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紙上史  作者: こーりょ
2 はじまりの街を出て
20/100

2-02 いざ学問の街へ!02

「ああ! 息つまった」

 役所を出て間もなくして、フォーンは大きな伸びをした。その様子に笑みをこぼす津島の手には、図書館利用許可申請と種購入許可申請の際に渡された二枚の札が握られている。


「役所の中、苦手なんですか?」

「ああ、すごく苦手。役所っていうより役所の中に居る人が……ちょっとだけね。僕いつもブラウの港でおむすび食べてるでしょう? そうすると、仕事しろ! って怒る人が居るんだよね」

「それはフォーンさんが全面的に悪いのでは……」


 苦笑混じりの言葉に、フォーンも笑って肩をすくめる。


「そうなんだけどさ、僕がいてもどうにもならないことって沢山あるんだよね。当然といえば当然なのだけど。そんな中で息を潜めている時間より、港からの景色を眺めながらおむすびを食べる時間の方が、断然有意義だと感じられるんだ」

「海が、好きなんですね」

「ずっと見ていても飽きないよ。常に船が出入りしていて、賑やかな声も絶えなくて。……なんて! 僕の話はもういいよ。君は何を調べたいのかな? この街は沢山資料があるから、ジャンルによって建物も別れているんだけど。申請した図書館は?」

「あっ、えっと、世界学の図書館です」

「世界学? 金融とか?」

「いっ、いえ! この世界全体の構造というか、別の世界の考察とか……そういうのがあったらいいなあと思ったのですが……世界学じゃなかったですかね」


 津島が自身の説明下手さを悔しく思いながらフォーンの顔を伺うと、彼は手を口元に当てて少しだけ悩んでいる様子だった。


「なるほど、なるほどね。たしかに世界学はそういうのも含んでいるけれど……。あの辺りは哲学だったり科学だったり天文学だったりいろいろ混ざってるジャンルだから難しいと聞いたよ。そっちの方面に興味があるのかな? 少し意外かも」

「た、確かに頭はそんなによくないですが……」

「頭の出来をみて言ったわけじゃないさ! そもそもカズくんたちの頭の出来知らないし。見たい資料がすぐに見つかるといいね。あっ、カズくん。世界学の図書館はこっち」

 大通りから一歩逸れた小道。陽の当らない暗い道を先導するフォーンに、津島は歩きながら頭を下げた。

「フォーンさん、本当にありがとうございます。一緒に来ていただいて案内までしてくださって」

「気にしないでいいよ。この街には軍のギルド拠点の一つがあるから、街の地図もなんとなく覚えているし、好きでやってることだからね」

「軍のギルド拠点が……?」

「そうそう、国内に百とあるギルドのなか、軍は一番規模の大きいギルドだからね。それだけたくさん拠点もあるのさ。場所だとか詳しいことは内緒だけれど」


 本来であれば軍のことなど基本常識なのだろう。状況を説明していないにもかかわらず優しく説明をしてくれるフォーンへ、津島は唇を噛み締めた。不甲斐なさに押し潰されそうだった。

 今回、フォーンが居なかったら図書館の場所が分からず詰んでいただろう。世界のことを調べたいという気持ちでパナーダへ来ることを決めたのに、津島は図書館の場所すらも調べてはいなかったのだ。そっと顔を上げて、はたと気がつく。


「そういえばフォーンさん、いつも肩のところについているバッヂ……今日は無いんですね」


 軍人の制服であるうぐいす色の上着の肩部分には、普段であれば所属部隊を示すバッヂがつけられているのだが。フォーンはそれに 「置いてきた」と軽く笑った。


「僕も朝から気になっていたんだけど、今日は前髪の細いアクセサリーつけてないんだね」

「へ?」


 フォーンの指摘に、津島は前髪を触り、ここで初めていつもあるはずの感触がないことに気がついた。体の芯がさっと冷える感覚に反して顔からどっと吹き出しはじめた汗を拭い辺りを見渡す。


「……えっ、あれ?? 嘘。お、落とした?」

「今日ブラウを出てくるときからついていなかったよ。こう……つっついたときにはもう無かったから、街に落としたとか……」


 その言葉に津島はおでこをつつかれたことを思い出し呆然とする。色味を無くしてゆく頬にフォーンは眉を寄せた。


「そんなに大切な物なんだ……」

「え、ええ。多分……。よくわからないんですけどずっとつけておけって言われたんです。父の遺物だと……聞きました」


 遺物。その言葉を聞いた瞬間、フォーンの顔色がさっと変わった。


「ご、ごめん」

「どうしてフォーンさんが謝るんですか? だ、大丈夫です。ブラウに戻ったら探してみます。そういうの頼めるギルドもありますかね」

「あると……思う。もっと早くに僕が教えていれば良かった。どうしよう、今からブラウにもどるかい」

「大丈夫です。べ、べつに、別にあのピン一つ無いくらいでなんとも。すみません、動揺してしまって」


 強がっても震えている声ではなんの説得力も無い。しかしフォーンはわかったと短く頷き、体を図書館の方へ向けた。


 道が石畳のブラウに比べ、パナーダのコンクリートのような道は歩きやすい分、足に対する衝撃が強いような気がする。前髪を引っ張りながら現実逃避をする津島の視界に、絵本の中に出てきそうなレンガ造りの家が映り込んだ。と同時に、前を歩いていたフォーンもその歩みを止める。その途端、津島の手元にあった札のうち片方の模様が輝き始めた。

