1-15 既視感 02
なんとか騒動を収めた後、腰がくだけだ津島が立ち上がれるまでの間職員の提案で児童養護施設の一室を借りることとなった。
さて、どうしたものか。フォーンは出された暖かいお茶を一口すすり、思考を巡らせる。
横にした長机を挟んで向かい合うのは顔を青くしてうつむく津島と、遠慮無くお茶菓子をつまむ空。
部屋は普段子供たちの遊び場として使用されているらしく、子供が描いた絵や工作品たちが壁に隙間なく貼られていた。その紙一枚一枚に描かれた顔が息を潜めて話の内容を伺っているような気がして、フォーンは眉間を揉む。おむすびが食べたくなってきた。
「まずはお礼を言うよ。隊員の暴走を止めてくれて本当にありがとう。それで……状況についてだけど、二人が見たことを教えてもらえないかな」
その言葉に空が軽く頷いた。
畑に居た時に聞こえた声のこと。あわてて駆けつけて、我慢できずに怒鳴ったこと。
話を聞きながら、フォーンは少し思い悩んでいた。それは『一般人の彼らにどこまで話していいものか』ということである。なぜ脱退命令が下されないのかわからないほどに長らく軍の拠点へ通っていないフォーンだったが、一般市民に話していいことといけないことの差くらいは把握していた。しかし話を聴けば聴くほど今回の軍人の挙動はそれを把握していない者の行動であり、フォーンはメモ紙の上で情報を整理しながら「困ったなあ」とつぶやいた。
「数日前、ブラウにたくさんの軍人がいた日のこと……覚えてるかな」
「フォーンさんと俺らが初めて会った日ですよね! 覚えてます」
「あれ……? そっか、そういえばそうだっけ。もっと出会ってから長いこと経っているような気がするなあ。あの時はおむすび、ごちそうさまでした」
ぺこりと頭を下げて一息。
「あの時と今回の隊員は、どちらも同じ括りの中にいる人たちなのさ。でも……数日前に掲示されていたというブラウへの出軍理由は『街付近に発生した正体不明のエネルギー派調査』となっていたから、街の外でひっそりと生活を送っているだけの児童養護施設を襲っているのは変な話なんだ。ここがエネルギー派の出処ならまだしもそういった雰囲気は一切ないし、そのエネルギー派は神様に関連するものじゃないから『神の目覚めの刻』という言葉が出るのも場違いというか……」
その言葉に空は「おかしいことばっかですね」と小さく漏らした。そのとおりだ。
他にもおかしいことがある。過去に姿を消してから数年間眠り続けた神の目覚めは、確かに数日前に確認されていた。しかしそれはウォルノール国の上層部のみに流された情報であり、特に一般市民へは口外厳禁ということになっている。おしゃべりな仲間のおかげでフォーンもその情報を知る羽目になってしまったが、だからと言ってできることは一つもなく、居場所を探すなど、ましてはそれを空たち一般市民に言うなど言語道断なのだ。
そして、神様のことともなると扱いは別格。変な動きをしたと他国から疑念を抱かれば最後、戦争にまで発展しかねないデリケートな事柄だ。宗教関連の問題はすべてシフォルア街へ一任するという三国共通の規則があり、それはウォルノール国軍ギルドに所属する者であるならば誰だって知っていることだった。
「うーん。上の人に今回の件、いろいろと聞いてみるね。僕としても気になるところがたくさんあるから、わかった時点で君達にもお話しするよ。機密事項で話せないこともあるのが申し訳ないけれど」
「ありがとうございます!! あの、フォーンさん以外の軍人さんってみんなあんな風な感じなんですか?? 高圧的というか……」
「まさか! さっきの奴らはちょっと特殊さ。安心してくれていいよ」
即答するフォーンにほっと息をつく空。一通りの話しが終わり、部屋が静かになったタイミングでフォーンは目線をそれとなく津島へ向ける。さて、どうしたものか。もう一つ解決しなければならないことを、見ないふりはできない。
「カズくん、大丈夫かな」
「ごっ、ごめんなさい!」
