薔薇、選ぶんやて
正面の、入口なんか出口なんかようわからん扉の向こうへ出る。石の廊下。高い天井。まだ続く城の内側。
「……まだ歩くんかい」
脚より先に、気持ちのほうがへたり込みたがっとった。
通されたんは、前にも通ったあの廊下やった。
せやけど今日は、あの変な数字もおとなしい。十四が四十一になったり戻ったりもせえへんし、札そのものがぬるっと入れ替わる感じもない。ちゃんと普通や。……ちょっとだけ損した気分になる。ああいう妙な数字、嫌いやなかったんやけど。城のくせに、変なとこだけ妙に個性あったし。
歩きながら、ぼんやり思う。
これ、また厨房戻るんか。
薔薇薔薇うるさいくらいやし、もしかしてあの辺に置いてたりせえへんのやろか。鍋の裏とか。誰もそんなとこ疑わへんやろ。賢いっちゃ賢い。
……まあ、この城やしな。
炊飯器の裏でも、もう驚かへんけど。
そこで、ふっと引っかかった。
あの呪文や。
空気ごと真っ赤になった、あれ。
……あれ、ハッタリちゃうやん。
普通に、魔法やん。
その瞬間、胸のへんがちょっと軽うなった。
うわ。
あるんや。
ほんまにあるんや、魔法。
ほな、うちもワンチャンそっち側いけるんちゃうん。異世界版メグミン枠、まだ空いとるやろ。
あとで絶対、マイルズに聞いたる。
魔法、どうやったら使えんのか。
……まあ、その前に殺されへんかったらやけどな。
そうして着いた先を見て、さっきまでの自分をちょっと殴りたなった。
薔薇は絶対、目立たんとこにある。
誰が言うたんや、そんなん。
うちや。
いや、無理やろ。
門。
クソでかい。
しかも金属の薔薇が九つ、これでもかってくらい貼りついとる。隠す気ゼロや。むしろ「はいこちらです」って顔しとる。逆に怖いわ。
途中の見取り図なんか、もっと終わっとった。
城のど真ん中に、“薔薇の間”ってでっかい印。しかも妙に豪華。花まで散っとる。
おい。
盗ってくださいって書いとるようなもんやろ、それ。
部屋あんだけあるくせに、いちばん大事そうなもんだけ真正面から中央に置くなや。セキュリティ厳重なくせに、根っこのほうがちょっとアホやねん、この城。
そんなこと考えとる間に、前を行くマイルズが門の前で止まった。
尻尾の先で、いちばん下の薔薇にちょん、と触れる。
次の瞬間、門全体が低う唸った。
「……は?」
ごごごご、と重たい音がして、門の中からまた別の扉がずるずる出てくる。
一枚や二枚ちゃう。ぞろぞろや。扉の中に扉、そのまた中に扉。嫌な予感しかしいひん。
最初は普通やった。
手で押す。
うん、まあわかる。
次、目ぇの走査。
それもまだわかる。
その次で、急に
「王の承認待ちです」
誰が今ここで許可すんねん。
さらに
「軍司令の承認待ちです」
増えた。
なんで増やした。
ほんで、ケツや。
「ちょ、待て待て待て」
マイルズ、ためらいもなく専用の台みたいなんに尻置きよった。
ピロリン、て鳴った。
もうあかん。
真面目なんかアホなんか、どっちかにしてくれや。
そのあとも、毛の検査だの、ようわからん照合だの、まだぞろぞろ続いた。部屋の半分ドアやし、壁の厚みもどう見ても二メートル級やし、これ扉守っとるんかダンジョン作っとるんか、はっきりしてほしい。
重要なんはわかる。
わかるけど、限度あるやろ。
うちは途中から、笑いすぎてほんまに喉閉まりそうやった。
ほんで横見たら、気むうまで口元押さえとった。
声は出してへん。
せやのに、肩が一回だけ揺れて、目ぇのとこがちょっとだけ細うなる。
あ、あかん。
そんなん見せられたら、こっちも余計あかんやろ。
ずるいわ。
そんなアホみたいな十分近い時間を越えて、ようやく最後の鍵が外れた。
幾重にも重なっとった扉が、ひとつずつ奥へ引っ込んでいく。
重たい音が順番に遠のいて、最後のでかい門が、ゆっくり左右へ割れた。
その向こうが、ようやく姿見せた。
