存在汚染やて
王はようやく、こっちを見た。
「さて――そなたら、そこに座るがよい……である」
うちらは、言われるまま椅子に座った。
従ったんやなくて、座らされた、のほうが近い。手首にはまだ光の蛇が巻きついとるし、王の前で立ったまま睨み返せるほど、こっちも無傷やない。
長机を挟んで、向こうに王。こっちに、うちと気むう。
それだけでもう、胃ぃが重い。最悪や。
……で、次は何や。
まだ何かあんのか。
こっち座らせて、何がしたいねん。
王は肘掛けにもたれもせず、まっすぐこっちを見下ろしとった。
怒鳴りもしとらんのに、見られてるだけで肩が変に固まる。腹立つ。
「よいか、そなたら。余が許すまで動かぬが賢明……まいか。逃げることは考えぬことだ。まもなく補佐が参る……よきかな」
低い声やった。怒鳴りもせん。
せやのに、椅子ごと床へ打ちつけられたみたいな気分になった。
うわ、はいはい。
わかっとるわ。三つくらい頭の位置ちゃう相手に、今さら物理でどうこうできるとも思てへんし。
せやけど、言い方がムカつく。
横目で気むうを見る。
俯いたままや。手ぇは膝の上で固まって、呼吸だけが細い。顔色も、もうだいぶ終わっとる。
声はかけへんかった。
今つついたら、指先からぼろっといきそうやった。
王は少し間を置いてから、ようやく口を開いた。
「ほう――まず余の名を示しておこう。余はスウェトボーレ四世。父の逝去により、このフロワルの王座を継いだ者……まいか」
……はあ。
自己紹介から入るんや。なんやそれ。
「そなたらの名を聞かせよ……まいか」
その一言だけで、首の後ろがぞわっとした。
「神いって呼んで」
思ったより平たい声が出た。
ほんまはもっと噛みつきたかったのに、うまいこと出てこん。
「……気むう」
小さい。
息の先っぽみたいな声やった。
思わずそっちを見る。気むうはまだ俯いとる。けど、唇の端だけ、かすかに引きつっとる。
王は一度だけ目を細めた。
「ふむ……その響き、ありふれた魔女の偽名とは少々趣が異なる。よきかな」
「魔女ちゃうし」
間髪入れず返した。
返さずにおれるか、そんなもん。
王の口元が、ほんの少しだけ動く。
「ほう。では余も気安く“田中”とでも名乗れば、そなたは信じるのか……まいか」
「はあ!? 何やそれ!」
「似たようなことを申しておる」
ぐっ、と奥歯が鳴りそうになった。
腹立つ。なんやこいつ。最悪や。
「さて――そなたらは何者であるのか。魔女でないと申すなら、なおさら答えは簡単であろう……まいか」
「人間」
今度は、さっきよりはっきり言うた。
それしか言いようないやろ、そんなもん。
王は、わずかに眉を動かした。
「ほう……人間が、自ら門をこじ開けて王城へ入るというのか……まいか」
「せやから、うちらは勝手に来たんちゃ――」
「口を慎め」
ぴしゃりと落ちた声で、喉が止まる。
「問いにのみ答えるがよい。補佐が参るまで静かにしておることが、そなたらの益となろう……である」
益。
よう言うわ。こっちは最初から、そんなん一個も見えてへんのに。
「……っ」
言い返しかけて、やめた。
横で、気むうの肩がほんの少しだけ揺れたんが見えたからや。
うち一人やったら、たぶんまだ噛みついてた。
せやけど今はあかん。気むうの指、白うなるほど力入っとった。舌の先まで来てた文句が、そのまま死んだ。
それから、時間が変に固まった。
王は動かへん。
うちらも動かれへん。
燭台の火だけが、静かに揺れとる。
どれくらい経ったんか、ようわからん。息を吸う音まで浮きそうで勝手に浅くなるし、椅子は固いし、手首の蛇は思い出したみたいにきゅっと締まる。
気むうはずっと下を見たまま、膝の布だけを薄くつまんで、離して、またつまんどった。見てるこっちまで息しづらなる。
「……大丈夫か」
口の中だけでそう言うた。声にはならへんかった。
気むうは顔を上げへん。ただ、呼吸が一回だけ浅く乱れた。
手ぇも出せん。
その時や。
カチャッ、と小さく鳴って、扉が開いた。
入ってきたんは、台所で見たあの毛玉の一匹やった。
小さい。せやのに、入ってきた途端、部屋が勝手にしゃんとした。猫兵みたいな圧やない。押してこんのに、背筋だけ伸びる。
しっぽで扉を押さえたまま、細長い板と、見たこともない筆記具みたいなんを持っとる。
「お待たせいたしました、陛下」
やたら綺麗な声やった。
綺麗すぎて、逆にぞわっとした。
王はそっちを見もせず、短く返す。
「……うむ」
毛玉は静かに扉を閉め、そのまま王の横へ収まった。
机の上へ板を置く。無駄な音ひとつ立てへん。視線だけが、すっとこっちへ来る。
しっぽの途中に、金の輪みたいなんがひとつ浮いとった。
小さいくせに、妙に目につく。
頭あるんか知らんけど、毛玉の体ごとちょこんと下がった。
「はじめまして、お嬢様方。わたくし、マイルズと申します。どうぞお気になさらず。あくまで、王のおそばに仕えるだけの存在ですので」
「これより、フロワル王国第二十五号法『異次元干渉特例法』に基づき、『存在汚染評価審査』を開始いたします」
……は?