裏返った声が、部屋にやたらと大きく響いた。長い髪を大きく揺らし体を縮こませる。それまですっかりだんまりを続けていた津島だ。軍人の血がついてしまった拳をしっかりと洗い、剣や鍬を強く握ったことによりできた擦り傷を保育施設の職員に手当てしてもらっていた時から変わらない青い顔。包帯を巻いた手はシャツを強く握りしめるあまり白くなってしまっている。
対照的に明るい様子で、空が笑い声を上げた。
「どうしたのカズ! さっきから様子おかしくない?? 俺のこと助けてくれたし……悪いことはなにもしていないと思うんだけど??」
「汚い言葉を使ったし、人を悪く言って殴ったりした。それに、それに……自分は」
みるみる小さくなる言葉へ、フォーンは息を吸う。
「悪い判断じゃなかったと僕は思うよ。彼らにとってもいい薬になっただろうさ。ところで、君はどこかで今回のような戦い方を勉強したことがあるの?」
「なっ! ないです!! そんな……そんなことしません。自分は普通で、なにもなくて、それで」
前髪の間から見えた今にも泣きそうな顔にフォーンはあわてた。
「ああ、別に攻めてるわけじゃないのさ。無理をしてしゃべる必要もないよ。ごめんね。変な質問をしたかな。ひとまず僕は、君に落ち着いてほしいんだった」
「で、でも自分は本当に」
「戦いかたの勉強をしていないのはわかった。君がやったことは正当防衛にあたるものだし、結果的に女の子だって攫われず、ソラくんも大怪我をしないで済んだ。何一つ間違ってはいない。……なのに、どうしてそんなに君はへこんでいるのかな」
フォーンの問い掛けへ、津島は開きかけの口を閉じた。吊り気味の目を自身の膝へ落とす。
「変な感じがしたんです。別の誰かが自分の身体を操作しているような……」
津島は一度唇を噛み締めて、再び開く。
「戦うことができたのは……その、なんというか、既視感があったからです。同じような体験をどこかでしたような感覚に、気がつけば身体が勝手に動いていて、意識は半分くらいどこかに行っていたと思います。でもそんな体験は今までで一度もしたことがないので、どうして既視感があるのか……」
最後まで言わずに瞳を伏せる津島に、フォーンは首をかしげた。
言っていることはなんとなく理解できたが、先ほどの軍人たちだって一応はそれなりに日々訓練を積み重ねている国直属のエリートだ。それが、そんな既視感の通りに動いただけで頭を割られ、目を潰され、腕を折られるものなのだろうか。と
「そういえば、さっきソラ君も似たようなことを言っていなかったっけ?」
「俺も確かに既視感はありましたけど、その通りに動く……とかは無かったですよ! ただ軍人さんが飛んでっただけで!」
「でもそれも不思議だよね。構文使ってもないのに人が吹き飛ぶなんて……。カズ君はその後意識が戻り、自分のやったことが怖くなった。っていう感じかな?」
津島は一度頷いて、直後に首を横に振った。
「確かにやったこともとても怖かったです。身体が勝手に動くような感覚もすごく。……でも、一番怖かったのは」
勇気を出すように大きく息を吸い込む。
「楽しかったんです。戦うことが」
その言葉に、フォーンは「は?」と口から間抜けな声を零した。
軍人が怖かっただとかそういったところに顔を青ざめさせているわけではなかったのだ。ただただ楽しいと感じる自身に動揺し、恐怖を感じていただけだった。
「なんだあ」とつぶやく自分の声から完全に気が抜けているのを感じつつ、フォーンはへらりと笑う。
「カズ君。それなら別におかしいことじゃないよ! ウォルノール軍の中にも、そういうのを感じている人って少なくないし。
ぶっちゃけ軍人なんて、そういうタイプの人かよっぽど責任感が強い人、それと家系でしかたなく入隊した人の三種類しかいない」
「でも、自分は今日ああやって鍬で人に立ち向かったのなんて初めてなんです。なのに」
「初めてでその面白さを味わえるのなら、センスがあるってことさ。そう思い詰める必要はないよ。
