置いてかんといて
マイルズがしっぽで板を引き寄せる。
「ゆみ様、通常、ヒミツの実はこの速度で反応が出るものですか」
「え? うーん……一気に飲んだら、ふわっとする人はいるけど……ここまで早いのは、あんまり」
「あんまり、で済ませてええ顔ちゃうぞ」
フルカフトが言う。
「え、えっと……ごめん、神いさん。もしかして、強かった?」
ゆみの耳が少し伏せる。
「ちゃうちゃうちゃう!」
うちは両手をぶんぶん振った。
「ゆみは悪くない! 悪いのは……えーと……世界! 世界と、あと瓶! あと、うちの吸収力! うちが強すぎるんや! 体が“うまい”を受け止めすぎた!」
その時、隣の席の角生えたおっさんがこっちを見て笑った。
「嬢ちゃん、いい飲みっぷりだな」
「見世物ちゃうぞ!」
言いながら、ちょっと胸を張った。
見られとる。
なんか、見られとる。
嫌や。
でも、嫌やない。
意味わからん。
「うちはなぁ」
口が勝手に動いた。
「カエルの腹の中に突っ込んだ女やぞ。ヒミツの実くらいで負けるわけないやろが」
「神い」
気むうの声が低くなった。
「その話、今しない」
「する」
自分でもびっくりするくらい、すぐ言うた。
「するわ。だってな、ゆみはありがとうって言うけど、うちは別に、ちゃんと助けたわけちゃうし。フルカフトが強くて、気むうがちゃんとしてて、マイルズがなんか……毛玉なりに見てて」
「毛玉なりに」
マイルズが小さく繰り返す。
「うちは突っ込んで、ビビって、ぐちゃぐちゃになって、それでも何かした顔しとるだけやん」
言った瞬間、テーブルが静かになった。
あ。
今の、出したらあかんやつやったかもしれん。
でも、もう遅い。
口の鍵はさっき、瓶に溶けた。
ゆみが、少しだけ目を丸くした。
「神いさん……」
「やから、お礼とか、まっすぐ渡すな。刺さるやろ。優しい顔で刺してくんな。こっちは避け方わからんねん」
「……ごめん」
「謝るな!」
声が思ったより大きく出た。
ギルドの何人かがこっちを見る。
「謝られたら、うちが悪者みたいになるやんけ! 違うねん。ゆみは悪くない。うちも……たぶん悪くない。カエルが悪い。カエルと、あの変な踊りが悪い。あと世界。あと、たぶん青い薔薇。知らんけど!」
「知らないものまで入れない」
気むうが言う。
「入れる! 責任は広めに取っといたほうがええ!」
フルカフトが目を細めた。
「酔っているな」
「酔ってへん! アルコールちゃうし!」
「状態の話だ」
「状態なら常に最悪や!」
「威張るな」
うちは、ゆみの装備をもう一回見て、口だけ先に動かした。
「ていうか、ゆみのその装備見て変な目ぇするやつおったら、うちがまとめて処理したるからな」
「えっ」
ゆみが固まる。
「まず名簿作るやろ。見る角度がキモかった順に並べる。ほんで全員、逆さ吊りで反省文や。一枚書くごとに鈴を一個ずつ増やす。最後は村の外周を全裸……は、あかんか。じゃあ半裸でええわ。いや、半裸もあかんか。ほな顔だけ隠してパレードや。タマには特大の鈴。歩くたびにリンリン鳴る。二度と悪いこと考えられへん身体にしたる」
ギルドが一拍、沈黙した。
自分でも思った。
何言うた今。
「……神い様」
マイルズの声が、さっきより半段だけ硬くなる。
「その案は提出しないでください」
「提出する予定ないわ! 頭の中から漏れただけや!」
「漏れてはいけないものが漏れております」
ゆみは、真っ赤になったまま、耳まで伏せていた。
「え、えっと……守ってくれるのは、嬉しい……かな?」
「せやろ!」
「でも、鈴はちょっと……」
「そこ!?」
気むうがロストティーを置いた。
「もう、やめたほうがいい」
「……大丈夫やって」
うちは笑おうとした。
「うち、ちゃんと……ちゃんとしとるし」
「してない」
即答。
「してる。見て。ほら。座れてる」
「椅子に負けかけてる」
「椅子が強いねん」
「神い」
気むうの声が、もう一段低くなる。
「飲まないで」
その言い方が、なんか嫌やった。
命令やない。
お願いに近い。
せやのに、こっちを縛る。
嫌や。
見られたくない。
止められたくない。
でも、見ててほしい。
止めてほしい。
面倒くさいな、うち。
「……気むう」
名前を呼んだら、急に胸の奥がぐにゃっとした。
「……何」
「気むう」
もう一回。
今度は声が変なふうに伸びた。
「きむぅぅ……」
「やめて」
「やめへん」
椅子からずるっと降りた。
いや、降りたというより、重力に負けた。床へ膝がついて、でも痛みがちょっと遠い。うちはそのまま横の気むうにしがみついた。
「ちょ、重い」
「妹ぉぉぉ……」
「声」
「置いてかんといてぇ……」
言った瞬間、自分でも止まった。
テーブルも止まった。
気むうの肩が、指の下で固まった。
「……神い」
「置いてかんといて」
もう一回出た。
今度は小さく出すつもりやったのに、喉が勝手に震えた。
「うち、離さへんかったやろ。あん時も、離さへんかったやろ。やから、気むうも……勝手にどっか行かんといて。静かに、遠くなんな。うちの知らんとこで、平気な顔して、消えんといて」
頭の中のまともな部分が、遅れて手ぇ伸ばしてきたけど、もう全部床にこぼれとった。
気むうは何も言わんかった。
何も言わずに、うちの肩へ手を置いた。
押し返すわけでも、抱き返すわけでもない。
ただ、そこに置いた。
それだけで、喉の奥がまた変になった。
「……きむぅ」
「……いる」
小さい声やった。
でも、聞こえた。
「いるから、離れて」
「いやや」
「重い」
「いやや」
「鼻、つく」
「鼻も家族やろ」
「違う」




