2-08 帰ってきたのは
次の日、港町パナーダへ戻ったのはフォーンだけだった。その手には種の入った袋と主人が津島へ預けた包み。
なんとも気の抜けた挨拶とともに現れた軍人へ、その場に居た人たちは騒然となった。
「わざわざ軍人さんがどうしてこんなところに……」
という一人のつぶやきによって、皆はほぼ同時に先日の保育施設での騒動を思い出し身を固くする。
しかし事情を知っている空はどうして津島が居ないのか、それだけが気になって仕方がなかった。
働いている人皆が見守る中、畑の主人が硬い表情でフォーンに挨拶をし、種と包みをうけとり口を開く。
「失礼ですが、これはここで働いてくれているツシマ カズネ君へ頼んだ仕事です。あなたが護衛としてついて行ってくださっていた事情は存じておりますが、何故あなたが……」
「そんなに畏まる必要はありません。少し説明をするお時間を頂いてもよろしいですか。できたら、同居人であるソラ君も一緒に」
聞こえた自身の名前に空は反応しつつ、普段とは違うフォーンの喋り方、纏う雰囲気に身体の芯がすっと冷えるような感覚を覚えた。
最悪の想像が止まらないのに、空の外面は相変わらず綺麗にその感情へ蓋をする。
「はい!! 呼びました?? フォーンさん、こんにちは!!!」
場所を畑主のお家のダイニングルームに移し、畑主のおじさんと空はフォーンに向かい合い椅子にすわる。
家の奥から、この畑の一人娘である少女、ジェスがお茶を運んで来たとき、空は一瞬目を疑った。
––こいつ、学舎はどうした。
と。
しかしその疑問はすぐどこかへ飛んで行く。お茶を一口飲んだフォーンが喋り始めたからだ。
「僕はツシマ カズネ君の護衛として、パナーダまで一緒に行動をさせてもらっていました。個人的にその街へ用事があったというのもありますし、どこかゆったりとした様子の彼を一人で遠い地まで行かせてしまうのは不安でしたので」
フォーンの言葉に、空はうんうんと頷きそうになるのを我慢する。大分言葉は選ばれていたが、彼は誰の目からしてもぼんやりとして見えるようだ。
彼の無事を確認したい一心で、空が口を開く。
「それで、カズは––」
「大丈夫。ソラ君が多分心配しているようなことにはなっていないよ。ただ街で、目的を見つけたらしいのさ」
そこでフォーンは畑主のおじさんをちらりと見て、なにかを気遣うように続ける。
「彼が前に住んでいたところに関する目的を」
それに空は目を見開いた。まさか自分らの出身地のことを、別の世界から来たということを、津島が話したとは思わなかったからだ。
そして驚きと同時に湧いて来た、小さな苛立ちに息を吸う。
「それじゃあ、どうしてフォーンさんはそれについて行ってくれなかったんですか? ぼんやりしていて心配だとまで言ったのに……」
「そう……だね。本当は最後までついて行きたかったんだけれど、軍人としての仕事をいろいろと任されてしまったのさ。それにカズ君なら大丈夫だと思ったんだよ。彼の戦いっぷりを間近で見た君なら、わかるでしょう?」
フォーンの言葉に空は眉を寄せる。もしかして護衛だなど必要ないほど、強かったということだろうか。と。
その考えを読むようにフォーンがにっこりと笑ったのを見て、空は自身の胸がちりと痛むのを感じた。
フォーンは笑顔のまま、顔を畑主のおじさんのほうへ向ける。
「なので、ツシマ カズネ君が帰って来るのはもうすこし遅くなりそうだと伝えに来ました。
人手のことでお困りのことがありましたら、僕がお手伝いします」
それに畑主のおじさんは、とんでもない。と一言返してから深く深く頭を下げた。
空もそれに合わせて頭を下げる。
「フォーンさん!! カズのこと、ありがとうございました!!!」
「僕が好きでやったことさ。気にしなくてもいいんだよ。それでは、話すことも話しましたし僕はこの辺で失礼します」
出されたお茶を全て飲み干し立ち上がるフォーンに、主人は再び深く礼をする。
出口まで見送るとの提案をやんわり断った軍人が出て行く音を聞きつつ、主人は空へ顔を向けた。
「なんだか不思議な子だな、カズ君は」
「そうですね……俺にもよく、わからなくなってきました」
応えつつ思考を巡らす。生まれは同じはずだ。剣を持ったら銃刀法違反で捕まる、日本という島国。
それでも武器を使える彼は一体何者なのか、剣道でもやっていたのだろうか。
空は深く思考しかけてふと我に返り、仕事に戻ろうとしていた主人へ声をかける。
「おじさん。やっぱ俺、とりあえずカズが戻ってくるまででもここに来ますよ」
「いや、そこは気にしなくてもいい。言っただろう。ここの畑には、呼べば来てくれる人が沢山居る。 それに」
一息
「男なら、やると決めたことは曲げず貫き通すべきだからな」
その言葉に、空は頭を強く殴られるような感覚に襲われた。
「まあ、いきなりここを辞めて狩猟ギルドに入ると言われた時は驚いたがな。しかも所属先はあの一見お断りの『ぽぽーん』と来た。一体お前は何をしたん…………ソラ?」
「あっ、はい! いや、俺がリーダーさんに入りたいってわがまま言いまくったんです!!」
畑主のおじさんは、空の返答を聞いてうんうんと満足げに頷いた。
それでこそ。と言いたげに。
やると決めたら曲げずに貫き通す。
その言葉は、今までそう聞いたわけでもないはずなのにも関わらず、何度も何度も頭のなかで反芻して来た言葉のように、かっちりと空の頭の中に入り込んだ。
理由もわからずわずかに混乱する空へ「先へ行くぞ」という声がかけられ我に返る。主人について外に出ると、明るさに一瞬だけ目が眩んだ。
今日が、最後の畑の仕事となる。
それは朝、畑に着くなり空が主人へ報告した決断だった。
「俺は強くなりたい。ならなくちゃいけない。だから——」
昨晩、空のその言葉を遮って「いいじゃないか!」と目を細めたのはベニヒだった。
目を見張ったまま動かなくなったグリエをよそに、彼女は空の頭を小突く。
「つらいぞ、苦しいぞ。なにも力を持たないお前は、できないことを他で補う必要がある。大丈夫か」
「大丈夫です。雑用でもなんでもやります! いずれ……強くなれるのなら」
それは空が、誰にも頼らない生活を手に入れる一時的手段として最善の道を、確かに掴んだ瞬間だった。




