一六五八九
外王都村ってな、何日か住んでも、まだ普通に頭おかしなる。
トゲ付き棍棒の店の隣に、自動ドア付きの服屋がある。しかも外壁だけは、わざわざボロいレンガのまま残しとる。
「歴史を大事にしてます」みたいな顔で。
やかましいわ。
時代考証、どこで転んだんや。
歩いとる連中も大概や。眼鏡のロバが哲学書で悩み、魚みたいな客が角の店主と値切り、耳も尻尾も羽も鱗も標準装備みたいに通りを流れとる。
こっちでは、「人間かどうか」やなくて、まず話が通じるかどうからしい。
喋るし、考えるし、契約もする。
税金に文句言うし、値切って負けたらちゃんと負け犬みたいな顔もする。
そこまで行けば、だいたい知性種。
逆に、あの踊る巨大カエルどもは、どんだけキレよくステップ踏んでも非知性種扱いなんやと。
足並み揃いすぎてたけどな。
いや、足並み揃う巨大カエルのほうが普通に終わっとるんやけど。
さらに、人間っぽく見える連中の多くは、人間やなくて魔導士族。
職業やない。
種族。
魔導士って聞いたら杖とローブの特別職を想像するやん。ちゃうらしい。フロワルでは普通に歩いとるし、パン買うし、たぶん寝癖もつく。
しかも扱いがええ。
席もいい。店員の声も柔らかい。空気が先に「偉い人です」って頭下げとる。
せやのに、魔女って言葉になった瞬間、同じ魔法っぽい匂いしとるくせに、急に地下の鍵束みたいな音が混じる。
片方は「ご立派ですね」。
片方は「では魔女室へ」。
言葉の当たり判定、詐欺やろこんなん。
まあ、そんな世界でも、何日かおったら行く場所は決まってくる。
うちらの場合、それは冒険者ギルドやった。
受付、依頼札、長いテーブル、酒と油と焼いた肉の匂い。
毛だらけの腕がジョッキを掴み、鱗の手が依頼札をはがし、猫耳メイドの尻尾が人のあいだを抜けていく。
仕事場で、酒場で、社交サロンで、たまに動物園。
もう分類した時点で負けや。
で、うちらもその真ん中に座っとる。
一つのテーブルに、ちゃんと“パーティ”っぽく。
こっち側に、うちと気むう。
向かい側に、マイルズとフルカフト。
気むうはいつも通り静かやった。
静かやけど、寝とるわけやない。
見てへん顔で、受付の列とゆみのほうだけは拾っとる。たぶん。
うちは椅子にもたれて、腕を組んだまま笑わんかった。
「犬洗いの依頼は効率がよろしいです。短時間で終わり、報酬も安定しております」
マイルズが言うた。
「いや、それはお前が毛玉やからやろ。犬と何か通じ合っとるんちゃうか」
フルカフトが、ジョッキもまだ来てへんのに疲れた顔で返す。
「通じ合ってはおりません。制圧しております」
「見たぞ。この前、犬を洗うんやなくて、ほぼ尻尾で絞め落としかけとったやろ」
「……あれは洗浄工程における一時的な固定です」
「犬の目が“遺言ある?”って顔しとったぞ」
マイルズのしっぽが、すん、と下がった。
「……報酬は満額いただきました」
「そこ誇るなや」
ほんま何しとんねん、このパーティ。
でも、笑えへんかった。
王様から「はい旅費です。どうぞ安全な冒険を」みたいな優しい世界は来なかった。
うちらは、犬洗ったり、荷物運んだり、魔法で焦げた看板を張り替えたりして、ほんまに金を集めとる。
異世界に来てまで日雇い労働。
これ、うちが思ってた異世界ちゃう。
「とにかく、必要額のまだ四分の一ほどでございます」
マイルズは小さな板を机に置いた。
「四分の一て……冒険って、もっとこう、宝箱開けたら金貨ザラザラ出るもんちゃうん」
「現実は、依頼書と交通費でございます」
「現実、異世界まで追ってくんなや」
フルカフトは腕を組んだ。
「なら、割のいい依頼を選ぶしかないな」
「話しかけんな」
声が、自分でもびっくりするくらい冷たく出た。
フルカフトが片目を開ける。
「まだ怒ってるのか」
「怒ってるに決まっとるやろ。カエルの時、うちとゆみを前に出したやん」
うちは椅子の背にもたれて、腕を組み直した。
「状況としては、あれが最も早かった」
「早かったら何でもええんか。うち、ほぼ飲まれかけたし。ゆみも死にかけたし」
死にかけた。
言うた瞬間、喉の奥が重くなった。
ゆみは生きとる。せやけど、軽くはならん。
「……神い様の負傷を想定していたわけではございません。また、ゆみ様を危険に晒す意図も――」
マイルズの声はいつも通り綺麗やった。
ただ、しっぽの先だけが板の角を一度叩いた。
「意図なかったら、カエルの胃袋も優しくなるんか?」
奥歯だけ、勝手に噛み合った。
フルカフトは笑わへんかった。
目の奥の軽さだけ、すっと消える。
「なら、数字を見ろ」
「……何それ」
フルカフトはテーブルの上に手を出した。
「冒険者カードを見せろ」
「急に身分確認? うちのこと不法滞在者か何かやと思ってんの?」
「嫌ならいい」
嫌ならいい、て。
負けヒロインみたいな言い方すな。脳が変な溝に落ちるやろ。
うちは後ろのポケットから冒険者カードを引っ張り出して、テーブルにスパーンッと滑らせた。
「ほら、見たらええやん。うちの輝かしい身分証や」
「身分証ではなく登録情報だ」
「細かいねん」
フルカフトはカードを裏返して、数字のあるところを指で押さえた。
「ここを軽くこすれ」
カードの裏には、名前やら種族やら依頼履歴やら、ようわからん情報が並んどる。
その上に、大きな数字。
十四七八〇。
横に、小さく「INK」。
「急に指先から税金取られたりせえへん?」
「取られん」
疑いながら触れると、数字がじわっと光った。
「……お」
輪郭が、水に墨を落としたみたいに滲む。
そのままこすると、新しい数字が浮き上がってくる。
スクラッチくじみたいで、腹立つくらい楽しい。
十六五八九。
一瞬、口が開いた。
隣の席の角生えたおっさんが、ちらっとこっちを見た。
「……一六五八九?」
小さく漏れた声が聞こえて、うちは反射で背筋を伸ばした。
「……これが、今のうちの力」
言ってから、しまったと思った。
ちょっと声に出た。
「登録魔力と同期してるインクだ。伸びた分が出る。見ろ、この上がり幅」
フルカフトが言う。
「……へえ」
声を平たくしようとしたのに、ちょっと失敗した。
「粗いし危なっかしい。だが逃げなかった。それは事実だ」
「……っ」
変な音が喉から出た。
「し、知っとるし! 数字見たらわかるし!」
頬が熱い。
違う。
照れてへん。
断じて照れてへん。
一六五八九が近いねん。
数字にも距離感を覚えさせろ。
気むうが横からカードを見た。
「……上がってる」
「見たらわかるわ!」
「顔も」
「ちっ……」




