ヒミツの実やん
気むうはそれ以上何も言わへんかった。
こういう静かさの時、あいつはたぶん何か見とる。
たぶん。
知らんけど。
見られたら困るから、うちはカードをさっさと引ったくった。
カードをしまったところで、マイルズが板を開いた。
「基本陣形を確認いたします」
「会議したん? うち抜きで?」
「神い様が街の外で家屋一棟を爆破しておられた時間帯に」
「そこだけ正確に記録すな」
「事実でございます」
腹立つ。
言い返せへんのが一番腹立つ。
マイルズは、板に書いた線をしっぽの先で示した。
「神い様とフルカフト様が前。気むう様と私が後ろです」
「雑に言うな」
「詳細に申しますと長くなります」
「雑でええわ」
フルカフトが頷く。
「お前が暴れて、俺が止める。気むうが崩して、マイルズが見る」
「うわ、急にちゃんとしてる」
「ちゃんとしていないと死ぬ」
「正論で殴るなや」
気むうがぽつりと言う。
「……私は、後ろでいい」
気むうは線を見たままやった。
それ以上の顔にも見えたけど、そこ掘ったら何か出そうやった。
掘らん。
「……まあ」
うちは鼻を鳴らした。
「フルカフトが前なら、盾くらいにはなるやろ」
「盾扱いか」
「虎やし。でかいし。毛あるし。ほぼ高級盾やん」
「高級盾は走らない」
「走る盾、便利やろ」
フルカフトがため息をついた。
ちょうどよかった。
うちは立ち上がって、向かい側へ回り、フルカフトの頭をぽんぽん叩いた。
「よしよし。前衛の大きい猫科、今日も荷物持ち頑張ろなあ」
「俺は猫ではない」
「細かいなあ。広義のもふもふやん」
「広義にするな」
気むうの鼻から、ほんの小さい息が抜けた。
「笑ったな」
「毛の暴力」
「感想が雑!」
その時やった。
「こんばんは〜。みなさん、今日もお疲れさまです〜」
やわらかい声が、テーブルの横に来た。
ゆみやった。
猫耳、細い尻尾、白いフリルのメイド服。
黒い布の下から硬そうなブーツがのぞいて、腰には爪みたいな短い道具が下がっとる。
可愛い。
腹立つくらい、可愛い。
でも、足だけは普通に冒険者やった。
細いのに、足は跳ぶための形をしとる。
笑っとるのに、耳だけ周りの音を拾っとる。
そのせいで、余計に目ぇ合わせづらかった。
「おお、ゆみ様。お疲れさまでございます」
マイルズが体を傾ける。
「ゆみ。もう働いて大丈夫なのか」
フルカフトが聞く。
「うん。今日は短めだから大丈夫。心配してくれてありがとう、フルカフトさん。それと……この前は、本当にありがとう。神いさんも、助けに来てくれて、嬉しかった」
ゆみは普通に笑っとった。
それが一番あかんかった。
ゆみの目が、こっちに来た。
「……っ」
喉の奥が、変な音を出しかけた。
うちは、とっさにテーブルの木目を見た。
めちゃくちゃ大事な情報みたいに。
「べ、別に。うちは勝手に突っ込んだだけやし」
「それでも、ありがとう」
「二回言わんでええねん」
声がちょっと荒くなった。
自分でもわかった。
ゆみは怒らへん。
ただ、また普通に笑う。
ほんま、やめてほしい。
優しい顔のほうが刺さる時あるやろ。
助けたことにされるんが、なんか違う。
助けきれてへん場所だけ、腹の底に残っとる。
「神いさん?」
ゆみが首をかしげる。
「……な、何」
「今日、何飲む?」
接客に戻るの早すぎやろ。
フルカフトが先に手を上げた。
「俺はビアーズ」
「はーい。ビアーズですね」
「では私も」
マイルズも続いた。
「毛玉も飲むんか」
「勤務外でございます」
要するにこっちのビールらしい。異世界、そこは裏切らんのやな。
「仕事終わりには要る」
フルカフトが少しだけ笑う。
「人生の真理みたいに言うなや」
気むうは、メニューも見ずに言った。
「……ロストティー」
宿舎のテレビで見た、あの地味なやつや。
「あるよ〜。冷たいのでいい?」
「……うん。ありがとう」
気むうはボトルも来てへんのに、少しだけ指の力を抜いた。
「で、神いさんは?」
「……何あるん?」
「ビアーズ、青ウィスキー、ロストティー、ファンティア、果実リキュールいろいろ、あと元気系のソーダもあるよ」
「待て。今、酒混じっとったやろ」
