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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
13/34

ただいま、白

――その向こうで、白いほうの静けさが、ふっとひとつ深うなった。


うちはそっちを見た。


()むうは、まだ白い薔薇(ばら)の前に立っとった。


こっちの騒ぎなんか、最初から遠い場所の音やったみたいに。


しかも、今はもう“見とる”んやない。向こうも、気むうを見返しとる。そんな感じがした。


『……ふぅん』


頭の奥で、イスシアがちいさく笑うた。


『そっちも始まったみたいやねぇ』


「……何や、あっちも」


思うた時にはもう、うちの足はそっちへ向いとった。


で、そこでようやく気づいたんよ。


「……あっ」


うち、さっきまで普通に、赤い薔薇の前で喋っとった。


そこそこ長く。

そこそこ本気で。

しかも相手、花。


……終わっとるやん。


そろっ、と顔を上げる。


部屋の端にマイルズ。


目ぇ、合う。


「あっっっっっぶな!!!!」


遅い。

気づくん遅すぎる。


「何で言わへんの!? 見とったやろ今の!!」


マイルズは、あの妙に整いすぎた顔のまま、すっと視線を外した。

「何も見ておりませんが」みたいな空気だけ残して、音もなく半歩引く。


うっそつけや。


「うっわ、最悪……!」


『今さら照れても遅いわ、小娘』


頭の奥で、ぬるっとあの声が笑う。


『あんだけ威勢よう喋っといて、見られた途端それ? 忙しい子やねぇ』


「……どーもどーも、イスシア様。ご丁寧に追い打ちまでありがとさん」


『礼ならええよ。ほな、そのままうちを連れてき』


「は?」


赤が、遠くで機嫌ようひとつ光る。


『せっかく外に繋がったんやし。ずっとあそこだけっちゅうのも退屈やわ。見せてぇな、この世界』


「何でそんな当然みたいな顔で居座る気なん」


『当然やろ。うち、もうあんたん中おるし』


「言い方!!」


『嫌なら追い出してみ?』


できる気ぃがせえへんのがいちばん腹立つ。


「……あーもう、ほんま最悪や」


赤の前から半歩、二歩と離れる。

このままここおったら、マイルズの前でまた続きを始めてまいそうで、それも嫌やった。


ロザルの枝の向こう、少し離れた白っぽいところで、空気の重さがふっと変わる。


「……あれ」


ようやく見つけた。


気むうは、もう白い薔薇の前に立っとった。


こっちのことなんか最初から視界に入ってへんみたいに、まっすぐあっちを見とる。

同じ部屋ん中におるのに、あいつのまわりだけ空気の流れが違う。音が届く前に、一回どっか薄い膜でもくぐってきとるみたいな、変な静けさやった。


うちはそこで足を止めた。


呼ばんかった。

近づきもせんかった。


……うちが見られたんや。

ほな、今度はうちが黙る番やろ。


気むうは何も言わへんかった。


ただ、白い薔薇へ手を伸ばす。

触る、いうより、確かめるみたいに。

冷たいガラスの向こうに、よう知っとるもんでも置いてあるみたいな、そんな触り方やった。


白が、ちいさく脈つく。


ぴか、やない。

もっと静かなやつや。

気むうの指先へ合わせるみたいに、ひとつ。

息継ぎするみたいに、またひとつ。


気むうの指先が、花弁のふちをそっと撫でた。


白は逃げへん。

むしろ、そこへ沿うみたいに、またひとつ、静う光る。


見とるだけやのに、喉の奥が変なふうに詰まった。


何がどう、とはよう言われへん。

せやけど、初めて触る相手に向ける感じやなかった。


あいつの肩が、ほんの少しだけほどける。

それから、気むうは白い薔薇を見たまま、ぽつりと言うた。


「……ただいま」


小さかった。

息の先みたいな声やった。


でも、その一言だけ妙に収まりがよかった。

初めて聞いたはずやのに、前からそこにあった合図みたいで、余計に落ち着かん。


白が応える。


今度は少しだけ、はっきり。

鼓動みたいに、ひとつ。

それからもうひとつ。


言葉なんか、いらん空間やった。


『……へえ』


頭の奥で、イスシアがちいさく笑う。


『そっちは、そっちで随分よう出来とるやん』


「……何がや」


『さあ?』


さあ、で済ますなや。


せやけど、今はそれ以上突っ込む気にもならへんかった。


気むうはまだ白の前におる。

うちの知っとる顔のままのはずやのに、そこだけ、うちの知らん時間の続きみたいに見えた。


ようわからん。

せやけど、あそこへ今のうちが踏み込んだら、何か大事なとこだけ雑にしてまいそうで、それが嫌やった。


「……まあ、ええか」


誰に言うでもなく、口の中だけでそう言うて、うちはそっと踵を返した。


ちょっと歩いたとこで、マイルズを見つけた。


壁際や。

背もたれもないくせに、何でそんな「本日の業務、だいたい想定内です」みたいな疲れ方できるんか知らんけど、毛玉の体をぐでっと預けて、しっぽの先でクリップボードを支えとる。


