寝起きで王様やて
牢に放り込まれてから、どれくらい経ったんかはようわからん。
外からしか開かへん四角い部屋。勝手に水の入れ替わるグラス。小窓からぬるっと出てくる、緑っぽいパンなんか別の生き物なんかわからんやつ。異世界仕様のくせに、やっとることは妙に手慣れた「収容」そのもので、最初は腹立ってたけど、そのうち「あ、異世界でも牢屋ってちゃんと牢屋なんやな……」みたいな妙な納得が来て、最後はもう普通に「まあこんなもんか……」ってなってた。人として終わりや。
「――お起きくださいまし。運命に選ばれしお二方よ」
耳の近くで、妙に芝居がかった声がした。
……何やねん。
まぶたの裏にまだ眠気がへばりついとる。首は変な角度で固まっとるし、肩も背中も痛い。壁にもたれて寝るもんちゃうな、いう学びだけ得たところで、だから何やねんやった。
「ん゛……」
潰れた声が漏れる。喉も乾いとる。頭も重い。昨日、というかついさっきまで心折れる寸前までいっとった気ぃするのに、起きた瞬間から世界は一ミリも優しなってへん。
「――お起きくださいまし」
今度はちょい近い。しかも語尾がやたら育ちええ。
ようやく片目を開ける。見えたんは、壁やった。
そらそうや。牢やしな。何を期待しとんねん。歓迎会か。
で、その壁の手前に――なんかおった。
「……は?」
毛玉みたいなん。ふわふわ浮いとる。台所で見たやつに似とる。せやけど、頭の上にちょこんと乗っとるもん見た瞬間、眠気が半分くらい吹っ飛んだ。
「……ベレー帽?」
ほんまにベレー帽やった。
誰やねん、そいつにベレー帽すすめた天才。しかも何や、普通に着こなしとるやん。腹立つ。毛玉のくせにおしゃれすな。
「――お目覚めの時間ですぞ。運命に選ばれし者たちが、ついに目を覚ます――!」
めちゃくちゃキメて言うた。たぶんキメ顔や。毛玉やから表情ようわからんのに、なんでかそう見える。
「……何なん、それ」
「失礼いたしました。昔の癖が出ました」
「うわ、初手から重」
「つまり、起きてついて来い、ということです」
「急に雑」
そこまで聞いて、頭の端っこに何か引っかかった。
“運命に選ばれし――”
なんかあれやな。クソアニメか、どっかで見たようなゲームで聞くやつや。脳みそがまだ半分寝とるせいで、その先は出てこんかったけど。
「王様が、お呼びですわ」
その一言で、残り半分の眠気も引っ込んだ。
王様。
……スウェトボーレ。あのヤギ。
昨日のこと思い出した瞬間、胃の奥がきゅっと固うなる。あの部屋の空気。聞いとるようで一個も聞いとらん視線。魔女やない言うても、何ひとつ通らんかったあの感じ。
うちは壁から背中をはがして立ち上がった。途端、腰とケツが終わっとるんに気づく。
「……っだァ……」
「……ひどい?」
横から、気むうが小さく言うた。
顔色はまだ白い。立っとるし、崩れもせえへん。でも、指先だけが浅く丸まっとる。呼吸も浅い。
「ひどい。ケツがもう他人や」
気むうはそれ以上何も言わんかった。ただ、睫毛が一度だけ細う震えた。
毛玉――ベレー帽のやつが、くるりと向きを変える。
「では、こちらへ」
牢の扉が開いて、外の薄暗い通路が口開けとった。
またそこ通るんかい、と思うた時点でもう嫌な予感しかせえへん。左右にズラッと並ぶ扉。湿った石の匂い。いかにも閉じ込めるための顔した廊下。昨日の続きみたいな景色やのに、頭だけまだ寝起きやから余計に質悪い。
ほんで、その先に見えた。
「……うわ」
例の螺旋階段。
「無理やろ、こんなん」
ベレー帽毛玉は、そんなこっちの絶望を一切気にせず、ふわっ……と浮いたまま上へ行く。そらお前はええやろ。重力ほぼノーカンで階段のぼっとる側やねんからな。
「おい、そっちだけ別ゲーやんけ」
返事はない。毛玉やしな。いや喋れるけど、そういうことやない。
階段を上る。
一段目でもうだるい。三段目で帰りたなった。十段目あたりで、このまま後ろ向きに転がり落ちたほうが早いんちゃうかって、ちょっと真剣に考えた。
「っ、は……」
隣で、気むうの息が小さく漏れた。
見る。顔は変わらん。こういう時も顔に出えへんの、ほんま何やねん。せやのに、足の運びだけちょっと重い。呼吸も、さっきより少し荒い。
「……平気か」
「……平気では、ない」
「やろな。こっちの脚ももう辞表書き始めとる」
気むうは返さん。ただ、次の段に足を上げる前、一瞬だけ手すりへ指先をかけた。落ちんようにした、その一瞬だけで充分やった。
それでも止まれん。後ろ戻れる空気でもない。前ではベレー帽が優雅に浮いとるし、こっちは石段を一歩ずつ踏むたびに脚の芯が死んでいく。何やこの差。こっちは一段ごとに寿命払っとんねんぞ。
上って、まだ上る。
三分くらいのはずやのに体感では三時間やった。いや十年かもしれん。途中から数えるのもアホらしなって、痛さから逃げたすぎて、頭ん中で勝手にクソ壮大なアニメBGMまで流れ始めた。今からラスボス戦です、みたいな気分にでもなれたら楽やったんやろうけど、現実はただの階段地獄や。
最後の一段を踏んだ時には、もう膝が笑うとかやなくて、膝そのものが勝手にどっか行こうとし始めとった。
「……っし」
「まだ廊下」
「うるさい」
這うほどではない、たぶん。たぶんやけど、見た目はだいぶ近かった。うちらは半分死体みたいな足取りで進み、ようやく玉座の間の前まで来る。
扉の前。
そこで待っとったんは、歓迎とは真逆の光景やった。
スウェトボーレ陛下が、もう立っとる。
こっちが来るんを見越して、最初からそこにおったみたいに。玉座の前やない。扉の向こう、まっすぐこっちへ向く位置。逃がす気ぃも油断する気ぃも一切ない立ち方やった。




