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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
12/39

薔薇が煽ってくる

「ほら、行くで、()むう」


うちは妹の腕を引いたまま、ロザルのまわりをゆっくり歩いた。


中がどういう場所かは、もう見た。静かで、でかくて、薔薇(ばら)が勝手に光っとる。そんだけや。


正直、門んとこの大騒ぎに比べたら、だいぶ拍子抜けやった。もっとこう、入った瞬間に「魔法です!!」みたいなん来る思てたのに。


横目で気むうを見る。


あいつは、引かれるままついて来とるくせに、もううちの横は見てへんかった。視線だけ、どっか遠いほうへすうっと持っていかれとる。


「……ちゃんとおるよな」


返事はない。


せやけど、指先だけはまだ離れへんかった。こっち握っとるのに、意識だけ別のとこ行っとるみたいで、変な感じやった。


その時や。


ひとつだけ、赤い薔薇が妙に目についた。


ほかのやつらは、そこにあるだけや。光っとるいうても、部屋の静けさに紛れて終わりや。せやのに、そいつだけは違う。見ろ、見ろ、って言うみたいに、視界の端から何回も割り込んでくる。


一歩寄る。


赤が、ちいさく脈ついた。


ぴっ。ぴっ。ぴっ。


音がしてるわけやない。せやのに、そんな感じやった。ただの点滅より、もうちょい生きもん寄りの脈打ち方や。うちが近づくほど、そいつだけはっきりしてくる。


「……何や、お前」


もう一歩。


赤がまた、さっきより強う脈つく。


離れたら弱まる。寄ったら戻る。


うわ。何やこれ。位置わかっとるみたいやん。


待ってた、みたいな光り方やった。


うちは赤い薔薇の前でしゃがみこんだ。


「どないしたん。さっきからこっち見て。……ほれ、来る?」


一拍置いて、うちは自分で言うたことに気づく。


「あ、ちゃうか。花やしな」


赤が、ぴしっとひとつ強う光った。


次の瞬間や。


『……あら。初手からその距離感なん? ずいぶん遠慮のない子やねぇ』


女の声が、頭ん中へぬるっと入ってきた。


『花にも礼のひとつくらい習わへんかったん? 小娘』


「…………は?」


ちょっとしゃがれとる。せやのに妙に艶っぽい。上から薄う笑いながら撫でてくるみたいな、腹立つ声やった。


目の前には、赤い薔薇。


頭ん中には、その赤い薔薇にしかありえへんタイミングで、女の声。


「…………は?」


『二回言わんでも聞こえとるわ。反応うるさい子やねぇ』


「いや待てや」


思わず指さす。


「今しゃべったん、お前?」


『“お前”やて』


赤が、呆れたみたいにひとつ瞬いた。


『ほんま、育ち出るわぁ』


「……何やその声」


思わずそう漏れた。


「いや、喋ったんも大概やけど……何やねん、そのトーン。花のくせに妙に色っぽいんやけど。腹立つわ」


一拍あって、


『……は?』


ぬるい余裕が、そこで一枚だけ剥がれた。


『色っぽい? うちが? 何をどう聞いたらそうなんのよ、この小娘』


「知らんわ。そっちが勝手にそう聞こえとるだけやろ。何なんその、やたら上からで、妙にねっとりした喋り方」


『……ほんま失礼な子やねぇ』


「説教なんか口説きなんか、どっちかにしてくれへん?」


『口説く? あんたを? 身の程って言葉、家で習わへんかったん?』


「うっわ腹立つ。ほなその偉そうなん、ちょっと下げてくれへん? 薔薇のくせに」


『それ以上なめた口きいたら、首から上だけ綺麗に散らしたろか』


「やれるもんならやってみ。先に引っこ抜いて、そのまま可燃ごみや」


『試してみなさいな、地獄産の小娘。触れた瞬間、あんたの残りの人生ぜんぶ後悔にしてあげる』


「盛るなや。よう吠える薔薇やな」


『吠えてんのはそっちやろが』


「うるさい、おしゃべり薔薇」


『ぺらぺら小娘が何言うてんの』


「ぺらぺらなんはお前やろ!」


『あんたが先に喋りかけたんやろが!』


「知らんわ、乗ってきたんそっちや!」