「うん」
「うん、やない。うち、二十歳まで酒あかん世界の人間やぞ」
「にじゅっさい?」
「地球ルールや。大人は飲める、子供はあかん。ざっくりな」
マイルズがしっぽで板の端を軽く叩いた。
「年齢だけで決めるのでございますか」
「だいたいそうや」
「こちらでは難しいですね。種族ごとに体の作りも毒の効き方も違いますので」
「もう怖い。止まれ」
マイルズは素直に口を閉じた。
フルカフトは肩をすくめる。
「飲めないなら、飲めないと言えばいい。無理に飲ませる店は潰れる」
「シンプルで怖い」
ゆみはそこで、ぱっと顔を明るくした。
「あ、じゃあ神いさんには、これがいいかも」
「何」
ゆみが少しだけ身を寄せる。
猫耳が近い。
声も近い。
「アルコールは入ってないのに、ちょっとふわっとして、元気も出て、すっごく人気なの。ヒミツの実」
「……名前がもう怪しい」
「怪しくないよ。フロワルでは定番だもん。この店でも一番出るやつだし、初めて来た人にもよくおすすめするし」
ゆみがカウンターの奥を指さす。
そこには、同じラベルの瓶が箱ごと積まれとった。
隣のテーブルでも、羽の生えた兄ちゃんが普通に一本開けとる。
多すぎるな。
隠す気ないヒミツやん。
「定番でその名前なん」
「うん。みんな好き」
「みんな好き、が一番信用ならん時あるで」
ゆみはにこっと笑う。
悪意ゼロ。
ほんまに、ただ親切に勧めとる顔やった。
それがまた、逃げづらい。
「……べ、別に。そこまで言うなら。試すくらいは、してもええけど」
「決まりっ」
ゆみの尻尾が、嬉しそうにぴこっと跳ねた。
「ビアーズ二つ、ロストティー一つ、ヒミツの実一つ。すぐ持ってくるね〜」
ゆみがカウンターへ戻っていく。
白いエプロンと黒い尻尾の下で、硬いブーツのかかとが鳴る。
カエルの時を知っとる足や。
「……見すぎ」
気むうが言う。
「見てへんわ。装備シナジーの確認や」
「メイド服の?」
「戦闘職が接客衣装を着た時の実用性について」
「ない」
返事はせんかった。
ゆみはすぐ戻ってきた。
トレーの上には、色の違うボトルとジョッキが並んどる。
まず、金属のジョッキが二つ。
泡の下に、太い文字で刻まれたビアーズ。
横には飾り文字でBeerZ。
最後のZだけやたら強い。
何やねん、その“ここだけ必殺技です”みたいな主張。
次に、気むうの前。
透明なボトル。
茶色い液体の中に、青い粒みたいな光がゆっくり沈んどる。
普通の茶飲料っぽいのに、光るせいで一歩だけ普通から外れとる。
ロストティー。
気むうは、それを両手で受け取った。
表情は変えへん。
でも、指の力だけ少し緩んだ。
最後に、うちの前。
ラムネ瓶みたいなガラス。
ラベルには、でかでかと、
ヒミツの実。
中身は虹色やった。
赤、青、黄色、緑がゆっくり混ざって、ほどけて、また戻る。
スーパースターの残像を瓶に詰めたみたいな色しとる。
「……うわ。これ、飲み物の色ちゃうやろ。アイテム欄で光っとるやつやん」
「おいしいよ〜」
ゆみは当然みたいに言う。
うちは瓶を持ち上げた。
「確認なんやけど、これ、飲んだあと腹の中で変な実ぃ育ったりせえへんよな? 急に腸から虹出るとか、三日くらいトイレと友達になるとか、そういう系ちゃうよな?」
ゆみは一瞬だけ目をぱちぱちさせて、それから笑った。
「そんなの売らないよ〜。ちゃんと人気商品だもん」
「最低限の良心はあるんやな」
マイルズがビアーズを一口飲んでから言う。
「飲みすぎなければ、問題ございません」
「飲みすぎ前提の注意やめろ」
まあ、ええ。
こんなん、たいしたことないやろ。
うちは瓶の口を見た。
虹色の泡が、内側でちいさく弾ける。
うちは神い様やぞ。
エクスプロージョン撃てる女やぞ。
犬洗いで日銭稼いでるけど。
瓶を傾ける。
ぐびっ。
「……ん」
甘い。
冷たい。
でも、ただの甘さやない。
舌の上で、何かがぱちぱち跳ねる。
果物みたいで、ソーダみたいで、ちょっとだけ知らん花の匂いがする。
うまい。
腹立つくらい、うまい。
もう一口。
ぐびっ。
さらに一口。
ぐびぐびっ。
「ふわああああ……っ!! っかぁぁぁ、うっま!!」




