表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

心臓砕くなや

「……うわ」


疲れ切っとった頭が、そこで一段だけ冷える。


王はゆっくり片手を上げた。指のある蹄。そこへ空気が吸い込まれるみたいに、赤い光が細う集まっていく。


「█▓▒░ FINAL SPELL No.118 ░▒▓█

 タイム・パージ」


ドン、と鳴った。


赤かった。


空気そのものが一瞬で赤う染まって、部屋の奥まで走った波がぴたりと止まる。燭台の火が止まる。絨毯の端が止まる。音も、揺れも、時間ごと固められたみたいに、世界がそこで変な止まり方をした。


「……は?」


足は動く。


うちも、()むうも、王も動ける。せやけど、それ以外が全部止まっとる。何これ。寝起きに急にゲームのバグ最終形態みたいなん見せるなや。普通に怖いんやけど。


心臓が一発、遅れて強く鳴る。


うちらはゆっくり中へ入っていく。入るしかない。止まった空気を押し分けるみたいな変な感触があって、肌の上をざらっと何かが撫でていく。全身にアリ入りスポンジこすりつけられとるみたいで、気色悪い。


「……何これ……」


声が勝手に細うなる。


そこでようやく、王の様子が変やと気づいた。


片手を前へ向けたまま、指先に力が入りすぎとる。肩も固い。呼吸も荒い。あまりに顔こわばっとるせいで、見てるこっちまで歯に力入る感じやった。


うちらが扉の敷居をきっちり越えた、その瞬間や。


張り詰めとった赤がふっとほどけた。止まっとった火が揺れる。空気が戻る。王の手がゆっくり下がる。


一歩、半歩、後ろへよろけるみたいに下がって――そこでようやく、スウェトボーレ陛下は玉座へ腰を落とした。


「っ、は……」


息の音がやけに生々しい。


その時や。見慣れた毛玉が、さっきまで絶対そこ何もおらんかったやろって場所から、ぴょこぴょこ慌てて飛び出してきた。


「陛下っ! ですから申し上げましたのに!」


マイルズやった。台所で見た毛玉執事。今は綺麗な声より先に、焦りのほうが前へ出とる。


「ご無理なさらぬよう、あれほど――」


「……必要であった」


王は低く言い返した。咳が混じる。


「必要、ではございません。少なくとも、ここまでの出力は」


マイルズがぴたりと王の横につく。怒鳴っとるわけやないのに、語尾の端が硬い。


「もうおわかりでしょう。あのお二方は、魔女ではありません」


「理もなく、“薔薇の間(ばらのま)”へ通すわけにはいかぬ」


「承知しております。ですが、もし本当に(じゃ)へ堕ちた者であったなら、今の術で心臓は砕けておりました」


その一言で、背中がぞわっとした。


心臓砕く話を、そんな天気の話みたいに言うなや。


王は少し息を整えてから、低く答える。


「タイム・パージは、邪に堕ちた心にのみ作用する。深く歪み、毒されたものだけを穿つ」


マイルズが続ける。


「お二方には、何の反応もございませんでした。少なくとも、“その類”ではないということでございます」


“その類”。


その言い方が妙に嫌やった。安心してええんか微妙に迷うやつや。


「……それでも」


王は一度、こっちを見る。うちを見て、それから気むうを見る。


その一瞬だけ、気むうの肩がわずかに詰まった。


「我が手で確かめねば、“薔薇の扉”は開けぬ」


「ですから、その“我が手”が保たぬと申し上げております」


マイルズが半歩だけ詰める。完全に介護や。いや執事やけど。


「次をなされば、今度こそ本当にお倒れになりますよ」


「……ふむ」


短い沈黙のあと、王はようやく背もたれに身を預けた。


「よかろう。彼女らを、“薔薇の間”へ案内せよ」


その一言で、空気が少しだけ変わる。


横で、気むうがほんのわずかに息を飲んだんがわかった。


「――ただし、マイルズ」


「はっ」


「万一、異変があれば……即座に、“あのボタン”を押せ」


ボタンて。急に世界観そっちなん?


マイルズは一瞬だけ顔を引きつらせた。嫌な予感だけはした。


「……かしこまりました、陛下」


返事だけは綺麗やった。


そこでようやく、うちは息を吐いた。知らんうちに止めとったらしい。


寝起きにそんな情報量ぶち込むの、たぶん医者にも止められるで。


ふと、前を飛んどったはずのベレー帽毛玉を探す。


「……あれ」


おらん。


さっきまで確かにおったのに、気配も音もなく消えとる。何やあいつ。出入りがいちいち洒落すぎやろ。


代わりに、マイルズがこちらへ向き直った。


さっきまで王の横で空気張っとったくせに、もう声はきれいに整っとる。何やねんこいつ。オンとオフの差で風邪ひくわ。


「……どうぞこちらへ、お嬢様方」


その呼び方、まだ慣れへんな。慣れたくもないけど。


「ほな、行こか」


言うてから、気むうのほうを見る。


あいつはまだ、自分の手ぇを見とった。


指先を、じっと。触るでもなく、握るでもなく、確かめるみたいに見とる。呼ばれても、すぐには上がらへん。顔色は戻ってへん。せやのに、さっきまでのしんどさとも、何かちょっと違う。


「……気むう?」


一拍おいて、ようやく目ぇだけこっちへ向いた。


何か考えとる。けど、うちにはその中身までは届かへん。


そのまま、うちらは玉座の間を抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