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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
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皿の匂い

あれから何日か経った。


ギルドでうちがヒミツの実に負けかけて、歌いかけて、妹にしばかれて、結局エクスプロージョンまで撃った、あの日から。


村は普通に続いとった。


犬は洗われるし、荷物は運ばれるし、冒険者は昼から飲むし、うちは通りでたまに「爆裂娘」って呼ばれるようになった。


やめろ。


呼ぶな。


いや、ちょっとだけ気分ええけど、呼ぶな。


あの爆発の話だけは、誰もテーブルの真ん中に置かへんかった。


ギルドの連中は笑う。

ゆみは普通に礼を言う。

フルカフトは黙って周りを見る。

マイルズは板に何か書く。

()むうは、何も言わん。


その何も言わんやつだけが、なぜか部屋までついてきた。


で。


そんな日々の中で、もう一個だけ、うちの人生をじわじわ削っとるものがある。


イスシアや。


赤い薔薇。

意思と決意の薔薇。

由緒正しそうな名前しといて、実態は人の頭の奥に勝手に椅子置いてくつろぐ寄生花や。


『寄生花て。ほんま、礼のない子やねぇ』


「うわ出た」


階段を上りながら、うちは思わず眉を寄せた。


『出た、やないわ。せっかく顔出したったのに』


「三日ぶりくらいやな。新記録ちゃう? そのまま一生更新してくれてもええで」


『小娘の頭ん中に三日もおると、こっちも疲れるんよ。散らかりすぎやもの』


「誰が散らかり頭や」


『あら。自覚ないん?』


うざい。


ほんまにうざい。


声だけは相変わらず妙に艶があって、ぬるっと上から撫でてくる。腹立つのに、消えへん。追い出せへん。しかもこいつ、自分が人の頭ん中にいることを悪いと思ってへん。


悪いどころか、家賃払ってる顔しとる。


『それより、聞きなさいな。さっき、桃の子と黒い子がねぇ』


「何。宇宙終わる系?」


『茶色の子の部屋の前に、水を張った器を置こうとしてたわ』


「……」


『開けたら、ばしゃん。古典的やけど、悪ないやろ?』


「帰れ」


『早いわねぇ』


「青薔薇が壊れて現実が終わりかけとる中で、薔薇ども何しとんねん。会議せえや会議」


『してるわよ。昨日なんか、“次に何を話し合うか”について、たいそう長く話し合ったもの』


「帰れ」


『はいはい。帰るわよ。――まだね』


「……は?」


『何でもないわ』


声の奥で、イスシアが小さく笑った。


『で? 今日は何か面白いこと壊すん?』


「壊さへんわ。毎日壊してたまるか」


『あら、残念』


残念やない。


ほんま何やねんこいつ。


階段を上り切って、外王都村(そとおうとむら)の宿舎へ出る。外王都村の宿舎は、城の一二〇〇号室みたいな「金と薔薇で殴ってきます」感はない。木の床。薄い壁。誰かの足音。下の階から油と煮込みの匂い。


現実寄りすぎる異世界、ほんま疲れる。


『ところで、小娘。うちが見てるの、まだ嫌なん?』


「嫌に決まっとるやろ」


『全部やないわよ。……たぶん』


「たぶん言うな」


言いながら、部屋の扉に手をかける。


……いや。


待て。


こいつ、まさか夜中にうちが何してるかも――


考えるな。


考えたら負けや。


「絶対考えへんからな」


『何を?』


「うるさい」


扉を開けた。


まず、匂いが来た。


古い油。

冷めた肉。

甘辛いタレが乾いたやつ。

それに、何かようわからん生活の負けた匂い。


「……うわ」


部屋の隅に、皿が積んであった。


積んである、いうても綺麗な塔やない。崩れる寸前の敗戦国や。いちばん上の皿が斜めになって、乾いたソースが端で固まっとる。昨日か一昨日かその前か、もうどこの肉やったんか思い出せへん茶色い跡が、こっちを見とった。


誰かが置いて、誰かが洗うのを待っとる顔。


腹立つ顔やった。


部屋には気むうとマイルズがおった。


マイルズは小さい机の上に板を広げて、依頼の報酬と旅費らしき数字を並べとる。しっぽの金輪が、板の端を小さく叩いたり止まったりしとった。


気むうはベッドの端に座って、本を読んでいた。


足元は妙にきちんとしとる。

靴も揃ってる。

毛布も乱れてへん。

あいつの周りだけ、部屋のだらしなさから一歩逃げとるみたいやった。


こっちを見ない。


ページを一枚めくる。


音だけが、やけに薄い。


「ただいまー」


返事はない。


いや、マイルズだけが頭を下げた。


「お戻りでございますか」


「見たらわかるやろ」


「一応でございます」


気むうは本から目を上げへんかった。


……何やねん。


うちはブーツを雑に脱いで、自分のベッドへ倒れ込んだ。外套が肘からずれて、床に落ちかける。見もせんまま、足で引っかけて戻す。


うまい。

この雑さだけは日々成長しとる。


部屋の隅から、またタレの匂いが来た。


「……なあ、気むう」


ページが止まった。


「何」


「皿、いつ洗うん?」


気むうは、ほんの少しだけ目を上げた。


うちやなくて、皿を見た。


それから、また本へ戻る。


「……自分で洗えば」


「は?」


疲れとタレの匂いが、変な方向に声を押し上げた。


「いやいやいや。何その返し。皿やで? 山越えろ言うてるんちゃうで?」


「皿やから、自分で洗えば」


「いや、せやけどさあ」


うちは上半身だけ起こした。


「このまま置いといたら、部屋がベーコンの墓場になるやん。あの匂い、もう自我持ちかけとるで」


「なら、早く洗えば」


「誰が?」


(かみ)いが」


「うち?」


「うん」


即答やった。


即答すな。


「ちょっと待てや。うち、今日も外で荷物運んで、犬洗いの手伝いして、ついでに知らんおっさんに“カブームの子や”って呼ばれて心削られて帰ってきたんやぞ?」


「私も働いた」


「知ってるけど!」


「じゃあ、知ってるだけ」


マイルズのしっぽが、板の端で一度止まった。


気むうは本に栞を挟んだ。

ゆっくり。

やけに丁寧に。


その丁寧さが、何か嫌やった。

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