「……何してんの」


「記録でございます」


「うわ、ほんまにやってたんや」


近づいて覗きこもうとすると、マイルズは一瞬だけ板を引いた。

遅い。


見えた。


『赤との接触:即時応答』

対象A(たいしょうエー)、私的命名を試行』

『対話傾向:過剰。要観察』


「誰が過剰や」


「事実のみを記しております」


「腹立つ言い方やなあ」


「仕事ですので」


やっぱ腹立つわ、こいつ。


うちはその場でしゃがみこんだ。

脚がもう、ちゃんと脚の仕事したない顔しとる。


「なあ、マイルズ」


「はい」


「もう無理や。眠い。しんどい。脚も腰も終わっとる。そろそろ人権ある部屋に戻してくれへん?」


「牢でございますが」


「その一言で全部台無しや!」


マイルズはふう、と小さく息をついた。

綺麗な声のくせに、そのため息だけ妙に慣れがあって嫌やった。


「……ええ。頃合いでしょう。妹君もお呼びください。本日の確認は、ひとまずここまででございます」


その瞬間、身体から力が半分くらい抜けた。


「ああ……やっと終わった……」


『終わった、やて』


頭ん中でイスシアが鼻で笑う。


『何ひとつ終わってへんやん。ようやく外、見れるんやで?』


「お前は黙っとれ」


「何かおっしゃいましたか」


「独り言や!!」


最悪や。

監視と脳内騒音が同時におる。


「……はあ」


息が抜ける。


もう、ええわ。

細かいことは全部あとや。

とりあえず帰れるなら、それでええ。


「……まあ、ええか。行くで」


気むうのほうを見る。


もう白い薔薇には触れとらんかった。

ただ、さっきまでの場所にまだ立っとる。手ぇは下りとるのに、気配だけ少し遅れてそこへ残っとるみたいやった。


うちは迷わず近づいて、その腕をがしっと掴む。


「ほら、帰るで」


気むうは一瞬だけこっちを見た。

何か言いそうで、結局言わへん。

でも、振りほどきもせんかった。


それで充分やった。


「行こか」


またあの地獄みたいな扉群を通るんかと思うて、うちはもう半分くらい死んだ顔しとったんやけど――


開いた。


ウィーン、や。

一枚。

また一枚。

その奥も、そのまた奥も。

行きにあんだけ人の尊厳しばき倒してきた扉どもが、今度は勝手に道あけよる。


「……は?」


目ぇの走査なし。

承認待ちなし。

毛の検査なし。

尻も守られとる。


「帰りだけ優しいんかい」


「退出処理は簡略化されておりますので」


「入る時だけ地獄ってこと?」


「概ね、その認識で差し支えございません」


「差し支えしかないわ」


でも、開く。

どんどん開く。


うちと気むうが歩くたび、さっきまであの世の関所みたいな顔しとった扉が、急にただの自動ドアへ成り下がっていく。


「何やねん、この城……」


『……これが外側、ねぇ』


頭の奥で、イスシアが面白がるように息をもらした。


『ようやく見れる思たら、あんたの歩き方が雑すぎて揺れるんやけど』


「知らんわ。こっちは脚もう終わっとんねん」


『ほな、せめて視線くらい丁寧に動かしてぇな。全部ぶれるわ』


「何でうちがお前の視界係せなあかんねん」


『今さら何言うてんの。うち、もうここに住むんやし』


「住むなや!!」


「……独り言、多くなってますよ」


「うるさい!!」


気むうの肩が、横でほんの少しだけ揺れた。

笑うたんかどうかは知らん。

知らんけど、たぶん悪くなかった。


玉座の間へ戻る廊下を歩いても、イスシアは黙らん。


『あの柱も、あの燭台も、あの天井も。ずいぶん長いこと見てへんかったんやし、ちゃんと見せぇや』


「注文多いねん!!」


『せっかく繋がったんやし、黙っとるほうがもったいないやろ』


赤が、胸の奥で機嫌ようひとつ脈ついた気がした。


うちの頭ん中で勝手にくつろいで、勝手に世界を覗いて、勝手に次を決めとる。


何やねん、この薔薇。


……追い出されへんのが、いちばん腹立つわ。

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