2-17 悩める若者
狩猟ギルド【ぽぽーん】に仲間入りをした空の初めての仕事は、ミヨ・トッペスの仕事の手伝いとなった。
空の加入へ賛成していない彼女の手伝いにわずかな不安を覚える空へ、ミヨ・トッペスは飴を差しつついつも通りの表情でもごりと口を動かす。
「空はまず決定的に体力が足りてないから、身体を動かすことから始めるって。今日一日仕事手伝ってくれるんでしょう。しくよろ」
「は、はい! よろしくおねがいします!!」
杞憂であったことをあからさまに安堵した空へ、ミヨ・トッペスは小さく口角を引き上げた。
拠点を出て一つ目の目的地へ向かう最中に、前を歩く彼女は口を開く。
「ベニヒ達から二月の精錬の話を聞いたんだってね。 一応これからの事もあるし言っておくけど、トッペスの力は人が持つ力を引き上げる力だよ。運動能力、免疫力、記憶力などなど……ありとあらゆる力を上昇させることができる」
「記憶力も!? すげえ」
「でしょ。回復係って言われているのは、トッペスがそのうちの自然治癒力だけしか上昇させないからだよ」
なぜ、と空が問いかける前に、ミヨ・トッペスはにやりと口角を上げた。
「自分の中での規律ってのがあってね。この力で、トッペスは街の人たちからお金を巻き上げてる」
「その言い方だとめちゃくちゃ悪いことしてるみたいなんですけど!!」
身体に張り付くように熱を持った空気を、振り払って声を張る空。
背中に汗の染みができるくらいには歩き通した半日の間で、しかし空に手伝えることはなにもなかった。病気をこじらせている子供の治療をする姿を後ろから眺め、勘定をし、ついて歩く。空にできることといえば、それだけだった。
「力を引き上げるっていったって万能じゃない。無理に引き上げると、身体がついていかなくて、他のところが壊れ……悪くなっちゃったりするし」
二つ目の家へ向かう途中の道でも、ミヨ・トッペスは喋る。
「その点グルーンやベニヒ達は馬鹿みたいにタフだからなんの遠慮もなしに引き上げられてすごい楽。空ももし本当にぽぽーんに入るなら適応できるようになってね。って……もう入ること決定したんだっけ」
「はい!!」
「ふうん」
心底どうだっていいと言いたげな返事に、空は少しだけ虚を疲れる。てっきり眉間にしわの一つや二つ、寄せられると思っていたからだ。
そうして三件目、四件目も雑談をしながら回り、市場と海の間に位置する最後の家の回診を終えたところで、その家の人から大きな荷物を預かった。
お金を受け取りつつ、目の前に積み上げられた二つの大きな箱を見て呆気にとられる空に、ミヨが腕まくりをしつつ言う。
「中はベニヒのツマミ。これが最後だから頑張ろ」
「は、はい!!」
箱の大きさは両手で抱えていっぱいいっぱい。木でできた頑丈なつくりの箱は、ツマミと言うには少々重たく感じられた。
その証拠に歩きはじめてからとたんに吹き出た汗が、頬を伝って地面に小さな染みを作った。
海に沿ってずらりと建てられている港湾の影を歩く。建物の間間には道があり、そこを降りればすぐに港に出ることができるのだ。
空がフォーンと津島を見つけたのは、その建物の隙間を通りかかったときだった。海と共に見覚えのある後ろ姿が見えたので、先をあるくミヨを呼び止めて挨拶しようと道を降りてゆく。
しかし途中で空の歩は止まり、後ろのミヨは小さく口笛を吹いた。
二人の視界の先で、突然おにぎりを無理矢理口につめこんだフォーンが津島の背に腕をまわしたのだ。
「ヒュー。やるね。フォー太郎。何喋ってるのか聞こえないのが残念だけど」
内容はわからなくとも二人の照れ合いをしているような雰囲気を覗く空とミヨ。いつもは声のでかい空も、さすがにひそめる。
「……抱き合ってましたね」
「カズはそういう趣味の人なの」
容赦ないミヨからの質問に、はっきりと否定してやりたくとも思い当たる節がないわけではない空はううんと首をひねる。
「多分違うとおもうんですけど、時々女の子みたいな雰囲気出すときもあるので断言できないのが怖いところですね」
例えば、仕草が女の子みたいな時がある。例えば、洋服屋さんで女性ものの方へ行こうとしかける時が頻繁にある。例えば、上半身だけでも脱ぐのをやたら恥ずかしがる。
名前も女の子っぽいと言うのはさすがにひどすぎるか。と空は内心でつぶやきつつ、離れたあともなんだかそわそわしている二人の背中を見て目を細める。
無性に感じるこの焦燥感は一体なんだろうか。
二人の空気に割って入りたくなるこの気持ちは一体。
気がつくと、足を踏み出していた。
ミヨの虚に突かれたような顔など気がつかず、ずかずかと港に出て。そして
