2-18 チュートリアル
依頼内容は昨晩空が爆発を起こした草原をぐるりと囲む森の中で、一体の魔物を倒すというものだった。津島がこの世界にやってきて一日目に駆け込んだのもこの森の中である。
しかしこの森の中、ややこしい決まりがあり、ブラウの住民が手を出せる区域というものが決まっている。その範囲から出ないよう念を押された空は、フォーンと二人で森の中をゆっくりと歩いていた。
何も喋る気配のない軍人の様子を一度伺い、空が口を開く。
「カズと……何を話していたんですか??」
「ん、さっきのことかな?」
他になにがある。という言葉を飲み込んで頷いた空に、フォーンは言う。
「バクサアロ領域に、星の街と呼ばれる観光名所があるんだ」
「星の街……そういえば、カズが元の世界に戻る手がかりがあるかもしれないって言ってました!!!」
「ああ。だから行きたいって言ってたんだね」
「二人で行くんですか? 出来ることなら今度は俺も……」
「ううん。行かないよ」
空が「何故」と尋ねる前に、フォーンは歩きながらその理由を話し始める。
その最中、二人の耳に森の奥から何かが早いスピードで近づいてきている音が入りこんだ。説明は中断。空は借りてきた魔法構文のノートを反射で開き、フォーンは口を閉じて音のする方向へ顔を向ける。
葉や小枝を踏み、地を蹴って木に飛び乗り枝を乗り移り、とたんに騒がしくなった風の音に、小型の魔物は口をつぐむ。
空が一つの魔法構文を選びとり、フォーンは剣の柄にそっと手をのせる。
黒い陰がその脇を風のような早さで駆け抜け、重い鳴き声を森へ響かせた。全身をびりびりと揺らすようなその音に、空は一瞬身の毛がよだつのを感じた。
木々の間に再び姿を隠した魔物へ、気をとりなおして魔法構文を読み上げはじめる。しかしそんな空を強い違和感が襲った。どうしてか、昨日に比べて数段口が回らないのだ。
焦燥感と共に詠誦を続けながら視線を上げると、手足の大きな巨大猿がフォーンへ襲いかかろうとしている瞬間がその視界に映った。
フォーンは魔物の意識を惹き付けるように、派手に勢いをつけて剣の側面で応戦する。
周りに意識を向けていられる余裕が空にあったのはそこまでだった。
重い口。そして足の裏から胴を通って口の外へ何かが引きずり出されるような感覚が身体を襲う。ノートを持った指先はびっくりするほど冷たく、カタカタと震えていて、気を抜くと膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
全身の汗腺は開ききり、嫌な汗が吹き出しはじめる。
「ソラ君、力を入れちゃいけない!! 流れに身体を預けて寄りかかるんだ!!」
フォーンの大きな声が空の耳に入る。
しかし、身体がどこかに持って行かれてしまいそうで、その助言に従うことはできなかった。
完成した魔法構文は辺りの木を巻き込んで猿をぎたぎたに切り刻んだ。しかしどうしてか。昨日の爆発に比べると、威力が落ちている。
猿の体液や肉片が飛び散らかったひどい状況の森から、空はノートに視線を移した。
魔法構文が完成する直前に猿から距離を置いていたフォーンがそんな彼に声をかける。
「ソラ君、大丈夫かい!?」
大物の意識を短くない時間完全に引きつけておいて、息一つ乱れていないその人に空はこくりと頷く。構文を読み上げている最中は耐えられないくらい辛かったはずなのに、その感覚は今やさっぱり消えていた。
「一発で今の大物を仕留めるなんてやっぱりすごいね。ソラ君は魔法構文に関してなんの知識もないんじゃなかったっけ? 本当は魔物のところに行く前に、魔法構文に関しての話をちょっとするつもりだったんだけど……」
必要ないみたいだね。と笑うフォーンに、空は頭を下げる。
「ごめんなさい! 無駄話持ちかけてしまって……!!」
「いやいや。さっさと説明をしようとしなかった僕も悪いさ。それに、僕が詳しいことまで教えられるかと言ったらそういう訳じゃないしね。
軍人全員が学ぶことを義務とされてる最低限の、もうソラ君がマスターしてしまっている基礎的なことだけさ。あっ、でも強いて言うなら、もう少し力を抜いた方がいいかもしれないね」
そこから、フォーンによる魔法構文に関する説明が始まった。
「魔力持ちの理想は、使用するすべての魔力を体内のもので補うこと。けれどそれはほぼ不可能に近いから、周囲に漂う魔力で必要なぶんを補いながら魔法構文を組み立てるのさ。強い魔法構文が上手な人は、外の魔力を取り込む行程が得意な人なんだって。体質的な部分も大きいらしいけれど」
