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紙上史  作者: こーりょ
2 はじまりの街を出て
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2-03 軍は人の為に

 雲のない青一色の天を背景に佇むその黒い存在は、まるで世界に開いた穴のように感じられた。

「こんなところに一人ぼっちで、なにをしているの」

 津島はその存在へ問いかける。とても小さな声だったと思うのにそれは届いたようで、魔物は顔を小さく動かし、湖を——湖に浮いた津島を見下ろした。

 目線が合うことに不思議と恐怖はなかった。人じゃないからだろうか。

「さっきだって人に悲鳴をあげて逃げられていたじゃないか。きっとあの人、助けを呼ぶよ」

 少しだけためらって、津島は言葉を続ける「化け物が出た、って」

『……き』

「ん、なんて言ったの?」

 魔物の声がよく聞き取れず、問いかけたところで魔物は口を開かない。津島はぱしゃりと、足をばたつかせた。

「こんなところにいたって、なにもいいことがないのはわかってるでしょう。帰った方がいいよ……帰る場所が、あるならだけど」

 返事はない。

「ないの? 」

『……きろ』

 魔物の声に揺すられるように水面が小さく揺れる。津島は沈んでしまわないよう、慌てて体から力を抜きながら魔物の言葉に耳を傾けて——肩を掴まれた。


「起きろ」

「ん!?」


 あわてて目を開ければ、そこは静かな図書館の中。辺りを見渡しても本棚ばかりで、それまで視界に居た木や魔物は見当たらない。

 ぱちりと目があった男はため息と共に津島の肩から手を離し、代わりに一冊の本を差し出した。


「本が足下に落ちていたぞ、折り目がついていたらどうするつもりだったんだ。寝るくらいなら帰れ」


 それは津島が先ほどまで読んでいたはずの本だった。あわてて受け取り、頭をさげる。今まで見ていた景色は夢だったのだ。現実との差に混乱する津島の頭部へ向けて、男は口を開いた。

「世界の構造のどこを知りたいんだ」

 その言葉に顔を上げれば、紫色をした男の鋭い目線とぶつかる。

 さらりと流れる金髪を高い位置で一つにまとめたその男は、白い肌に対するように上下ともに黒い服を着込んでいて不思議と強い存在感があった。

「えと、別の世界とかが……あるのかなと思いまして」

 尻窄みになるその言葉に男は鼻から息を吐く。ため息に似たそれは世界学というジャンルがくだらないと言っているようで、ここに彼がいる意味をわからなくさせた。しかし彼は、トンと津島の持つ本の表紙を人差し指で軽くたたく。

「別の世界の可能性に関してだったら、本より直接話聞く方がいい。メーにこの本の著者が住んでいる」


 思ってもみなかった言葉に顔を上げれば、すでに青年は髪を翻し別の棚へ行こうとしていた。知らない地名に津島は後を追おうと本をしまいこむ。人もいなければ広さもそう無い図書館だ。目立つ風貌なだけに探せば見つかるものと思ったが、しかしいくら歩いたところで似た背中は見つからなかった。肩を落としつつ一階へ下りれば、それに気づいたフォーンが顔を上げる。

「フォーンさん、行きたいところができました」

 振り回してばかりで申し訳ない気持ちとともにそういえば彼は垂れた目をぱっと押し開いたあと、緩やかな笑みを浮かべる。好きなようにやるといいと、その目は語っていた。本当に兄ができた気分になる。

 ひとまず図書館を後にして、事情を説明しつつ背の高い建物の合間を転送門へ歩く。

「メー? それは僕が最初にお話をした街のことだよ。


「そこの方! その服……軍人さんでいらっしゃいますか 」


 フォーンの言葉が途中で遮られた。

 突然二人の間に割って入ってきたその人に見覚えがあり、津島は目を見開く。


「さっき本を教えてくれた……!」

「おや、先ほどの少年。お二人はお知り合いですかな。お話中にすみません。軍人さん。助けていただきたいのです。……私は世界学資料館の館長をやっている者です」


 世界構造学についての基礎的な本をまとめた本をおしえてくれた男性。

 館長だったのか。と驚く津島の隣で、フォーンは顔を引き締めた。


「なにか、あったのですか」

「本泥棒です。一冊、重要資料として地下に保管してあったものを、管理口から目を離した隙に盗まれました。 高位許可レベルでないと持ち出しのできない危険度の高いものです。自らの手で捕まえたいところでしたが、先日足を痛めてしまって、それから走ることができずに居るのです」


 仕事のスイッチが入ったフォーンは、いつものへらりとした様子とは打って変わり、硬い空気を身につける。

 男性はそんなフォーンに犯人の外見などを一通り話した後、手のひらサイズの羅針盤をフォーンに手渡した。


「特定の本のある方向を、針の赤い部分がくるくると回って指し示すようになっています。一冊につき一つずつこういったものが割り当てられていて、今回のようなとき、これの指す方向へ行くことで本を追いかけることができるようになっているのです」


 男性の説明に、フォーンが「なるほど」と相づちを打ち、最後に大きく頷いた。


「わかりました。ご依頼、お受けいたします」

「ありがとうございます……なんとお礼を言えばいいか……」

「大丈夫ですよ、軍人はこれが仕事ですから!」


 男性はその言葉に深く頭を下げた。となりでおどおどとしていた津島に、フォーンは向き合う。


「ってことで、ちょっとお仕事が入っちゃったんだけど、カズ君どうしよっか。一人で花の街に……」

「自分、力になれませんか? 手伝わせてください!」

 普段より数段大きな声を出した津島に、フォーンは気圧されつつ目を伏せた。


「……わかった。ありがとう。盗まれてからいままでの時間を考えると本は街の外まで持ち出されていると思うけど——魔物が出てきたら僕が守るからね」


 目を細めて一息。意を決するように、フォーンは口を動かした。


「絶対に」

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