魔女室やて
バァンッ、と扉が開いた。空気ごと叩きつけるみたいな開き方。さっきまでざわついとった毛玉らが、いっぺんに左右へ散る。逃げるというより、道を空けた。
そこへ入ってきたんは、二匹。
猫やった。
猫やのに立っとる。二本足で。肩幅あって、濃い色の制服着て、腰には短い棒と鍵束みたいなん下げとる。耳は立っとるし、ヒゲもある。顔は猫や。せやのに目つきだけが完全に勤務中やった。
「王厨第七区画、上部収納より落下物二名確認」
右の猫が、低い声で言う。
「生体。外来。……不定」
左の猫が続ける。
ちょ待て。言葉はわかる。わかるのに、まとめて来られると何ひとつわからへん。
右の猫が一歩出る。足音が妙にまっすぐや。毛ぇもふっとしとるくせに、動きに一切のゆるさがない。ちょっとだけ笑いそうになって、すぐ消えた。
左の猫が腰から何かを持ち上げる。縄やと思うた。
違う。光っとる。細い蛇やった。
いや、蛇みたいな拘束具。鱗の代わりに、内側へ星屑流し込んだみたいな線がずっと走っとる。身体の一部が一瞬だけ飛んで、遅れて繋がる。きもい。綺麗。きもい。
「動くな」
「いやそんな雑に言われても──」
する、と来た。触れてへん。触れてへんのに、手首のまわりへ勝手に回り込んで、次の瞬間には後ろ手に固定されとる。冷たくも熱くもないのに、身体だけがぴたりと止まる。
「うわっ、え、なにこれ、キモっ、すごっ、ちょ、待っ──」
「神い」
気むうの声で見る。あいつも同じ光蛇に縛られとった。顔色はまだ白いままやけど、目ぇだけはだいぶ戻っとる。
「……抵抗、むり」
「わかっとる!」
わかっとるけど言わせろや!
猫の片方が毛玉らの方をちらっと見る。それだけで、ざわざわしてた連中が一瞬黙った。
うわ、ほんまに兵隊や。もふもふしてんのに、そこは全然ふわふわちゃう。
「連行する」
「王前へ」
そのまま、うちらは歩かされた。
王厨――ほんまに厨房やったらしい。でかい釜、吊るされた肉、並んだまな板、桶、香草の束、油で艶めく石床。使い込まれた現場の顔しとるくせに、梁には古い意匠が彫ってあって、天井だけはやたら高い。
王様の飯つくるとこ、って顔はしとる。そこへ空から女子高生が落ちてくる予定だけは、たぶんなかった。
毛玉らが、作業台の下や棚の上からまだこっち見とった。一玉、じゃがいも袋の横から半分だけ顔出して、目ぇまん丸にしとる。
……よう見てくるやん。
厨房を出ると、回廊が口開けて待っとった。
長い。
石壁。尖ったアーチ。古い絨毯。燭台。鎧。いかにも城です、って顔しとるくせに、その途中途中に番号札ついた扉が並んどる。壁の下のほうには細い金属管まで走っとる。
城の回廊というより、古い王城に役所の動脈だけ後から通したみたいな眺めやった。
「……なんやここ」
「城の中やろ」
「それはそうやけど、長すぎるやろ」
猫らの歩幅は一度も乱れへん。気むうは小さく息を吐くだけ。
歩く。まだ歩く。
途中、左の扉に打たれた番号が“14”やったのに、瞬きしたら“41”になっとった。もっかい見たら“14”へ戻る。
猫らは止まらへん。見えてへんのか、見えてても業務優先なんか。
「……見えてる?」
うちが囁くと、気むうは前見たまま、ほんの少しだけ頷いた。
「同じの、二回通った」
「は?」
「さっきの裂けた旗」
後ろ手のまま、気むうの指先が一瞬だけうちの手の甲に触れる。確認みたいな、ほんの少しのやつ。うちも指を動かす。光蛇のせいでほとんど無理やけど、それでも「おるで」くらいは返したかった。
回廊の終わりで、でかい扉が開く。
その向こうは、空気まで違うた。
広い。静かで、冷たくて、中央を赤い絨毯がまっすぐ伸びとる。その先の高みに玉座がひとつ。左右に柱、壁に旗、天井は高い。腹立つくらい“王の部屋”やった。
奥に、誰か座っとる。
進まされる。絨毯の端、ほんの一か所だけ色の読み込みが遅れたみたいに赤が浅うなる。次の瞬間には元へ戻る。玉座の背後の空気も、ほんのわずかにずれとる。
バシッ、と脚を打たれた。
「いっ!」
うちも気むうも、その場で膝をつかされる。
見上げる。見えたんは、先に角やった。曲がった、立派な角。その下に毛。さらにその下に顔。
……え。
王様、ヤギやん。
——ってなるのに、笑う気にもなれへんかった。
そいつは静かすぎた。ロイヤルブルーの長いマント。両肩には金の薔薇を象った肩当て。派手なはずやのに、ぜんぶが妙に落ち着いとる。飾りが重いんやなくて、重いもんに飾りがついとる感じやった。
目ぇが、こっちへ向く。喉の奥がきゅっとなる。
怒鳴ってもへんし、笑ってもへん。ただ、静かに見とる。
うちと。
気むうを。
王は、何も言わへん。
ほんで、
「……連れていけ」
一拍おいて、
「魔女室へ」