「で、この行程で呼び込まれた沢山の魔力が身体の中で動き始める。そうすると、身体の動きは制限されてしまう」
魔法構文に巻き込まれた辺りの木々を確かめるように触りつつ、フォーンは説明を続ける。
「次に制限から解放されるのは、魔法構文が完成した直後から発動させる直前までの短い間。魔力持ちはみんな、その間の時間で標的を定め発動場所を決めると聞くよ。ソラ君もそうしたのかな」
頷く。発動直前の、ほんの一瞬だけ流れが収まる感覚。開けた視界を思い出した。
フォーンはその様子に優しげなえむを浮かべる。
「魔力持ちは構文を扱う時、身体から力を抜いて、できるだけ魔力が身体を通って行きやすいようにする。そうした方が構文を読むのも楽なんだって。その間、魔力使いには大きな隙ができるから、僕達 前線は守りに徹しなくちゃいけないのさ」
RPGゲームの戦闘チュートリアルみたいだ。と空は思った。
基本的に後衛キャラクターの操作ができるゲームでも前衛キャラしか操作しない彼だったが、自分が前で敵キャラを殴っている間、後衛キャラクターはいつもあんな感覚を味わっていたのかと考えてみる。
「昨日の晩に比べると、ぎりぎり現実的なレベルまで威力が落ちているね。あとは回数を重ねてさっきの感覚に慣れて行けば、じき強さのコントロールもできるようになるさ。そうすれば構文を読み上げるのも楽になるよ。
うーん。でもそうしたら、昨日は、なんらかの条件が上手く噛み合って偶然大きな効果が出た、っていう可能性があるね。ちょっと調べられないか、軍の方に聞いてみようかな」
「そんなわざわざ……!」
「そうしたらソラ君だっていつも強い魔法構文が使える。……それに君のためだけじゃない。僕らの為にもなる。今の僕の言葉は、ソラ君の使った魔法構文を元に研究をするって言っているのとほぼ変わらないからね」
「つまり、俺、軍人さん達の役にも立てるっていうことですか!」
「そのとーり!」
フォーンはへらりと、緩い笑顔を浮かべて続ける。
「依頼は無事完了さ。ギルセンに、報酬をもらいに行こう」
×××
「……と、まあこんな感じかな。今日目に止まったのは、魔法構文使用後の硬直時間がやたら短いってことくらい」
場所は移り狩猟ギルド【ぽぽーん】の拠点。
フォーンはギルセンからまっすぐ家に帰る空と別れ、先ほどまでの説明をするためここへ来ていた。
偶然そろったぽぽーんのメンバ―全員が話を聞き終えたところで、ベニヒが眉を寄せる。
「魔法構文の威力が落ちていたというのはどういうことだ?」
「そのまんま、話した通りの意味さ。昨日に比べて現実的なレベルになったことは確かだよ。ベニヒなにか渡したりした?」
それに首を横に振るベニヒ。ミヨが飴を舐めながら口を開く。
「正直、昨日の晩の強さくらいの魔法構文がなければこのギルドで狩猟をやってくにしては押しが弱いとおもうんだけど。
魔法の訓練だの体力造りだので時間を割くくらいなら、あの二人が元の世界に帰る方法探した方が手っ取り早い気がする。……まあ、喜んで訓練するって言いだしそうな人が居るといえば居るけど」
「僕も呼んでくれていいよ。これくらいだったらいつでも手を貸す」
フォーンの言葉にベニヒは口角を上げた。
「やっぱり、相当ソラの事が……というより、あの二人の事が気に入っているんだな」
「らしくもなく出張とやらにもついていくしね」
ここでいう“あの二人”とは言うまでもなく空と津島のことだ。
ニヤニヤと笑うミヨの言葉に、フォーンはへらりと笑顔を浮かべる。
「ああ、そうだね……確かにあの二人のことは気になるかな。不思議なんだ。ぽぽーんの皆も、なんだかんだ言って当てはまる部分はあると思うんだけど、どうだろう」
躊躇うように一息
「なんだか、弟が二人できたような気分でさ」
ぽぽーんの皆は、フォーンの言葉を否定することはできなかった。
普通だったら、拾った人を自分らの倉庫代わりの家に住ませることなどしないだろう。金を使って良いなどとも言わないし、希望されたからといってぽぽーんへの入団を許すなどということも決して。
ベニヒが口を開く。
「……弟か。お前、それ大丈夫なのか」
「大丈夫だから戸惑ってるのさ。それに執拗に過去にとらわれすぎるのもどうかと思うしね。じゃあ、話すことは話したよね」
それにベニヒが鼻から息を吐いて「ああ」と頷いた。
部屋に居た他の人もそれに同意を示す。
そうして拠点から出て行くフォーンを見送ったレヨンがぽつりと呟いた。
「も魔法構文の威力が落ちることなんてあるんだ。大丈夫かな……ソラ」




