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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
56/60

運だけ貸せ

「……チュチュ部隊?」


うちは床の上で、ぽかんと口を開けた。


「立てるか」


フルカフトが、もう立っていた。


顔が違う。

さっきまでの酒場の顔やない。

獣の前の顔。


「立てる!」


うちは勢いよく言うた。


立てなかった。


「却下だ」


フルカフトは迷わずうちを抱え上げた。


「うわっ、ちょ、荷物扱いすな!」


「今のお前は荷物より危ない」


「おい〜〜〜!!」


「行くぞ」


マイルズがすでに宙に浮いていた。しっぽの金輪が小さく鳴る。


(かみ)い様の魔法行使は避けるべきです。反応速度、平衡感覚、エネルジアの外縁、すべて乱れております」


「避けへん! うちは今、燃えとる!」


「燃えているのは顔でございます」


()むうがロストティーを置き、短く息を吐いた。


「……行く」


「気むう様、後衛を」


「わかってる」


ゆみも、腰の爪を引き抜いた。


「私も行く」


「ゆみ様、あなたは――」


マイルズが止めかける。


ゆみは笑った。

さっきまでのウェイトレスの笑顔やない。あの腹の中から戻ってきた子の顔やった。


「助けは助け。ネコイタイ家の第一ルール」


「……その家、だいぶ危ないな」


うちがフルカフトの腕の中で言うと、ゆみはにっと笑った。


「神いさんよりは安全だよ」


「黙れぇ」


外へ飛び出す。


夜の外王都村(そとおうとむら)は、酒と油の匂いの上から、警報の赤だけをぶちまけられとった。


メインゲートの方から、地面を叩く音が来る。


どん。

どん。

どどん。


足音やない。

太鼓みたいな質量。


階段街の向こうから、人が逃げてくる。獣人、魔導士族(まどうしぞく)、魚っぽい商人、角のある子ども。みんな同じ方向へ流れてくる。その奥で、巨大な影が揺れた。


ラノイド。


でかいカエルどもが、またおった。


しかも、前より数が多い。


その横に、さらにでかい黒い塊。


ゴリラ。

いや、ゴリラっぽい何か。


肩が岩みたいで、腕が丸太みたいで、顔だけやたら真剣。

なのに全員、腰にピンクのチュチュを巻いとる。


「……最悪や」


気むうが小さく言った。


その瞬間、ゴリロイドたちが一斉に腕を上げた。


「ウッ! ウッ! ウッ! ウッ!」


音が揃う。


揃いすぎてる。


誰が出してるのかわからんリズムが、通り全体を叩いてくる。カエルどもも、その横でぬるぬる跳ねながら、同じテンポで足を踏む。


通りの端にあった果物屋の屋台が、ゴリロイドの腕に引っかかった。


ばきゃっ。


木箱が飛ぶ。

丸い果実が石畳に散る。

逃げ遅れた小さい角の子が、母親に腕を引かれて転びかけた。


笑えへん。


いや、絵面だけならちょっと笑える。

でも、笑ったら次の一歩で誰か潰れるタイプや。


「非知性種の動きではございません」


マイルズの声が低い。


「同期している」


フルカフトが言う。


気むうの指先が、白く光りかけた。


うちはフルカフトの肩越しに、その群れを見た。


カエル。

またカエル。

あの腹の中。

ゆみの顔。

ありがとう。

気むうの手。

うちが何もできへんかった場所。


胸の奥で、何かがばちんと切れた。


「下ろせ」


「無理だ」


「下ろせって」


「お前は立てん」


「立てる」


「嘘だ」


「フルカフト」


自分でも、声が変わったのがわかった。


「うちがやる」


マイルズが振り向いた。


「神い様、今の状態でFINAL SPELLは危険です。出力以前に、保持が乱れております」


「やる」


「聞きなさい。ヒミツの実の反応が通常ではございません。さらに現在、外部干渉の可能性が――」


「黙れやボケ!!」


声が、夜の通りに跳ねた。


何人かの冒険者がこっちを見る。


誰かが言うた。


「爆裂娘だ」


別の誰かが、続ける。


「あの赤い子か」

「カブームの嬢ちゃん!」

「やれんのか!?」


やれるかどうかなんか知らん。


でも、やらなあかん顔だけはできた。


「カエルの時、うちは足りへんかった」


言葉が勝手に出る。


「今も足りへんかもしれん。頭も足もぐちゃぐちゃやし、さっき妹にしばかれたし、飲み物にも負けとる」


「自覚はあるんですね」


マイルズが硬い声で言う。


「あるわ! あるけど!」


うちはフルカフトの腕から身をよじった。


「ゆみの前で、もう一回カエルに負けるんは嫌やねん!!」


その瞬間、フルカフトの腕の力が一瞬だけ緩んだ。


目が合う。


獣の目。

静かで、重い。


前の方で、木の柵が折れる音がした。

ラノイドの一匹が、避難路に横から入り込もうとしている。

高ランクらしい冒険者たちは、まだ門の向こう側で散った群れを抑えとる。こっちの通りは、今、薄い。


フルカフトの視線が、群れと、路地と、逃げる人の流れを一瞬で測った。


「……一発だけだ」


「……フルカフト様!?」


マイルズが叫ぶ。


「密集している。今なら通りの奥へ抜ける角度がある。待てば散る。散れば、住民を巻き込む」


フルカフトの声は低い。


「だが外せば終わりだ」


「外さへん」


「今のお前は信用できん」


「信用せんでええ」


うちは笑った。


たぶん、ひどい顔やった。


「運だけ貸せ」


フルカフトは短く息を吐くと、うちを石畳へ下ろした。


次の瞬間、その身体が白い光に包まれる。

服も輪郭もほどけて、巨大な白虎(びゃっこ)が石畳を踏みしめた。


空気が震える。


「全員退避!! 通りを空けろ!!」


白虎の声が吠えた。


冒険者たちが左右へ散る。

ゆみが一瞬こっちを見た。心配そうな顔やった。でも、すぐに気むうの横へ下がって、爪を構える。


気むうはうちを見ていた。


何も言わん。


うちは足元を踏みしめた。

足がぐらつく。

世界もぐらつく。

でも、手だけは前へ出た。


エネルジアが寄ってくる。


いつもより遅い。

いや、速い?