『喧嘩売っといて何言うてんのよ!』


「……いや、待て」


そこで急に、頭だけ我に返った。


「お前、さっき首飛ばすとか言うてへんかった?」


『言うたわよ』


「何でそのあと普通に口喧嘩の流れになっとんねん」


『知らんわよ、あんたがちゃんと乗ってくるからやろ』


間が空く。


赤が、ぴくっと光る。


うちの肩が揺れる。


「……アホやろ、お前」


『そっちが始めたんやろが』


「アハハハハハ!」


『っ……あは、あはは……ほんま腹立つわ、この小娘……!』


笑った次の瞬間、ぞわっとした。


待て。


待て待て待て。


「……ちょ、待って」


うちは一歩引いた。


「何でうち、花とここまで揉めとんの!?」


『今さらそこ?』


「今さらやろ!! 遅いとか言うな!! お前、花やろ!? 何でうちの頭ん中に勝手に入ってきとんねん!!」


『やかましいわねぇ』


声は呆れとるのに、どこか面白がっとる。


『あんたの頭ん中がうるさいから、拾うて返しただけや。――ほら、あんたらの言い方で言うたげる。テレパシー。はい、おしまい』


「……ワッタファック」


『“ワッタファック”って何やの。勢いだけで生きとるん?』


「そっちは花のくせに関西で煽ってくるなや」


『うちをそのへんの花と一緒にせんといてくれる? 不愉快やわぁ』


またちょっと、上からの声に戻ろうとしとる。


……あ、こいつ、これやるタイプなんやな。


ふと横を見る。


少し離れたとこで、気むうが立ち止まっとった。


うちのほうは見てへん。せやけど、ただ見失っとるんやない。あっちの空気だけ、薄い布でも一枚かかったみたいに静かさの質が違う。気むうが立っとる場所だけ、音が少し遅れて届くみたいで、落ち着かん。


しかも、あいつの指先――さっきまでうちを掴んどった力が、いつの間にかするっと抜けて、別のどこかに引かれとるみたいやった。


マイルズは部屋の端で、相変わらず一言もくれへん顔のまま、うちらを見とる。


「……何やこの空間」


『お仲間が静かで助かるわねぇ』


「余計なお世話や」


うちはもう一回、赤い薔薇を見た。


ムカつく。


偉そう。


花のくせにやたら喋る。


せやのに、不思議と嫌やない。


「……もうええわ。何か知らんけど、お前、嫌いじゃないで」


『それは光栄やこと』


「で、名前ないん?」


『人間みたいな、という意味なら無いわねぇ』


赤が、ちいさく揺れる。


『あいつらが勝手につけた呼び方ならある。“赤の薔薇”。あるいは“意思と決意の薔薇”』


「長っ」


『感想が雑』


「ほな、赤でええわ」


『雑』


「じゃあ、赤姐」


『下品』


「めんどくさ」


『当然やろ』


ほんで、そこで一拍あった。


今までみたいな即返しやのうて、ちょっとだけ底のほうへ沈む間やった。


赤が、ゆっくり脈つく。


『……せやけど、もし』


声の温度が、ほんの少しだけ変わる。


『もし、うちが人間みたいに、たったひとつだけ名を選ぶんなら――イスシア』


「……イスシア」


口の中で転がしてみる。


柔らかいのに、芯だけ勝手に立っとるみたいな音やった。ぬるいようで、全然ぬるうない。


赤い薔薇が、満足そうにひとつ光った。


『悪ないやろ』


「何やその言い方。自分で言うんかい」


『言うわ。うちはそういう薔薇やもの』


「ほな、シア姐」


『馴れ馴れしいわ』


「シアちゃん」


『花びらで口ふさぐわよ』


「怖。ほなイスシアでええわ」


『最初からそう言いなさい、小娘』


「何やねん、その勝ったみたいな感じ」


『勝っとるやろ』


「顔もないくせによう言うわ」


「……よろしくな、イスシア」


その瞬間や。


赤――イスシアが、今まででいちばん強う脈ついた。


得意げやった。どう見ても。


腹立つ。


せやけど、胸の奥だけ、ちょっと跳ねた。


『ええ。せいぜい退屈させんといて』


赤が機嫌よう光る。

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