ベニヒやグルーン君だって戦うことに快感を得て今のギルドをやっているんだろうし、学生の頃は僕だってそうだった」
最近は少し落ち着いて来たけれどね。と笑ってみせる。津島の顔色が少しだけ良くなった——ような気がした。
「なーんだ。すごい深刻そうな顔をしているから、何か他に理由があるのかと思ったよ。そんなに思い悩むことじゃないさ。きっとカズくんなら、強くなるだけもっと楽しく感じるようになるんじゃないかな、戦うことがさ」
ポケットからおにぎりを取り出し、包装を剥きながらフォーンは続ける。
「にしても二人は本当に不思議だね。共通して持つ既視感といいそれによって引き出された力といい。
でも、そうだな。それらの力は万が一の時まで隠しておいたほうがいいよね。
ここの街の人たちは気さくだけれど、みんながみんな仲間かと言われれば……残念ながらそうじゃないから。僕も絶対秘密にするからさ」
たった三口で食べ終えてしまったおにぎりの包みを畳む。話すこともなくなったため、その日はとりあえず解散することとなった。
部屋から出てゆく二人を見送り、フォーンは机に肘をつく。
今回の騒動で、二人がこれまで一切戦闘に関係のない生活を送ってきたんだということはわかった。
ブラウへ来たのはここ最近のようだけれど、ずっと農作業をして生活をしていたのだろう。
先日ウォルノールという名前に初めてその単語を聞いたような反応を見せた彼ら。
そういえばベニヒ達と親しいようだったけれど、いつの間に、どうやって仲良くなったのだろうか。
一つの疑問は次々と新しい疑問を連れてくる。きっとなにかがあるんじゃないか、と。
ソラ君とカズ君は一体何者なんだろうか。とまで考えかけた所で彼は我に返る。
「……考え過ぎかな」
フォーンも子供サイズの低い椅子から立ち上がった。
ここの職員へ話を聞くため廊下へ足を向ける。今回の騒動での一番の被害者である少女がどういう存在なのかを聞かなければならない。
さすがに何の理由も無く、たった一人の幼子をピンポイントで狙うほど彼らは落ちぶれては居ないだろうと、フォーンは思いたかった。
☓☓☓
話を終えて、保育施設から畑に戻る道中は二人して無言だった。
空が乱暴に開けて出て行ったことで壊れ付け根から取れてしまっている扉をくぐり抜ける。
畑の、念写をうけていたときの賑やかさはすでに収まっており、各々仕事に戻っている者がいれば、すでに帰宅している人もいるようだった。当然というようについてくる足音へ津島は振り返る。
「あ、あの……ついてこなくても大丈夫だよ。鍬を壊しちゃったことを謝りに行くだけだから」
「俺も畑への裏口を壊しちゃったからな。謝らなくちゃ」
「……そう」
しかし二人が主人を見つけ出す前に、主人が二人に駆け寄った。
「大丈夫だったか。姿が見えないと思えば軍人の大きな声が聞こえたりと心配したぞ。戻ってきてそうそうに悪いが、二人のどちらかにお使いを頼めないか」
「えっ、あの!! すみませんでした、俺ら……」
「塀と鍬だろ? そんなことはどうだっていいんだ。換え時だったし、お前らが大丈夫そうだからな。で、お使いは? 学問の街まで新しい種を取りに行って欲しいんだが」
まじめな謝罪をはねのける主人へ、津島と空は顔を見合わせる。
「行ってくれるのか、行かないのか、どちらかはっきり決めてくれ。頼める相手は他にも居るんだ」
その言葉へ、津島は慌てて手を挙げた。今回の件の謝罪の代わりになればという気持ちで、そして、学問の街という名前の響きにつられて。
「自分、行きます! 行かせてください!!」
「よし、頼んだ。もしものことを考えて本当は二人で行ってもらいたかったんだが、こちらのお財布事情もあってな。助かる」
おじさんは大きな口の笑みを浮かべて、カズの肩を叩く。
「詰め詰めで申し訳ないが、できれば明日の昼にでも向こうに行ってもらって明後日には戻ってきて欲しいんだ。予定のほどは?」
「大丈夫です」
