死なへんけど牢
残された静けさが、さっきまでの殺気よりよっぽど気色悪い。
マイルズの毛玉みたいな体が、すっと下がった。せやけど、もう王は聞いとらん。閉まった扉の向こうは、しんとしてた。
それから、マイルズはうちらへ向き直った。
「お聞きください」
綺麗すぎる声やった。
綺麗すぎるからこそ、余計に落ち着かん。
「薔薇の反応が確認された以上、先ほどの裁定は現時点で確定いたしません。処罰は保留となります」
処罰。
その言葉でようやく、ほんまにさっき殺されかけとったんやと、遅れて背中が冷えた。
「ただし」
やっぱり来る。
「現状のまま解放はできません。お二人には拘束保護として、今夜、地下区画に滞在していただきます」
「……なんで牢なん」
思わず出た。
自分でも、いつもの勢いが半分くらい死んどるのがわかる。
「もっとマシな部屋とか、そういう発想ないんか、ここ」
「申し訳ありません」
間髪入れず返ってくる。
「規定に基づく対応です」
ぴしっとしすぎやろ。
そこまで綺麗に返されると、ほんま腹立つ。
「規定、規定って……うちら、まだ魔女ちゃう言うとるやろ」
「その点につきましても、現時点では未確定です」
「未確定て何やねん。さっきの見たやろ」
「見たうえで申し上げております」
うわ、腹立つ。
せやけど、何言うてもつるっと滑る。引っかかりもせえへん。話しとるのに、全然話しとる感じせえへんかった。
「……立っていただけますか」
光蛇がきゅっと締まる。
立て、いうことやろな。命令まで親切や。
うちらは椅子を引いた。
気むうは立ち上がる時、ほんの一瞬だけ机へ指先を置いた。こけるとかやない。せやけど、その一瞬がなかったら足がついてこんかったんやろな、ってわかる置き方やった。
マイルズが先を歩く。
扉が開く。
また廊下や。
さっきと同じはずやのに、少しだけ違って見えた。
いや、廊下が変わったんやのうて、うちのほうが変わってしもたんかもしれん。番号が歪んでも、影が遅れても、さっきまでみたいに一個一個へ噛みつく元気がもう薄い。
それでも黙っとるのは負けた気ぃして、口だけは動いた。
「せやから、ほんまに違うんやって。うちら勝手に落ちてきただけやし。そっちの薔薇とか知らんし。何も壊してへんし」
「申し訳ありません。家令としての職務ですので」
「それ、便利な言葉やな」
「便利である必要がございますので」
即答かい。
横で、気むうは何も言わへん。
歩幅だけはちゃんと合わせとる。せやけど、呼吸が妙に浅い。白い花びらへ触れた時から、何かがあいつの中でずっと引っかかったままなんやろなと思う。思うけど、何がとは聞かれへん。
聞いたところで、今のうちに受け止められる気ぃがせんかった。
地下の廊下は湿っぽくて、石の匂いがする。
小窓つきの扉が並ぶ。鉄格子の向こうは暗い。何もおらん気配やのに、“入れられる側”のために作られた顔だけは、どの扉にもちゃんとあった。
その少し奥で、マイルズが立ち止まる。
「こちらです」
扉が開く。
中は、思ったほどひどくはなかった。
狭いけど、真っ暗やない。藁やなくて、ちゃんと布の敷かれた簡素な寝台が二つ。壁際に小さい机。水差し。燭台。いかにも“配慮はしたけど牢は牢です”みたいな顔しとる。
「……失礼いたします」
マイルズが、入れというふうに少し身を引く。
断れる空気やない。
というか、今さら“嫌です”でどうにかなる段階、とっくに終わっとる。
うちらは中へ入った。
振り返る。
扉が閉まる直前、マイルズがこっちを見た。
その顔から何か読み取ろうとしたけど、綺麗すぎてようわからん。ただ、さっき王の横で立っとった時より、ほんの少しだけ音のない顔をしとった。
「必要なものがあれば、朝に申し出てください」
「今聞いてくれや! うちら魔女ちゃうって、何回言わせんねん!」
叫んでも、返ってきたんは、かちゃりと鍵の鳴る音だけやった。
その音がやけにあっさりしてて、逆に堪えた。
「おぉい! 聞いとる!? さっきから千回は言うとるって!!」
返事はない。
向こうは静かなままやった。
……終わりや。
今この場で戦える相手、もう誰もおらん。
残っとるんは、閉まった扉と、湿った石の匂いと、ほどけへん光蛇だけや。
急に、脚の力が抜けた。
「……はあ……」
ようやく部屋の中を見る。
大したもんはない。ないけど、思ったよりはちゃんとしてる。だから余計に嫌やった。優しさやなくて、慣れで整えられた部屋の顔しとる。
手首の蛇はまだ巻きついたままやった。
薄暗い牢の中で、その光だけ妙に綺麗に見える。綺麗やからって何やねん。外れへん手錠が綺麗でも、ちっとも嬉しない。
気むうはもう、部屋の隅に座り込んどった。
ちょこん、やなかった。
潰れんように自分を小そう折りたたんでる感じやった。背中が丸い。膝を抱える手も力が入ってへん。白い壁の前に置かれると、あいつだけ色が少し薄う見える。
「……気むう」
返事はない。
そばへ行って、うちも床に座る。
石の冷たさが制服越しにじわっと来た。
「……なあ」
それしか出えへんかった。
とりあえず生きとる、とか、だいじょぶや、とか、そういう薄い言葉を今ここで投げても、跳ね返って足元へ落ちるだけやとわかってしもた。
せやのに、何も言わへんのも嫌やった。
「……ひどいな、今日」
出たのはそれだけやった。
落ちて。
縛られて。
魔女言われて。
殺されかけて。
花びらが光って。
ほんで牢や。
朝の通学で、何でそこまで行くねん。
笑えるわけないのに、喉の奥で乾いたもんだけ引っかかる。
それでも、手だけは動いた。
そっと、気むうの頭へ触れる。
いつもより少しひんやりしとる気がした。
撫でる。ほんの少しだけ。壊れん程度に。
気むうの肩が、かすかに揺れた。
泣いとるんか、震えとるんか、ようわからん。
わからんけど、どっちでも嫌やった。
「……ごめんな」
口から勝手に出た。
何に対してか、自分でもようわからん。
せやけど、喉のとこに引っかかっとったもんは、それがいちばん近かった。
気むうは顔を上げへん。
ただ、膝に落とした睫毛の先が、ほんの一度だけ濡れたみたいに光った。
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
届いてへん。
今、ものすごく近うにおるのに、届いてへん。
撫でた手ぇの下に頭はある。せやのに、あいつの中で何が起きとるんか、うちは半分も掴めてへん。
その事実だけが、ずっと嫌に残った。
もう、何言うても無駄なんやろなって気ぃした。
こっちが誰で、何でここにおるんかなんか、最初から聞く気ぃないまま、勝手に決めて、勝手に測って、勝手に閉じ込める。
薔薇がどうとか言われても、こっちは半分もわからんままやし、文句だけはまだ喉の奥に残っとるのに、それを押し出す力はもう死んどった。
隣で気むうの肩がもう一回だけ小さく揺れて、うちはそのまま手を置いとった。
牢の薄い灯りだけが、何も片付かんまま、黙って揺れとった。