 まるで二人がここまでやってくるのを待っていたかのようだと思う津島の顔にフォーンは小さく微笑んでみせる。


「ナイスタイミング、照合終了のサインだね。ここが、カズ君の言っていた世界学の図書館さ」

「ありがとうございます。そういえばフォーンさんは図書館の使用申請、提出してませんでしたけど、自分が調べものしている間って……」

「そこの所は心配要らないよ。 僕はこの町の低級行動許可書を持っているからね」

「低級行動許可書……?」


 首を傾げる津島に、得意げな顔をしていたフォーンは困り顔顔になった。


「うーん……ごめんね。厳しいことを言うけれど、やっぱりカズ君はちょっと常識が欠けすぎているところあると思うな。この街のことに関しても知らないこといっぱいあったよね。他の街に住んでいても、ウォルノールの国民である限り最低限知っているべきことは把握しておくべきだと思うな」

「う……それには何も言い返せません」


 津島は少し、項垂れる。


「まあ、おいおい勉強していこうよ。僕も手伝うからさ。……でもって行動許可書の話だけど。ウォルノール軍だったり上級ギルド所属の人だったら誰でも持ってる、国内の施設のうち一部を好きに使えるようになる証明書みたいな感じかな。それを目指して大手ギルドに入ろうとする人も多く居ると聞くよ。でも僕は軍の下っ端の方だから低級。もっと偉い方になったら上級になるのさ」

 その説明に、津島の口から ほお。と声がでる。つまりその許可書を持っていたら、申請の手間も省け、照合までの待ち時間もなくなるのだ。非常に便利である。

「多分ぽぽーんの五人だったら上級を持っていてもおかしくないと思うよ。僕は自分の好きなことをして時間をつぶしているから、気にしないでゆっくり調べものしておいで」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」


 ビル群の中に紛れたレンガ造りの図書館は植木に囲まれていて、まるでそこだけが別の空間にあるかのようだった。

 『パナーダ・ベスク立資料館・世界学』という看板の横を通り、模様を輝かせる札を受付に見せて中に入る。


「じゃあ、ここからは自由行動ということで。 調べたいことが調べられたら、僕は多分一階のどこかに居ると思うから探してくれたら嬉しいな」

「わかりました。ありがとうございます」


 津島が居るのはフローリングの少し長い廊下だ。高い天井を見上げてから、すぐ横にあった館内マップを一枚手にとった。


 世界学

 フォーンが言っていた通り、カテゴリーの名前を見ただけでなんだか難しそうな雰囲気がひしひしと伝わってくる。システム論に始まり、考察の歴史、世界像(哲学)、世界像(力学)……

 自分の調べたいものは一体どれに当てはまるのだろうかと探していると、それっぽい名前のジャンルが津島の目に止まった。


「……構造」


 マップを元の場所へ戻し、ピンのない前髪を弄りながら階段を上がる。迷わず一番近くの扉を開け廊下から本のある部屋へ足を踏み入れた津島は、そこで思わずたたらを踏んだ。さすがは学問の街の図書館というべきか。天井すれすれの高さまで伸びた本棚にみっちりと仕舞われた本たちに気圧されながら、息を潜めて目的の棚へと一歩踏み出す。

 窓がなく、代わりに照明が本棚と天井に定間隔でつけられているためそれなりに明るい。部屋の奥には学習スペースがあり、学生と思わしき人達がノートを広げ本にかじりついている。

 目的のコーナーは他と比べ小さく、部屋の隅に縮こまるようにして並べられていた。小さく、とはいえど、みっちりと本が詰まった棚が二つぶんだ。数え切れない冊数にもためらっている時間はないと、手頃な場所の一冊を手にとる。しかし専門用語の多さにひるんでしまった。

 この世界の言葉にある程度慣れてきたとはいえ、まだまだ知らない単語も多くある現状、専門用語が並ぶ本は津島にとってハードルが高すぎた。


「難しいな……どうしよう」

「こんなにお若いお年から、世界構造に興味をお持ちですかな」


 突如として声がふりかかる。振り返ればそこには背の曲がった高齢の男性が佇んでおり、鋭い目線を津島の手元に向けていた。顔に刻まれる皺からするに相当な高齢のようだったが、背はしっかり伸びており強い威厳を感じさせた。足音なく現れたその男性への驚きで、津島の動きは止まる。

 必死に悲鳴を飲み下した津島が頷くと、男性は本棚に近寄り一冊の本を抜き取った。そこまで厚みのない、オレンジ色の表紙の本だ。


「この本はお読みになりましたかな」

「いっ、いえ。まだ」

「シフォー・カロユ学士を中心に執筆されたこの本は、世界構造学の中で一番基礎的な部分をまとめてある本だとされています。考察などはわずかに偏っていますが、専門用語には全て解説が書かれている優れものです。まず、これから始めてみてはいかがでしょう。彼は世界構造学の最前線を行く研究者です。様々な考察をされており、参考書も多く出しています。この本が理解できたら、次はまた別のものを読んでみるとよろしいでしょう」

「あっ……ありがとうございます」


 頭を下げてその本を受けとると、男性はそれまで険しかった顔に緩やかな笑みを浮かべた。


「私もこう見えて世界構造学を執るものの一つ。 年をくった、頭の固い者ばかりの学種に若い者が興味をもってもらえるとは嬉しいことですな」


 では、と言い残し男性は津島に背を向けた。手渡された本の表紙には『複数の世界の可能性について』と細い文字で書かれていた。

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