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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
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沈黙記録「ロストティー①」

泣かなかったからって、「平気」ってわけじゃない。


痛くないとも、限らない。


大丈夫、と言う。


そうすると、だいたい終わる。


相手はそれ以上、聞かなくて済む。

私も、それ以上出さなくて済む。


便利やった。


便利すぎて、少し嫌やった。


大丈夫。

平気。

別に。

何でもない。


言ったら、終わる。


終わってない時も、終わったことになる。


「しんどい」と言ったら、形になる。

形になったら、誰かが見る。

見られたら、説明しないといけなくなる。


何が。

どこが。

いつから。

なんで。


そんなの、分かるくらいなら、最初から大丈夫なんて言わない。


私は、あの「パーティー」とかいうやつに行く準備をしていた。


今日、屋上で会った、あの変な男の子に誘われたやつ。


(かみ)いは行かないと思った。


思ったというより、分かっていた。


部屋に戻ってから、神いはベッドに倒れたまま動かなかった。


壁のほうを向いて、赤い髪を枕にぐしゃっと広げたまま、いつもの寝言も、寝相の悪さもない。


寝ている、というより。

電源を切られたみたいやった。


肩のあたりに、外の空気がまだ残っている気がした。


泥。

水。

カエルのぬめった感じ。

宿の石鹸では消えきらなかった、変な冷たさ。


ユミさんの足が、カエルの口の中に消えた瞬間が、少しだけ戻ってきた。


神いは何も言わなかった。


ユミさんのことも。

フルカフトさんが助けたことも。

自分が、間に合わなかったことも。


言わないまま、落ちた。


神いは、うるさい。

いつも、部屋の空気を勝手に動かす。


でも今は、動かしていなかった。


それが怖かった。


……うちも、そうできたら楽やったのに。


眠って、何も見ないことにできたら。


『……本当に、行くの?』


ルッチアの声がした。


白の薔薇(ばら)


もう驚かなくなった。

頭の奥に誰かがいることにも、少しずつ慣れてきた。


慣れたくは、なかったけど。


「他にやることもないし。眠くもない」


『そう』


ルッチアは、そこで一度黙った。


考えている沈黙。

迷っている沈黙。

何かを言おうとして、やめた沈黙。


今のは、たぶん三つ目。


『初めて見たわ、その髪。指で整えたにしては、綺麗ね』


「……そう?」


髪に触る。


別に、綺麗ではなかった。

手櫛で何とかしただけ。

ところどころ跳ねてるし、湿気で少し重い。


でも、褒めようとしたのは分かった。


ありがたかった。


少しだけ、刺さった。


初めて白い薔薇に触れた時、何かを思い出した気がした。


思い出した、というより。

そこへ帰った気がした。


だから、勝手に高いところへ置いていた。


白い薔薇。

私を見てくれたもの。

ただいま、が自然に出た相手。


褒める前に、ほんの少し迷う声やった。


それが、思っていたより普通で。

少し拍子抜けした。


失望ではなかった。


白い薔薇でも、答えに詰まることがある。


それを知っただけやった。


部屋は静かやった。


神いの寝息だけが、細く続いている。


私は、天井の穴を数えていた。


一つ。

二つ。

三つ。

四つ。

五つ。


木の板と布で雑にふさがれた跡もあった。

ふさがってないところから、夜の黒が見えていた。


継ぎはぎの空みたいやった。


少し、落ち着いた。


『……昨日の、会議のこと?』


ルッチアが先に言った。


私が聞こうとしていたのを拾ったんやと思う。


「うん。薔薇の会議、どうやったん」


『んー……まあまあ、かしら』


少し間があった。


まあまあではなさそうやった。


『まだ、私と赤のことを“詐欺”呼ばわりする者もいるし……あ、でも、私たちはちゃんとあなたたちを信じているわ。そこは本当よ』


「……うん」


『それに、まともに取り合っている者ばかりでもないの。寝ていたり、勝手に口説いてきたり、全然関係ない話を始めたり』


「薔薇も大変やな」


『大変よ。思っていたより、ずっと』


最後が少し沈んだ。


薔薇でも、そこで困るんやと思った。


「……そっか」


それだけ言って、私は立ち上がった。


ベッドのほうを見る。


神いは動かなかった。


外套(がいとう)が床に片方落ちかけていた。

いつもの、ちゃんと着ない茶色いやつ。

肘に引っかけたり、肩にずらしたり、邪魔そうにして、それでも捨てないやつ。


拾おうかと思った。


やめた。


神いの近くに置いておいた。

起きた時、たぶん探すから。


()むう』


「何」


『……無理はしないでね』


私は少し考えた。


「無理って、どこから?」


ルッチアは答えなかった。


答えられない声やった。


だから、私もそれ以上聞かなかった。


部屋を出る。


廊下は、昼より少し冷たかった。


マイルズさんとフルカフトさんは、宿にいなかった。

「ギルドの酒場で知り合いに会う」とか言っていた気がする。


正確には、マイルズさんがそう説明して、フルカフトさんが短く頷いただけやった。


今は、そこまで頭が回らなかった。


階段を上る。


宿の階段は、城の階段ほど悪意がなかった。

それでも、足は少し重い。


屋上の扉の前で、私は一度止まった。


本来なら、もう何人か集まっているはずやった。


でも、音がしなかった。


笑い声も。

コップの音も。

誰かが椅子を引く音も。


何もない。


静かなパーティー。


そういうものも、あるのかもしれない。


そうだったら、少し楽やった。


扉を開ける。

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