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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
58/60

こんな姉

「……()むうさん?」


わざと軽めに言うた。


「その態度、何なん? 姉に向かってちょっと冷たすぎへん?」


「姉」


気むうは小さく繰り返した。


そこだけ、妙に平らやった。


「せや。姉や。姉が言うとるんやから、妹はちょっとくらい協力してもええやろ」


言ってから、少しだけ自分でも引っかかった。


でも、止まらんかった。


「だいたい、うち前出てるやん。カエルの時も、ゴリラの時も、変な客の相手も、犬の暴走も。毎回なんかしら食らっとるんうちやん。気むうは後ろで、こう、ちゃんとやってるけど、ちゃんと安全な感じで――」


「安全?」


低かった。


本が閉じる音がした。


ぱたん、やなくて、もっと小さい音やった。


気むうは本を膝に置いたまま、皿のほうを見た。

うちを見た。

もう一回、皿を見た。


「……私は、あんたのメイドちゃう」


静かやった。


静かすぎて、逆に腹が立った。


「誰もメイドなんて言うてへんやろ。皿洗いくらいでそんな大げさに――」


「くらい」


「……何」


「皿洗いくらい」


気むうは、そこで少しだけ息を吸った。


指先が、本の端を押さえる。

白くなるほどやない。

でも、離れへん。


「じゃあ、神いがやれば」


「だから! こっちは疲れとんねんって!」


「私も」


「そらそうやけど、うちは今日も外で――」


「私も」


同じ言葉。

同じ声。

二回目のほうが、少しだけ硬かった。


マイルズが、静かに板を伏せた。


(かみ)い様」


その一言だけやった。


それだけで、うちの胸の奥が妙にむかっとした。


止められた。


またや。


飲むな。

撃つな。

騒ぐな。

歌うな。


今度は皿かい。


こっちはずっと、何かに手ぇ押さえられとる。


「……何やねん」


声が低くなった。


「うちが悪いんか。皿洗って言うただけやろ。何で全員、うちがまた何かやらかしたみたいな顔すんねん」


「顔はしておりません」


マイルズが言う。


「してるわ!」


気むうは何も言わんかった。


それがまた、腹立った。


「……あー、もうええわ」


うちはベッドから起き上がった。


「そんな嫌ならええ。うちがやるわ。はいはい、うちが全部やります。前にも出るし、爆発もするし、怒られるし、皿も洗います。姉って便利やなあ。雑巾か何かか」


「……そういうところ」


気むうが言った。


「は?」


気むうは、皿を見ていた。


乾いたタレ。

斜めになった皿。


それから、うちを見た。


「……いつも、そう」


胸の奥が、ぴくっと鳴った。


「何が」


「神いのものが、こっちまで来る」


部屋が、もっと静かになった。


イスシアの声もしない。


いつもなら、こういう時こそ絶対何か言いそうやのに。


言わん。


それが、余計に嫌やった。


「……何それ」


笑おうとした。

うまくいかへんかった。


「うち、そんな話してへんやん。皿やん。皿の話やん」


「皿やない」


気むうは、そこで初めてまっすぐうちを見た。


目が冷たいんやない。


疲れとる。


それが一番、見たくなかった。


「……全部」


その二文字だけで、何かが床に落ちた気がした。


「全部て何やねん。言わなわからんやろ」


「言ったら、また皿の話になる」


「するかい!」


声が跳ねた。


「何やねんそれ! うちかて気ぃ遣ってるやろ! あんたが黙っとったら心配するし、前に出るし、危なかったら守るし、あの時だって離さへんかったやろ!」


言ってしまった。


気むうの顔が、一瞬だけ動いた。


「うちは姉やねん。姉が前に出るの、当たり前やろ。妹は――」


「もうええ」


気むうは立ち上がった。


声は大きくない。

でも、うちの声より遠くまで届いた。


「……もう、無理」


「気むう」


マイルズが名前を呼んだ。


気むうは返事をせんかった。

本をベッドの上に置く。端を揃える。靴を履く。紐を結ぶ。全部、静かやった。


静かすぎて、こっちが怒鳴りたくなるくらい。


「ちょ、待てや。どこ行くん」


「外」


「外て。今から?」


「うん」


「何しに」


気むうは扉へ向かった。


肩が小さかった。

でも、背中は思ったより遠かった。


「気むう」


「……城に行く」


その声だけ、少しだけ揺れた。


「帰る方法、聞きに行く」


「は? 何それ。今急に?」


「急やない」


取っ手に手がかかる。


「ずっと」


うちは立ち上がりかけた。


でも、立てへんかった。


足がじゃなくて、何か別の場所が止まった。


「……気むう、待てって」


「神い」


振り向かへんまま、気むうが言った。


「何」


間があった。


長くはない。

でも、息を吸うには長すぎた。


「……まさか、“こんな姉”やとは思わんかった」


扉が閉まった。


音は小さかった。


せやのに、部屋の中でいつまでも残った。


うちは閉まった扉を見ていた。


何や今の。


何やったんや、今の。


頭の中で処理しようとして、最初に出てきたんは、腹立つ、やった。


「……は」


笑いみたいな息が漏れた。


「はあ?」


マイルズは何も言わへんかった。


イスシアも、何も言わんかった。


それがまた、最悪やった。


「……そ、そうや。勝手に行けばええやん。外でも城でも薔薇でも、好きなとこ行ったらええわ」


声が少し震えた。

腹が立つ。


「別に。うち、気にしてへんし。ほんまに。あほらし」


ベッドへ倒れ込む。


わざと音を立てたつもりやったのに、思ったより小さい音しか出えへんかった。


背中を扉へ向ける。


皿の匂いが、まだ部屋の隅から来ていた。

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