静かにしろ
ゆみが、向かい側で両手を胸の前に置いたまま、目をうるうるさせていた。
「え、何。ちょっと泣きそうなんやけど」
「泣くな! うちの惨状で感動すな!」
「だって、姉妹っていいなって……」
「今の見てその感想出るん、だいぶ心が強いな!」
マイルズが板を閉じた。
「神い様、そろそろ本格的に休ませたほうが」
「同感だ」
フルカフトが立ち上がりかけた、その時やった。
隣のテーブルから、誰かが手を叩いた。
ぱん、ぱん。
「いいぞ、赤い嬢ちゃん!」
「何が!?」
別の席からも笑い声が上がる。
「この前の爆裂の子だろ?」
「おお、あの犬洗いの」
「犬洗いちゃうわ!」
何でそこ混ざっとんねん。
「一曲やれよ!」
誰かが言った。
「やらん!」
言ったのに、ゆみがなぜか目を輝かせた。
「神いさん、歌うの?」
「ゆみ様」
マイルズの声が硬くなる。
「それは最も避けるべき選択肢でございます」
「え、でも、楽しそう」
「楽しさと安全は別でございます」
フルカフトも低く言う。
「ゆみ。やめておけ」
気むうは、うちの襟元を掴んだまま言った。
「歌ったら、置いていく」
でも、ギルドの何人かがもう勝手に手拍子を始めとる。
ぱん、ぱん、ぱん。
空気が悪い方向へ温まっていく。
温まった空気に、うちの頭が乗った。
あかん。
乗るな。
乗るなよ、うち。
うちは立ち上がった。
「乗ったあああああ!!」
「自分で言うな!」
誰かが笑う。
うちはテーブルに手をついて、ぐらっと揺れながら胸を張った。
気むうが慌てて袖を掴む。
「落ちる」
「落ちへん! うちは今、舞台に選ばれし赤髪や!」
「床に選ばれそう」
「黙れ、冷静妹!」
ゆみが、どこからか小さい拡声石みたいなんを持ってきた。
「これ使う?」
「ゆみろおおおおおおお!!」
マイルズ、フルカフト、気むうの声が綺麗に重なった。
ギルドが一瞬だけ静かになった。
うちは、その沈黙の中で拡声石を受け取った。
「……聞けぇ」
「神い」
気むうの声が、もう笑えへん温度になっていた。
でも、口は止まらん。
「カエルの時ぃぃ……うちはぁぁ……負けかけたぁぁ……」
変な節がついた。
最悪や。
「今日のうちはぁぁ……ヒミツを飲んでぇぇ……」
どこからか、誰かが「おおー」と乗ってきた。
「明日のうちはぁぁ……たぶん怒られるぅぅ……」
笑いが起きた。
「でもぉぉ……でもなぁぁ……」
急に、喉が詰まる。
何言おうとしたんやっけ。
ゆみ。
気むう。
カエル。
ありがとう。
置いてかんといて。
強くなりたい。
見ててほしい。
見んといてほしい。
全部がぐちゃぐちゃに詰まって、変な歌になりかけた。
気むうの指が、うちの袖をぎゅっと掴んだ。
白くなるくらい。
それから、すっと離れた。
その瞬間。
パァンッ。
頬に音が走った。
痛みは一瞬遅れて来た。
ギルド全体が、真空みたいに静まる。
気むうが、うちの目の前に立っとった。
手を振り下ろしたまま。
顔は白い。
目だけが、冷たいというより、もう限界に近かった。
「……静かにしろ」
低い声やった。
大声やない。
でも、ギルドの端まで届いた。
頬が熱い。
頭がぐらぐらする。
でも、その声だけは、変にまっすぐ刺さった。
「……へ」
笑おうとした。
失敗した。
足元がふわっと抜けて、うちはその場に座り込んだ。
「……きむぅ……」
「もういい」
気むうはそれだけ言うて、うちの前にしゃがみかけた。
その瞬間や。
ギルドの奥で、赤い光が弾けた。
耳を突き破るような警報が鳴る。
『冒険者全員に告ぐ!! 本村メインゲートより、ラノイド群体侵入!!』
空気が一気に変わった。
笑いが消える。
椅子が鳴る。
ジョッキが倒れる。
依頼札の前にいた連中が、一斉に顔を上げる。
『さらに、ゴリロイド・チュチュ部隊を確認!! 高ランク冒険者は至急、迎撃に向かえ!! 繰り返す!!』