でもな、その先にあった“薔薇の間”──拍子抜けするくらい、こぢんまりしとった。
いや、でかいで。
部屋そのものはようできとる。丸い。壁はぐるっと一枚の曲面で、音まで飲み込んだみたいに静かや。真ん中には、薔薇の木──いうより、もうあれは木やない。塔とか建物とか、そういう類やった。
うちの身長、二十人ぶん積んでも届くか怪しい。茎はアホみたいに太いし、棘なんか下手したら短剣や。
「うわ……」
とはなった。なったけど。
……なんやろな。思てたんとちゃうかった。
あんだけ大仰な門くぐらせといて、中身が静かな丸部屋て。もっとこう、空気までうるさい“魔法”を想像しとったんよ、こっちは。
輪っかとか。空に浮いとる変な文字とか。誰も聞いてへんのに高笑いする魔女とか。呪文二十連発で部屋ごと吹っ飛ばす感じとか。
そういう、もうちょい遠慮のないやつや。
せやから最初は、ちょっと肩透かしやった。
でも、よう見た瞬間、それどころやのうなった。
薔薇やった。
ちっちゃい薔薇が、あの馬鹿でかい幹のあちこちに浮かぶみたいに咲いとる。赤、白、青、金、ようわからん淡い色まで、ぎっしりやのに、一輪ずつちゃんと目に入る。綺麗やのに、綺麗だけで済ませたらあかん気ぃする、妙な眺めやった。
しかも、あいつら──喋っとるみたいやってん。
声やない。
音でもない。
光や。
一輪が、ぴか。
少し離れて、別のが、ぴか。
今度は二つ、三つ、重なるみたいに、ぱ、ぱ、ぱっと明滅する。
適当に光っとるようには見えへん。
返しとる。続いとる。拾うて、また返す。
会話、いうたら変かもしれへんけど──あれはもう、ただの点滅やなかった。
ホタルとも違う。モールス信号とも違う。
わかりそうで、ようわからん何かが、部屋じゅうでひそひそ回っとるみたいやった。
横を見る。
気むうは、うちより半歩前で止まっとった。
何も言わへん。けど、さっきから一度も目ぇ逸らしてへん。うちが全部まとめて「うわ、すご」で済まそうとしたとこを、あいつだけ、枝のあいだを一つずつ辿っとる。
……いや、違う。
見とるんは薔薇全体やない。
もっと奥の、白っぽいどこかへ、視線だけ吸われとる気がした。
「神い様、気むう様」
後ろから、やたら整った声がした。
「こちらが──“ロザル・マドレ”。
十の薔薇が眠る、最奥でございます」
マイルズやった。
いつもの毛玉のくせに、こういう時だけ妙に響きがそれっぽい。何やねん。名前の時点で、もう偉そうや。
「本日は、お二方と薔薇の応答を確認いたします」
「応答?」
「はい。どの薔薇が応じるか。どのように応じるか。
それが確認事項でございます」
……なるほどな。
見学やなくて、試験かい。
「十の薔薇って、昨日の“力の薔薇”やろ」
「はい」
「ほな、めっちゃ大事なやつやん」
「はい」
「……説明、今から長い?」
「必要最小限に留めます」
助かるわ。
今はまだ、感動より先に脚が死んどる。
「薔薇は選びます」
マイルズは、そこで一拍置いた。
「お二方が選ぶとは限りません」
部屋の静けさが、そこだけ少し重うなった。
「さて。お二方」
声が、また綺麗に整う。
「薔薇に触れてみてください。
どの薔薇が応じるか。どのように応じるか。それを、ここで確認いたします」
「こちらから選定の指示はいたしません。
触れていただければ充分です。あとは薔薇が決めます」
言うだけ言うて、マイルズは静かに下がった。
見守るいうより、観測位置につく、のほうが近い。何が起きても記録して処理します、みたいな顔しとる。ほんま嫌なプロや。
うちはもう一回、薔薇の群れを見上げた。
赤。
白。
青。
金。
まだ名前も知らん色が、枝のあちこちで小さく光っとる。
その中で、一輪だけ。
やけに赤いのが、最初からうちを待っとったみたいに、まっすぐこっちを見返してきた。
「……あれ?」
気ぃついたら、ちょっと見とった。
……ほんまに、ちょっとだけ。