即答する津島へ主人は片手に抱えていた包みを手渡した。
「ソラ君も、同居人を借りてしまって申し訳ないな。これが転送門代、こっちが宿泊代だ。中にメモを入れておいたが、学問の街——パナーダには大きな宿泊施設がある。少し安くて寝にくいかもしれないが、すまないね。出せる金額が少ないんだ」
「そんな…お金なんて!自分が今までここで頂いて来たお金を使えば」
「いやいや、これお使いだから。そこのところは全部出す。だからこそ一人しか行けないって言ったんだ。じゃあ、明日はよろしく頼むよ」
そう言って主人は早々に仕事へ戻って行ってしまった。最後まで謝罪を聞き入れてもらえなかったところに彼なりの気遣いを感じた二人は再び顔を見合わせ、ありがたく帰宅させていただくことにした。
学問の街 パナーダ。行ってみれば別の世界の資料などもあるかもしれない。
今日まで元の世界に関する手がかりを一切つかめておらず焦りを感じていた津島にとって、これは好機と呼べた。
昼食を終え、一泊分の荷物を適当にまとめながら心を決める。謝罪も兼ねてのお使いで絶対に元の世界に関する手がかりを掴んでみせると。そうそううまくいくものでもないかもしれないが。
「あの、空。今日の軍人さんたちとの時の話なんだけど……」
自室で荷造りを終えた津島は、喋りながら階段を降りる。
昼食のときはお使いの話しかしなかったが、津島には他にも話したいことがあった。
本当ならばこうして他愛もなく話しかけることすら、今の津島には恐ろしくて仕方ない。
「空?」
返事がないことに不安になってリビングを覗くと、そこにはソファーに座ったまま眠る空の姿があった。
軍人相手に汚い言葉を使う自分を見た彼は一体、なにを思っただろうか。軽蔑しただろうか。害悪だと、判断したのではないだろうか。
それまでモヤモヤと心に立ち込めていた不安が、間抜けな寝顔に薄れてゆくのを感じて思わず脱力する。
「空、ちょっと海の方行ってくるね」
小さく声をかけて、ソファーに背を向けた。
☓☓☓
玄関の扉が閉まる音に覚醒する。どう顔を合わせればいいかわからず反射で寝たふりをしたきり、本当に眠ってしまったらしい。体にかけられた覚えのないタオルケットの中であぐらをかき、大きく伸びをした。
「……いってらっしゃーい」
他人が部屋に来る可能性がある状況下で眠れたのは久しぶりかもしれない。三日間無睡で過ごした修学旅行を思い出して、感動によく似た複雑な感情を抱きながら再び目を閉じる。
瞼の裏には、養護施設の前で後ろから見た津島の表情がしっかりとこびりついていた。髪を風に遊ばせ、唇の間から白い歯を覗かせていた津島は、彼自身が言ったように別の人格でも出てきたかのようだった。こういうのも癪だが——とても格好良かった。しっかりと伸びた背筋は自信にあふれていて。
どう接すればいいかわからないのは今までとの差が大きすぎたからだ。どちらが本当の彼なのかがわからなくて、おどおどする津島を目の前にすると動揺してしまう。明日から出張。いない二日間で、その動揺を無くさなければならない。
そういえば、とふと思う。
津島がお使いを受けたとき、彼は一体なにを思っていたのだろう。あそこまで食いつき気味になって手を上げていたのは珍しいように感じられた。
「パナーダ……」
学問の街と主人はいっていたが何かあるのだろうか、帰ったら聞いてみようか。そこまで考えて、空は我に返る。
「聞いて……? いやいやいや」
失笑しつつ、上半身を起こしてタオルケットを必要以上の力で丸めてソファーから立ち上がる。
「なに馬鹿なことを」
他人のことなど気にしたってなににもならない。それは児童養護施設でも改めて感じたことだ。結果的に怪我をしそうになった。後悔のないよう立ち向かっただけで、他に利があったとは思えない。津島のことだってこちらが悩む必要も、態度を今までと変える必要もないのだ。
丸めたタオルケットをソファーに力一杯投げつけた空は、もう一度それを畳み直してから自室へと踵を返した。




