誰が魔女やねん
「――魔女室へ。連れていけ」
「……は?」
魔女室。
一瞬、意味が入ってこんかった。
次の瞬間、入った。
「はあ!? 誰が魔女やねん!!」
思わず怒鳴った。怒鳴った途端、左右の猫兵のしっぽがぬるっと伸びて、うちの脇に食い込んだ。
「うわっ、ちょ、痛っ!」
そのまま持ち上げられる。雑。遠慮ゼロ。人を荷物みたいに扱うなや。手首に巻きついた光の蛇まで、きゅっと締まった。
「待て待て待て! ちゃうって! うち魔女ちゃうし! おい聞けや! おい!」
返事はない。
あるんは、絨毯の上をずるずる引きずられる音だけやった。
「なんやねん、ほんま……!」
横を見る。気むうも同じように持ち上げられとる。顔色は白い。さっきから一言もない。うちがそっち見ると、気むうはほんの少しだけ目ぇを上げた。で、ちっちゃく首を振った。
……黙っとけ、ってことか。
「……っ」
言い返したかった。めちゃくちゃ言い返したかった。せやけど、その一回の仕草で、喉の先まで出かかった文句がちょっとだけ詰まる。
こわいんは、うちだけやない。
そう思うたら、さっきまでの勢いのまま怒鳴るのが、なんか違う気ぃしてしもた。
「……なあ、気むう。生きとるよな」
「……」
返事はない。ないけど、胸が小さく上下しとる。よかった。とりあえずそこだけは、よかった。
そのまま玉座の間を引きずられる。ローファーの先が絨毯に引っかかって、めちゃくちゃ歩きにくい。というかこれ、歩いてるっていうか運ばれてるっていうか、もうようわからん。
脇の細い扉が開いた。さっき玉座の横に沈んどった、あの扉や。近くで見ると、取っ手だけやたら冷たそうで、見た目からして感じ悪い。
そこを抜けた先は、長い廊下やった。
「うわ……なっが」
長い。普通に長い。しかも、ただ長いだけやない。延々おんなじ扉。右も左も扉。いかにも城です、みたいな石壁のくせに、なんかこう……仕事場みたいな、やたら面倒くさい長さしとる。
「何この城。無駄に広っ。足代返してほしいねんけど」
言いながら周りを見る。扉の横には番号札みたいなんがついとる。十三、十四、十五――かと思うたら、次の瞬間、十四が四十一になった。
「……は?」
思わず見直す。もう一回見たら十四に戻っとった。
「いやいやいや、今変わったやろ。見た見た見た」
前の猫兵が振り向いた。
「ニャ゛ァ」
低っ。かわいげゼロ。
「はいはい、黙れってことやろ。わかったわボケ」
わかったけど、腹立つもんは腹立つ。
壁の燭台の火も、なんか変やった。ゆらゆら揺れとるくせに、三つともおんなじ動きしとる。コピペみたいでキモい。影もちょっと遅れてついてくるし、何やここ。城というか、古いゲームのバグマップ歩かされてる気分や。
その後ろを、ヤギ王が歩いとる。
喋らへん。こっちも見いひん。ただ、蹄の音だけ一定に鳴る。コツ、コツ、コツ。
その音が後ろで鳴るたび、変に背中がすぼまる。
なんやねん、あいつ。王様やからって足音まで偉そうにすんなや。
「……うちら、どこ連れてかれとんの」
聞いても、当然、誰も答えへん。
猫兵は前だけ向いとるし、ヤギ王は無言やし、気むうも静かやし、ずっと口動かしとるのうちだけや。最悪やった。
しばらく行くと、空気が変わった。ひやっとして、石の匂いが濃うなる。正面に、下へ巻いていく螺旋階段が口開けとった。
「うわ、絶対あかんやつや」
案の定、そのまま下や。猫兵は平気な顔で降りていく。うちは途中で足先を石にぶつけた。
「っい! 痛ぁ!」
もうほんまやめて。普通に痛い。怖いとか以前に痛い。しかも階段、いつまで経っても終わらへん。壁は近いし、上の空気はどんどん遠なるし、降りれば降りるほど、ここもう地上ちゃうやろ感だけ増していく。
「……なっが。まだ? まだ降りんの? うちもう帰りたいねんけど。家の布団で横になりたい。なんなんこれ。ほんまに朝から最悪や」
