120人の警告
「建国祭の王族行列は、東門を滞りなく通過する」
白碑に浮かんだ黒い文字を写し終え、カイはその下を見た。
薄灰色の文字が続いている。
「行列通過後、東門で百二十人が負傷する」
筆が止まった。
百二十人。
これまでとは桁が違う。
カイは二つの文を続けて読み直した。
王族行列は、滞りなく通過する。
だが、その後で百二十人が負傷する。
矛盾していない。
表の予言が保証しているのは、あくまで王族行列が東門を問題なく通り抜けるところまでだ。
その後の東門が安全だとは、どこにも書かれていない。
カイは薄灰色の一文を自分の作業紙へ書き足した。
三枚の正式な転写紙には、当然ながら黒い一文しかない。
認証が終わると、カイは自分の紙を持って神殿長室へ向かった。
*
「祭典を中止してほしい、と言うつもりはありません」
カイが先に告げると、セドリックは机の向こうから静かに見返した。
「では、聞こう」
カイは紙を開いた。
「表予言の続きに、私にしか見えない一文がありました」
そして、そのまま読み上げる。
「行列通過後、東門で百二十人が負傷する」
セドリックの表情は変わらなかった。
「もう一度」
「え?」
「一字も変えずに」
カイは同じ文を繰り返した。
セドリックは横に控えていた書記へ視線を向ける。
「今の発言を記録しなさい。カイ・レムナの申告として、逐語で」
筆が走り始めた。
何となく嫌な感じがした。
「記録するんですか」
「君は百二十人が負傷すると申告した。ならば、起きても起きなくても記録は必要だ」
正論だった。
その紙だけを後から見れば、カイが百二十人もの被害を予告したことだけが残る。
「建国祭は予定どおり実施する」
セドリックが言った。
「王族行列の経路も変更しない」
「はい」
「白碑は、行列が東門を滞りなく通過すると示している。それを、根拠を示せない危険だけで変更することはできない」
カイにも異論はなかった。
灰狼の討伐も、武術大会もそうだった。
表を壊す必要はない。
「なので、東門を調べさせてください」
セドリックがわずかに目を細めた。
「行列ではなく?」
「裏の文は『行列通過後』です」
カイは二つの文章を指でなぞった。
「王族を狙うものなら、行列が滞りなく通過するという表予言と噛み合いません。危険なのは、その後に残る人たちだと思います」
原因までは分からない。
だが、調べる範囲は絞れる。
セドリックはしばらく黙っていた。
「東門周辺の安全確認として、騎士団へ話を通そう」
「ありがとうございます」
「勘違いしないように」
セドリックは穏やかな声のまま続けた。
「君の見た一文を、公式な予言として認めたわけではない」
「分かっています」
「ただ、二度にわたり実際の危険を見つけた人間の調査まで止める理由もない」
予言者として信じられたわけではない。
調べる人間として、少し信用された。
今はそれで十分だった。
セドリックが立ち上がる。
その時、右脚だけがわずかに遅れた。
カイは一瞬だけ目を向けたが、すぐ紙へ戻した。
今考えるべきは百二十人だ。
*
「今回はちゃんと最初から呼んだな」
東門の警備表を広げながら、ガレスが言った。
「呼べと言ったでしょう」
「言った」
ガレスは満足そうに頷いた。
「それで、百二十人か」
「はい」
「多いな」
「だから困ってます」
二人は建国祭当日の配置を確認した。
王族行列が通る時間帯は、東門周辺へ騎士が増員される。
門前。
左右の通り。
沿道の観客区域。
王族を守る警備としては厚い。
「行列が抜けた後は?」
「減る」
ガレスが警備表を指した。
「王族警備の一部は、そのまま行列と一緒に移動するからな」
やはり、裏予言の時間帯だけ警備が薄くなる。
カイは門の周囲を歩いた。
すでに祭りの準備が始まり、通りには露店用の白線が引かれている。
だが警備表に記された区画と、実際の配置が微妙に違う。
「ここ、狭くなってませんか」
「露店が増えたんだろ」
「ねえ、それ去年の配置図?」
突然、横から声が飛んできた。
大きな肩掛け鞄を提げた少女が、露店用の杭にもたれている。
蜂蜜色の短い髪。
黄土色の首巻き。
腕には紙束。
「関係者以外は下がってくれ」
ガレスが言った。
「関係者だって。街報屋の見習い。ミナ・フェルド」
少女は悪びれもしない。
「祭りの日に何がどこで売られるか、騎士さんより詳しいよ」
ガレスがカイを見る。
カイは警備表を閉じなかった。
「去年と違う場所はありますか」
「いっぱい」
「具体的には?」
「北から来る商人が減ってる。その空いた場所に別の露店が入ったから、今年は配置替えだらけ」
北の商人が減っている。
気にはなったが、今の問題とはまだつながらない。
「東門の周辺だけ教えてください」
「それ、街報にしていい?」
「駄目です」
「ケチ」
ミナは口を尖らせたあと、東門へ視線を向けた。
「じゃあ、一個だけ。あんたたち、それ知らないで警備調べてるなら結構まずいよ」
「何です?」
ミナが門を指さした。
左右に開く巨大な扉。
片方には、太い鎖が巻かれている。
カイは足を止めた。
「……あれは?」
「修理待ち」
ミナは当然のように言った。
「今年の建国祭、東門は片側しか開かないよ」




