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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
53/60

瓶が言わせた


……


「……あかん」


うちは瓶を両手で持ったまま、深刻な顔で言うた。


「これ、あかんやつや」


「おいしいって意味だよね?」


ゆみが、ぱっと嬉しそうに笑う。


「おいしいで済ませたら、これに失礼やろ。何これ。舌の上で祭り始まっとる。屋台出とる。知らん果物が法被着て踊っとる」


「よかった〜」


「よくない。うますぎる飲み物は、だいたい人生を狂わせるんや」


「もう少し飲む?」


「飲む」


即答してから、うちは一回だけ瓶を見た。


「……いや、違う。今のはうちやない。瓶が言わせた」


「責任転嫁が早い」


()むうが、ロストティーの瓶を両手で持ったまま言うた。


「うるさい。うちとこの瓶は今、信頼関係を築いとる途中や」


もう一口。


冷たい甘さが喉を落ちた瞬間、胸の奥の変な重さが、少しだけふわっと浮いた。


……浮いた、気がした。


軽い。


身体が軽いんやなくて、口の鍵が軽い。頭の中で普段ならギリギリ引っかかる柵みたいなんが、一本ずつ、ぽこん、ぽこん、と外れていく感じがする。


やばい。


せやけど、うまい。


やばいとうまいが同じ方向向いて走ってくる飲み物、法律でどうにかしたほうがええ。


「飲みすぎないでね、(かみ)いさん」


ゆみが少し心配そうに言う。


「大丈夫や。うち、自制心あるし」


気むうがこっちを見た。


「どこに」


「心の奥の、ほら、あのへん」


「ない」


「探せや!」


マイルズが、ビアーズのジョッキを置いた。


「吸収が少々早いように見受けられます。神い様、ひとまず瓶を置かれては」


「出た。毛玉の“楽しいもの取り上げる係”」


「職務ではございません。危険管理でございます」


「同じ顔しとる」


「同じではございません」


フルカフトが低く笑った。


「顔はないに等しいがな」


「フルカフト様」


「冗談だ」


「冗談の精度が粗いのでございます」


何やこの大人二匹。

ビアーズ入った途端、ちょっとだけ会話が柔らかくなっとるやん。

大人ってずるいわ。


その時、カウンターの方から誰かがゆみを呼んだ。ゆみは「あ、はーい」と返事して、トレーを胸元へ抱え直す。


「ちょっと片づけてくるね。それと、私もうすぐ上がりだから、あとで戻ってきてもいい?」


「上がり?」


「ウェイトレスのシフト終わり〜」


「異世界にもシフトあるんや……」


「あるよ。働かないとごはん食べられないもん」


ゆみは尻尾をぴんと揺らして、にこっと笑った。


「すぐ戻るね」


白いフリルが人のあいだへ消えていく。


うちはその背中を見送って、また瓶を一口やった。


「……神い」


「何」


「速度」


「飲み物に速度制限つけんなや」


「顔、赤い」


「うちの顔は昔から情熱的や」


「今は危険物っぽい」


「妹の表現が冷たい!」


せやけど、気むうはロストティーを飲んだあと、瓶の縁から視線だけうちに残しとった。


見とる。


心配、というより、確認。

こいつは今どこまで壊れとるんか、みたいな目。


腹立つ。

でも、その目ぇがあると、ちょっとだけ安心するのも腹立つ。


「お待たせ〜」


声が戻ってきた。


顔を上げた瞬間、うちの頭の中で何かが派手に転んだ。


ゆみやった。


さっきまでのメイド服やない。


黒い硬そうな胸当て。白い縁取り。肩と腹は思いきり出とるのに、急所だけはちゃんと守っとる。腰まわりも軽い。布やなくて、動くために削った装備。太ももも腕も出とる。せやのに、恥ずかしいより先に、速そうやった。


ブーツは高い。爪先が少しだけ獣みたいに尖っとる。膝から下だけで「跳ぶで」と言うとる。


腰には短い爪みたいな武器。

指先にも、隠し爪。


メイドやない。


猫や。


いや、猫耳メイドやったのが、急に猫耳戦闘職になっとる。

意味がわからん。

意味がわからんのに、似合いすぎとる。


腹立つ。


「……は?」


うちは瓶を持ったまま固まった。


「どうしたの?」


ゆみが首をかしげる。

そのせいで、黒い耳がちょこんと揺れた。


脳みそが終わった。


「……ナイスおっぱい、ゆみ」


空気が止まった。


ゆみの笑顔も止まった。


「えっ」


「あと脚もずるい」


「えっ!?」


「ちゃうねん」


出た瞬間、自分でも思った。ちゃうねん。いや、ちゃうことはないけど、ちゃうねん。


「これは違うねん。装備の話や。戦闘職としての重心と防御面積と、あと、その、全体の……殴ってくる感じがすごい。胸も脚も武器みたいな顔しとる。ずるい。うちもそれ欲しい」