違う。

気持ち悪い。


指先の外で、赤いものが揺れる。

火になる前の、名前のない熱。


胸の奥で、イスシアが笑った気がした。


『……ひどい顔やねぇ』


うるさい。


「燃えろ」


声が出る。


いつもの詠唱を思い出そうとした。

でも、ヒミツの実が頭の棚を全部ひっくり返したせいで、言葉が変な順番で転がってくる。


「燃えろ……叫べ……天の、そこ……底まで」


マイルズが何か叫んでる。

聞こえへん。


「炎は、うちの心や」


笑いそうになった。


何やそれ。

めちゃくちゃや。

でも、元はそれやった気がする。


「爆炎は……うちの名前や」


赤が集まる。


通りの奥で、ラノイドが跳ねた。

ゴリロイドのチュチュが、ばさっと揺れた。


馬鹿みたいな悪夢。

馬鹿みたいなくせに、こっちへ来る。


終わらせる。


「この一撃は……逃れぬ、うんめ……運命。拒めぬ、しん……審判」


白虎が横を駆け抜ける。


「退けえええええええええ!!!!」


フルカフトの吠え声で、最後の冒険者が道から転がるように逃げた。


うちは腕を上げる。


視界の端で、気むうが息を止めるのが見えた。


「時空を……焼き尽くす。破壊の……ごう、号砲」


赤い文字みたいな光が、空中で砕ける。


「█▓▒░ FINAL SPELL No.646 ░▒▓█」


「エクスプロォォォ……ジョン!!!!」


KKKAAAAAABOOOOOOOOOMMMM!!!!!


爆炎が、夜の通りを食った。


音が遅れて来る。

いや、先に来たのかもしれん。

わからん。


空気が潰れて、石畳が悲鳴を上げて、熱が顔の皮膚を一枚めくりそうになる。

ラノイドの群れも、ゴリロイドのチュチュも、リズムも、全部まとめて赤に呑まれた。


その瞬間。


見えた。


火の玉の輪郭が、一回だけ割れた。


卵の殻みたいに。

画面の端が欠けるみたいに。

本来丸いはずの爆炎が、ぐにゃっと裂けて、次の瞬間、ありえへん速度で膨らんだ。


うちの手から出たはずの火が、うちの指を置いていく。


あ。


これ、うちやない。


そう思った時には、もう遅かった。


爆炎が消える。


通りは、黒かった。


ラノイドも、ゴリロイドも、チュチュも、音楽も、残っとらん。

灰すら、風に遅れて散るだけやった。


ギルドの前も、階段の壁も、空気の色まで、煤をかぶっとる。


誰も、すぐには声を出さんかった。


うちは一歩、前に出ようとした。


足がなかった。


いや、ある。

あるけど、命令を聞く気がない。


視界がぐらっと傾く。


「……あ」


倒れる。


石畳に顔から行く、と思った。


その前に、白い毛と温かい牙の間に、身体がふわっと受け止められた。


フルカフトやった。


白虎の顎が、うちの襟元をそっと咥えていた。

噛んではいない。

落とさんように、そっと。


「……神い」


気むうの声が遠い。


返事しようとしたけど、舌がもう仕事を辞めとった。


フルカフトは、うちを道の端へゆっくり横たえた。

その横で、マイルズが爆心地を見たまま固まっている。


「……今のは」


マイルズの声が低い。


「通常のエクスプロージョンではございません」


「見えたか」


フルカフトが人の姿へ戻りながら言う。

肩で息をしていた。


「途中で、割れた」


気むうが言う。


短い。

でも、その一言で、空気がまた冷えた。


フルカフトは頷いた。


「最初は神いの火だった。だが途中で、輪郭が崩れた。広がり方も速すぎる。あれは、本人の制御じゃない」


「レンダリング……」


マイルズが、そこで言葉を止めた。


最後まで言わんかった。


言わんでも、わかった。


ゆみが、うちのそばに膝をついた。


「神いさん……?」


手が、うちの肩に触れる。

さっきまで笑ってた手が、今は震えとる。


大丈夫や、と言いたかった。


でも、声は出えへん。


その代わり、ギルドの方から別の声が上がった。


「……やった」


誰かが言う。


「やりやがった……!」


次の瞬間。


「カミィィィィィィィィィ!!!」


歓声が爆発した。


「爆裂娘ぇぇぇぇ!!」

「カブーーーム!!」

「赤い嬢ちゃん、最高だぞ!!」


冒険者たちが走ってくる。

誰かがうちを抱え上げようとして、フルカフトに低く睨まれて、慌てて手を引っ込める。

それでも声だけは止まらへん。


うちの名前が、煤だらけの通りに何度も跳ねる。


神い。

カミィ。

爆裂娘。


勝手に増えていく。


気むうは、その声の中で、爆心地を見ていた。


笑ってへん。


マイルズも。

フルカフトも。

ゆみも。


みんな、歓声の方やなくて、黒く焼けた通りの真ん中を見とった。


うちはその横で、目を閉じることもできずに、ぼんやり思った。


ああ。


また、何かやってもうたんやな。


そのへんまで考えて、ようやく意識が切れた。

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