「カズとフォーンさん! こんなところで何をやってるんですか!?」
そう、挨拶をした。
ぽぽーんの拠点の前にたどり着いた頃には指に感覚はなく、なんども目に汗が入り散々な状態だった。それはミヨも同じだったらしく、乱暴に拠点の扉を蹴開けるや否や拠点の中に荷物を落とす。
自分の机で書物をしていたグリエと、自由落下に晒された荷物が悲鳴混じりの声を上げた。
「ちょっとやめてよミヨ! 床が傷つくじゃないか!! なにそれ!」
「干物屋のとこのおばあちゃんから、ベニヒへ愛の篭ったお・く・り・も・の」
言いつつ彼女はソファーへダイブする。間もなくしてぴくりとも動かなくなった彼女の向かいに座っていたグルーンが苦笑しつつ、ミヨから空に視線を移した。
「ソラもそれ、そこらへんに置いて休んでいいよ。重かったでしょう」
「ありがとうございます! 実はもう手の感覚ないんですよ!!!」
「それはそれは……、なあソラ。甘いモノは食べれるか?」
グルーンの問いかけに素直に頷くと、彼は拠点の奥を親指で指し示す。
「じゃあ調理場に頂き物のお菓子があるから好きに食べな」
「本当ですか!! やりー、頂きます!」
飛び上がりながら、道具がコップしかない調理場に置かれた箱の中身の一つをそっとつまみ上げる。
正方形のそれは、見た目はゼリーのようだったが食感は固く、一度力を入れて噛むと表面が割れて中からふんわりしたクリームが出てくるお菓子だった。ベリー系の味がする。
「うま!!!!!」
言うと、ミヨがソファーから上半身を起こして、バサバサになってしまった髪の毛をかきあげた。
「それ、あれ? エリギの……」
「うん。ターナのところの次男坊」
飛び交う知らないカタカナ文字を聞き流しつつ、空はもう一つお菓子を口に入れる。今度はミントの風味だ。
ミヨの羨ましげな視線を無視することはできず、お菓子をもぐもぐしながら箱を渡す。彼女は礼を言ってから箱の中身を大胆に三つ掴んで口に放り込んだ。
「グリエさん!! ベニヒさんとレヨンさんって、今日は居ないんですね」
「うん。全員がいつもここにいるとは限らないよ。依頼で出払う時もあれば、偶然暇な時間がかぶるときもある。レヨンは弟と用事があるって言ってたけど、姉さんはなにしてんだか……」
その瞬間、玄関の扉が必要以上の力を以て勢いよく開けられた。噂をすればなんとやら、だ。
「だたいま!!!」
大きな声をだしながら拠点へ帰って来たのは一枚の紙を片手に持ったベニヒだった。まずソラとミヨが運んで来た荷物を見て満足そうな笑みを浮かべる。
「重かっただろう! ありがとうな。ミヨ、ソラ」
「いえいえ!!」
ミヨはお菓子に夢中で話を聞いていない様子だったが、ベニヒはさほど気にするでもなく空に一枚の紙を差し出した。
「難易度低ランクの依頼をお前名義で取ってきた」
「狩猟の……ですか??」
「他になにがあるっていうんだ。ついて行くのは多少魔法構文に触れる機会の多いレヨンに、とも思っていたが、丁度ギルセンの近くで会ったフォー太郎に頼んできた。もうすぐ来るだろうから行ってくるといい」
「ありがとうございます!!」
フォーンの名を聞いた瞬間、先ほどの港でのことを思い出し腹が重くなる。
意志とは違う動きをする心に戸惑う中、ベニヒがレヨンの机の上から一冊のノートを取り上げ空に放った。
「なんですか?? このノート……」
「自習用の魔法構文ノートだ。レヨンの弟が魔力持ちでな。最初の勉強に使ったのをレヨンが借りてきてくれた」
「やった! お借りします。 ありがとうございま……字汚っ」
空の呟きにベニヒもノートを覗き込み、苦笑いを浮かべる。
「ちょっとこれはひどいな……。読めるか?」
「えっ……えー……、モイノー」
「バカここで読む奴があるか」
ぱしんと頭をはたかれる空。
字体が同じだから、昨晩読み上げた魔法構文のメモと同じ人が作ってくれたのだとわかる。話したことも会ったこともない赤の他人である空に、ここまでしてくれるレヨンの弟がありがたかった。自分はこのギルドを踏み台にしてやろうとしていることだって知らないだろうに。
拠点内に満ちる笑い声の中、どこか腑に落ちない表情を浮かべたグリエが薄く口を開いた。
「いくら個人名義でといえども、ギルドへの依頼に軍ギルドが来るなんて変な感じがするよ。本来なら仲良しこよしする関係ではないじゃないか」
「確かにな。ソラの名前を出した瞬間急に乗り気になったところ、相当お気に入りなんだろう」
ベニヒの言葉にグリエは、ふうん。と、納得したのかよくわからない声を出した。