「神い」


気むうの声が横から落ちた。


「最低」


「待て待て待て! 今のは総合評価や! 総合的にナイスという意味で!」


「胸って言った」


「胸部装甲!」


「脚も言った」


「脚部機動力!」


「言い直しても遅い」


ゆみは両腕で胸元を押さえたまま、顔を真っ赤にしてた。

けど、怒ってるというより、びっくりしてる顔やった。あと、ちょっと笑いそうな顔。


「……神いさん、ヒミツの実、効くの早いね?」


「効いてへん。うちは今、装備研究の鬼や」


「鬼は胸部装甲とか言わない」


「じゃあ何て言うねん」


「言わない」


マイルズが、ゆみとうちの瓶を交互に見た。


「やはり通常より反応が早いですね」


フルカフトはジョッキを置いて、こっちを見た。


「神い。水を飲め」


「水ぅ? 今うちの舌は祭り会場やぞ。水かけたら暴動起きるやろ」


「起きているのはお前だ」


ゆみはまだ少し赤い顔のまま、手に持っていた小さな袋をテーブルに置いた。


「えっと……これ、持ってきたの」


「何」


「ヒミツの実。小瓶じゃ足りないかなって。中瓶、何本か。みんなで飲めるし」


袋の中から、虹色の瓶が数本のぞいた。


さっきのより少し大きい。

光り方も、なんか調子乗っとる。


「いやいやいやいや」


うちは両手を前に出した。


「それはあかん。これは、うちの人生を狂わせる味しとる。追加は普通に危ない」


「でも」


ゆみは、袋を持ったまま、少しだけ目を伏せた。


「あの戦いのこと、ちゃんとお礼したかったから」


その一言で、胃の奥が変な形になった。


「神いさん、助けに来てくれたでしょ。怖かったけど、来てくれたの、嬉しかった」


「……いや」


喉が詰まった。


うちはテーブルの木目を見た。

またや。

この木目、今日めちゃくちゃ忙しいな。


「うちは、別に。勝手に突っ込んだだけで」


「それでも」


ゆみの手が、うちの手に重なった。


猫の手やのに、ちゃんと戦った手やった。

爪の付け根に小さい傷が残っとる。


「ありがとう」


「……っ」


うちは顔を上げられへんかった。


助けた。

助けに行った。

でも、助けきれてへん。


あの胃袋の中のことを思い出した瞬間、さっきまで舌の上で踊っとった祭りが、遠くで急に太鼓だけ鳴らし始めた。


「……ほな」


うちは、ゆみの袋から中瓶を一本引っ張り出した。


「もらうわ」


「うん!」


「お礼やからな。お礼を断ったら、なんか……こっちが負けたみたいになるからな」


「勝ち負け?」


「あるんや。うちの中には」


「ややこしいね、神いさん」


「生き方がな」


マイルズが小さく息を吐いた。


「神い様、一口ずつでお願いいたします」


「はいはい」


ぐびっ。


「……神い様。一口とは何を指しておいでですか」


「うまいからしゃーない」


「しゃーなくありません」


二口目。


ゆみの耳が、ほんの少し下がった。


「……やっぱり、多かったかな」


「多くない!」


うちは即答した。


「一回くらいなら誤差や!」


「一分以内に三回目でございます」


マイルズが言う。


喉を落ちた瞬間、床が少し遠なった。

椅子はちゃんとある。足もある。たぶん。せやけど、頭の中だけ一段高いところへ上がったみたいになる。


声が近い。

光も近い。

ゆみの耳も、気むうの睫毛も、マイルズのしっぽの輪っかも、フルカフトの腕の毛並みも、全部いちいち情報量多い。


「……世界、音でか」


「神い?」


気むうが、ほんの少しだけ身を寄せた。


「大丈夫」


うちは言うた。


「大丈夫や。うちは、めっちゃ大丈夫や。大丈夫の親玉や。大丈夫界のラスボスや」


「だめそう」


「判断早すぎん?」


ゆみが口元に手を当てて、くすっと笑う。


「神いさん、かわいい」


「かわいい!?」


うちは思わず立ちかけて、椅子に引っかかって、また座った。


「ちゃうやろ! うちはかわいい枠やなくて、爆裂枠や! もっとこう、危険で、赤くて、近づいたら髪焦げる感じの……!」


「髪はもう赤い」


気むうが言う。


「せやから説得力あるやろ!」


フルカフトが、ゆっくりジョッキを置いた。


「本当に水を飲ませろ」


「同感でございます」

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