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紙上史  作者: こーりょ
2 はじまりの街を出て
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2-07 職権乱用

「……ごめんなさい。変に、どなってしまって」


 津島は項垂れ、そう言った。

 手には握りつぶされたおにぎりと、その中から出てきた粘度のある赤黒い具材。生き物の血肉を連想させる見た目と触感に、津島は話を続行する気力をすべて削がれてしまっていた。


 想いを投げつけるように怒鳴られたフォーンも、さすがにやりすぎたかと頬を掻いて頭をさげる。


「いや、こちらこそごめん。 カズ君を変に疑うようなことをしてしまって。あの、そのおにぎり。つぶれちゃったけど、このタオル使う?」

「あっ、だ、大丈夫です。食べます。行儀悪くてすみません」


 幸い地面には垂れていない。謝りながら手の平を軽く舐めた津島は、もう一つのおにぎりもさらりと腹に入れて満足げに息をついた。

 持ってきていた水で口の中を潤して、津島は話す意を決する。性別が変わってしまったことを除く、自分の置かれた今の状況すべてを。


「フォーンさん、聞いて欲しいことがあるんです。信じられないかもしれませんが……自分たちは多分、別の世界から来ました」


 『自分たち』とは当然、空のことも指す。あえて言わずとも、フォーンはそれを察したように驚愕に満ちた目線で話を促した。

 キクジンでベニヒたちに拾われたこと。案内された先で出会った空のこと。空が文字を教えてくれたこと。

 一つ一つ順を追って話された現状を聞き終えたフォーンはしばらくの間呆然とし、無言のまま鞄から四つのおにぎりを取り出した。うち二つを津島に放り、

 そしてまたしばらくの間を開けて、口を薄く押し開く。


「びっくりした」

「そう、ですよね。馬鹿みたいな話ですが、本当のことなんです」

「うん。信じるよ。カズ君にびっくりするほど一般常識が無い理由の裏付けになるわけだからね。どうしてカズ君が戦えるのかの説明はできない、けれど」

「それと既視感がある理由もわからなくて……とりあえず考えてるだけじゃダメだと思って、パナーダ行きを決めたんです」


 開き直ったようにそう言い、新しいおにぎりにかぶりつく津島。フォーンはそれに、いつもの緩い空気で笑顔を浮かべた。


「なるほどね。それなら僕も、手伝えることは手伝うよ」

「本当ですか!? あ……ありがとうございます! でっ、でも、あの、これは空と、ぽぽーんの皆さんしか知らないことなので……ええと」

「なるほど。それでぽぽーんの皆ともあんなに仲がよかったんだ。安心して、誰にも言わない」

「ありがとうございます。ぽぽーんの皆さんもフォーンさんも……とても優しくていい人ばかりですね」


 こんな突拍子もない話を聞かされて、そうですかと信じてくれるだなんて。それにフォーンは照れたように頬を掻く。


「いい人なんて……だって、嘘だとも思えないから。ぽぽーんのみんなは敵に回すと怖いけど、味方のうちはとても頼りになる人たちさ。

 話してくれてありがとう、カズくん。なんだか眠そうだね、テントの中の寝袋を使っていいよ」

「フォーンさんは眠らないんですか?」

「万が一で魔物が来たりしたら大変だから、一応見張りをしておくよ」

「見張りなら自分も……」


 意気込む津島に、フォーン首を横に振った。


「明日はこの森を引き返すんだ。僕のことは気にしないでいいから、ゆっくりお休み」

「……わかりました。お言葉に甘えて眠ることにします。あっ、でも、辛くなったら自分のこと叩き起こしてくださいね!!! 見張り交代しましょう!!」


 フォーンが笑いながらも頷くのをしっかりと確認した津島は、テントの中に潜り込む。寝袋が擦れる音が収まると、あたりがとたんに静かになった。


 たき火の前に一人残されたフォーンは、そっとここまできた目的であった本を手にとる。

 一枚一枚の紙が分厚いその本は、世界学の資料にしては少しサイズが小さい。本来なら危険書籍に部類されている本など読むことなどできないけれど、せっかくだからとページを捲る。


 一ページ目に書かれているのは、表紙にも書かれているこの本のタイトル。フォーンはその文字をそっと指でなぞりつつ、自分にしか聞こえない声量で読み上げた。


「……クロメールと世界の幸」


 それは、何でも知っている少女が何もしらない少年と、何も無い白の世界で出会う、すこし不思議な少し寂しいけれど幸せのおとぎ話だった。

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