綺麗すぎる声で、わけのわからん手続きだけが、うち置いて勝手に走り出した。
「確認項目は五つ。氏名、種族、起源位相、検出可能な魔力反応、空間干渉レベル、属性応答値」
知らん単語が、息つく間もなく流れてくる。音はちゃんと耳に入っとる。せやのに意味だけ、つるんと頭から滑り落ちる。急にどっか知らん国の窓口へ放り込まれて、うちの顔も見んまま手続きだけ進められとるみたいやった。
「対象二個体は、『力の薔薇』のいずれかに機能不全が発生した時点で転移したものと認定されます。その影響は、複数の次元領域において確認済みです」
薔薇。
そこだけ、耳の奥にひっかかった。
落ちながら見た、あの色や。白い膜みたいな光。青。赤。白。ひらひらした花びらみたいなん。そこまで来た途端、喉の奥がひやっと縮んだ。
横で、気むうの睫毛が一度だけ震えた。
繋がっとるんかは知らん。知らんけど、知らんで流してええ感じでもなかった。
「審査基準は二点。意図的干渉の有無、および存在の在り方――精神構造と存在形態」
……いや、ほんま何を言われとるん。
人間やっちゅう話を、なんでそんな細う削って並べられなあかんねん。魔力もへったくれもないし、こっちは転べばちゃんと痛いねんぞ。
気むうは俯いたままやった。膝の上のスカートを親指で押して、離して、また押す。指先だけ白い。息も浅い。さっきから一言もない。
うちの胸ん中にも、硬いもんがつっかえ始めとった。重いとも丸いともよう言わへん。ただ、息するたびそこへ引っかかって、下まで落ちていかへん感じだけは、妙にはっきりしとる。
王が、ようやく口を開いた。
「さて――そなたら、その法を当然理解しておるはずだ……まいか」
「いや、知らんがな」
口が先やった。
返事のすぐあと、かつ、かつ、と乾いた音が鳴る。マイルズの筆記具が板を打っとる。そこまで記すんかい。
「……うむ、そうか。よきかな」
王はそれだけ言うて、静かに立ち上がった。
びくっと肩が跳ねる。来る、と思うた。せやけど違う。王は窓のほうへ一度だけ目を流し、それからこっちへ向き直った。もったいぶる感じやない。ただ順番どおり、次を告げるための動きやった。
「『力の薔薇』とは、この宇宙の均衡を支える基幹である。十輪すべてが揃ってこそ静穏は保たれる。ひとたび欠ければ境界は軋み、その歪みは下位領域へ落ちる。ゆえに看過はされぬ……よきかな」
低い。静かや。怒鳴ってへん。
せやのに、一語ずつ机の上へ重たいもんを置かれていくみたいやった。半分もわからへん。わからへんのに、聞き流してええ話やないんだけは嫌でもわかる。それが、いちばん嫌やった。
「その軋みの只中で、そなたらは王城へ落ちてきた。ゆえに調べる。何者で、いかなる形で、この側へ触れたのかを」
背中が、じわっと強ばった。
こっちでは事故でも、向こうは最初から調べる段取り済みっちゅう顔やった。そういうことかいな、こいつら。
「……理解できるか、そなたら……まいか」
「できるわけないやろ」
思ったより、声が荒かった。
また、かつ、と乾いた音が鳴る。
気むうはまだ床を見とる。ただ、さっきより肩が固い。息は細いままやのに、喉のあたりだけ見えへん指で摘ままれたみたいに動かへん。
王の目が、そっちへ移った。
「ふむ。そなたの同伴者は、ひどく静かだな。何か処置でも施しておるのか……まいか」
ひゅ、と小さい音がした。
気むうの喉や。肩がちいさく跳ねて、押し込んでた指先がさらに沈む。目は上がらへん。ただ、その一瞬だけ、机の上のもん全部がひとつ奥へずれたみたいに見えた。
そこで、腹の底がぶちっと切れた。
「ちょ、もうええやろ!」
自分でも少し驚くくらい、強い声が出た。
「こっちは何が何やらわからんねん! 薔薇やら干渉やら、知らん言葉ばっか並べられて、わかるわけあるか! 魔女でもない、何か壊した覚えもない、勝手に落ちてきただけや! なんで最初から全部決まっとるみたいな顔で進められなあかんねん!」
喉が熱い。止まらへん。
「ていうか、魔力? 魔法? そんなもん、あるわけないやろが!!」




