! カズすげえ!!」
という空の声と同時に、魔物の腹部が爆発した。津島は降りかかる火の粉と熱い風に思わず目をつむる。
「空もすごいじゃないか……!」
あんなに暴れまわっていた魔物が地面に伏し、爆発が起きた部分はえぐれてぷすぷすと煙をあげている。ほっと息をつきつつ津島は空に顔を向けるが、空の顔は未だ険しい。
「そんな威力無いっていってたけど、ぜんぜん強いじゃない。 魔法ってすごいんだね!!」
「カズ、あいつは倒しても死なない“はずれの”魔物だ、急所を刺さない限りまだ生きてる。少ししたら襲いかかってくるから気を抜くな……って、カズ!!!!」
空が突然声をこわばらせた。その視線は津島の横を通り過ぎ魔物の方へ向けられている。その形相に振り返ると、先ほどまであった魔物の姿が忽然と消えていた。
「 嘘、居ない! どこに……」
核もないということは、どこかへ移動したということだ。一切物音を立てず消えた魔物に戸惑いつつあたりを見渡す彼に、空は叫ぶ。
「上だ!! 津島っ、避け——」
声はかき消された。魔物の足と地面がぶつかる衝撃音が周囲を揺らす。命からがら一度大きく跳ねた魔物が、それまでに受けた傷を全て修復させ地面に着地したのだ。
————そこに居た津島を、踏み潰して。