数えようとした。十、十一、十二――で、気ぃついたら、また同じへんの段を踏んどる気がした。
「……え」
壁の傷も見覚えある。さっきここ通ったやろ、みたいな傷。
「いや、うそやろ……」
喉の奥がきゅっとなった。
横を見る。気むうはまだ俯いとる。顔は見えへん。けど、右足首だけ妙に固い。あいつ、だいぶ無理しとる。
「気むう、大丈――」
そこでまた、猫兵のしっぽがぐっと締まった。
「っ、痛っ……! はいはい、喋んなってな! 感じ悪っ!」
その時だけや。気むうが、ふっと横を見た。
階段の下やなくて、ただの石壁の方。
うちもつられて見る。何もない。ほんまに何もない。せやのに、気むうだけは一瞬そこに引っかかったみたいに止まって、それからまた前へ戻った。
……何や今の。
聞きたかったけど、その前に階段が終わった。
下り切った先は、また廊下やった。
今度はさっきよりずっと狭い。天井も低い。空気が重い。湿っとる。左右の扉には小窓がついて、その奥には鉄格子。
何個かは真っ暗で、何個かはうっすら灯りがある。
「……牢やん」
言うた瞬間、自分の声が変に返った。壁が近いからとかやなくて、ちょっと遅れて、しかも最後だけ変に低うなる。
「……っ」
思わず口をつぐむ。
ここ、嫌や。
さっきまでの廊下も充分しんどかったけど、こっちはもっと嫌や。“なんか変”とかで済ます顔やない。ちゃんと閉じ込めるための場所の顔しとる。
猫兵たちは、そのまま一番奥まで進んだ。そこだけ違った。鉄格子やなくて、分厚い木の扉。でっかい金具。やけにきれいな壁。あと、その横に窓。
「……は?」
窓。
いや、何でやねん。こんだけ下まで降りてきといて、何でそこだけ外に向いた窓あんねん。意味わからん。
向こうは暗い。せやのに、時々だけ青白い線が走る。空なんか壁なんかもわからん。割れたガラスの向こう見てるみたいで、長く見てると頭の奥がきしむ。
その時、気むうがちっちゃく顔を上げた。
窓を見とる。
うちやなくて、まっすぐ、あれを。
ほんで、ほんの少しだけ眉が寄った。
「……最悪やん」
猫兵が扉を開ける。中へ押し込まれる。足がもつれて、うちは一歩よろけた。横で、気むうの靴底が床を擦る音がする。振り向く。まだおる。おるけど、目線は下がったままや。ただ、さっきより指先だけ強う握られてる。
部屋の中は、牢というより妙な取調室やった。細長い木の机がひとつ。椅子が四つ。石壁。角の燭台。窓はやっぱり変な位置。木の匂いと湿った石の匂いが混じっとる。きれいでも汚くもない。余計に嫌や。
猫兵たちはうちらを離すと、すっと姿勢を正した。ヤギ王の前に並んで、尻尾をぴんと立てる。そのまま、両手を後ろへ回して、ぴょん、と一回だけ跳ねた。
「……なんや今の」
敬礼なんか。知らんけど。
ヤギ王は何も言わん。ただ、ほんの少しだけ頷いた。
扉が閉まる。
音は小さいのに、逃げ道まで一緒に閉まった感じがした。
ヤギ王が部屋の奥へ進む。マントの裾が石床を擦る。肩の金の薔薇が燭台の火を受けて、一瞬だけ光った。
次の瞬間、その光だけが遅れてもう一回揺れた。
窓の向こうでも、青白い線がまったく同じ遅れ方で走る。
「……っ」
息を呑んだんは、うちやなくて気むうやった。
小さい。せやけど、今まででいちばんはっきりした音やった。うちは反射でそっちを見る。気むうは王やなくて、肩の薔薇と窓のあいだを見とる。何見えとるんかは知らん。知らんけど、その横顔見ただけで、背中に嫌な汗がにじんだ。
王は長机の向こう側へ回り、いちばん奥の椅子に腰を下ろした。重たい体が木を鳴らす。うちらの手首に巻きついた光蛇が、きゅ、と小さく締まり直した。舌みたいな先が一瞬だけ明滅する。
逃げるとか、最初からこっちの番ちゃうかったんやろな。




