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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
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生物まで来たか

「……おい。おい、おいおいおいおい……!」


拳を叩きつける。腹へ。喉へ。顔へ。火を乗せる。乗せても、皮膚が焦げるだけや。ぬるい表面で衝撃が逃げる。中まで届かへん。


「吐け!! 吐けやこのクソガエル!!」


カエルは踊っとる。


ゆみを飲んだまま、踊っとる。


肩を跳ね、腹を揺らし、足を滑らせる。


「ふざけんな……!」


火を両手へ寄せる。火成波(かせいは)。今出せるやつを全部。


腹の底が嫌な音を立てる。昨日の残りカスが、もうない袖を引っ張るみたいに痛む。知るか。今出さんでいつ出すねん。


火成波(かせいは)ぁぁぁぁぁっ!!」


赤い波が、カエルたちへ叩きつけられた。


草が焦げる。土が割れる。熱で空気が歪む。カエルの皮膚が焼けて、黒い斑点が走る。


でも、倒れへん。


一匹がぐらついた。けど、そのぐらつきさえ隣の二匹が拾うみたいに、また拍へ戻る。


「……うそやろ」


息が切れた。


足が笑う。


その隙間に、別のカエルが来た。


腕が伸びる。掴まれる。肩と腰を同時に持たれる。ぬるい指が服に食い込む。


「っ、離せ!」


カエルたちが、円になった。


嫌な予感どころやない。


一匹がうちを蹴る。


腹に入った。


「がっ……!」


次の一匹へ飛ばされる。


そいつが膝で打つ。


肋骨のあたりで、何か小さく鳴った。


また飛ぶ。


肩。背中。太もも。横腹。


全部、拍に合っとる。


こいつら、うちをボールみたいに蹴り回しながら、まだ踊っとる。


「や、め……っ」


声が出えへん。


息が入らん。


視界の端で、草が四角く歪んだ。緑の面が一瞬だけずれて、別の緑に貼り替わる。バグったみたいに。いや、ほんまにそうなんかもしれへん。


痛い。


痛い痛い痛い。


骨が一発ごとに、身体の中で位置を間違えていく。口の中に鉄の味が広がる。髪が顔に張りつく。濡れとるんか、汗なんか、血なんか、もうわからん。


「ゆみ……」


あかん。


あの子、まだ中や。


まだ、あの中やのに。


「もういい」


低い声がした。


次の瞬間、うちの身体が空中で止まった。


白い毛。


でかい前脚。


フルカフトが、うちを咥えるでも掴むでもなく、身体ごと受け止めていた。落とさんように、でも痛いところへ触れんように、妙に正確に。


その目が、カエルの群れを見た。


さっきまでの静けさと違う。


もう、見てる側の目やなかった。


「下がれ」


誰に言うたんか、わからんかった。


次の瞬間、うちは門のほうへ投げられた。


投げられた、いうても雑やない。マイルズと()むうの近くへ、ちゃんと落ちるように。空中で身体が一回転して、地面へ転がる前に、マイルズの光が受けた。


(かみ)い様、動かないでください」


「ゆみ……ゆみが……!」


「承知しております。今はご自身の骨を散らさないでください」


「言い方……!」


言い返したつもりやったのに、声が潰れた。


気むうが膝をついた。青い目が、うちの胸と腹と腕を順番に見る。


「……折れてる」


マイルズのしっぽが光を引いた。薄い糸みたいなものが、うちの肋骨のあたりへ潜る。痛みが跳ねる。


「っ、あ゛……!」


「呼吸を止めないでください」


「止まるんやって……!」


気むうの指が、うちのこめかみに触れた。


冷たい。


白っぽい流れが、痛みの暴走を押さえ込むみたいに広がる。痛みが消えるんやない。奥へ沈む。


その向こうで、フルカフトが動いた。


白い虎が、地面を蹴る。


速い。


カエルの踊りは、さっきまで意味不明やった。読めへんかった。拍がずれて、攻撃がどこから来るかわからんかった。


でも、フルカフトは、その拍の外におった。


一匹が傾く。


フルカフトは、その戻り際に肩を入れた。巨体が崩れる。次の一匹の足が滑る。三匹目が舌を出す前に、白い爪が顎を叩き上げる。


踊りが、崩れた。


たったそれだけで、カエルたちは急にただの大きい生き物になった。


いや、ただの、ではない。まだデカいし、キモいし、危ない。でも、さっきまでの気持ち悪い一体感がほどけた瞬間、フルカフトのほうがずっと速かった。


一匹目の脚を折る。


二匹目の首を地面へ押さえる。


三匹目の腹を避けて、横から肋骨ごと叩き潰す。


音が重い。


踊りの音やない。


終わらせる音やった。


「……っ」


うちは治療されながら、それを見とるしかなかった。


悔しいとか、すごいとか、そういう前に、ただ差があった。


うちが全部使って届かんかったものを、フルカフトは無駄なく崩していく。


最後に、ゆみを飲んだカエルが残った。


そいつはまだ、腹を揺らそうとした。


フルカフトの前脚が、その腹の前で止まる。


潰さへん。


中にゆみがおるからや。


「マイルズ」


「位置は胃袋付近でございます。まだ反応があります」


「わかった」


フルカフトは虎のまま、白い爪を伸ばした。


誰も喋らへんかった。


門の前の冒険者たちも、さっきまで逃げ腰やった連中も、全部黙っとる。


白い爪が、カエルの腹を裂いた。


ざく、と鈍い音。


次の瞬間、ぬるい液体がどっと流れた。血と胃液と、何かわからん透明な粘りが土の上に広がる。匂いが遅れて来た。


酸っぱい。


生臭い。


熱い。


「っ……!」


喉が勝手に閉じた。


その中から、ゆみが出てきた。


ぐったりして、全身どろどろで、猫耳までぺたんと倒れている。


フルカフトは牙を使わず、前脚と鼻先で、ゆっくり引き出した。雑に掴まへん。壊れたものを扱うみたいに、慎重に。


ゆみが咳き込んだ。


一回。


二回。


口から胃液みたいなんがこぼれて、身体が震える。


生きとる。


「ゆみ……!」


立ち上がろうとした瞬間、肋骨の奥が鳴った。


「神い、まだ」


気むうが肩を押さえた。


「離せ……!」


「まだ」


その声が、珍しく硬かった。


マイルズの治療が最後にきゅっと締まる。骨の位置が戻る。痛みは残る。残るけど、立てるくらいにはなる。


うちは気むうの手を振り払うんやなくて、少しだけ借りて立った。


足が震えた。


それでもゆみのところへ行った。


「おい、ゆみ。聞こえるか。なあ、しっかりせぇ」


ゆみの顔に手を当てる。ぬるい液で滑る。さっき、舌から手を離してもうた感触が、指に戻ってきた。


「ごめん……ごめんな。うち、掴んだのに……掴んだのに、離してもうた……」


ゆみのまぶたが震えた。


ゆっくり開く。


焦点が合うまで、少しかかった。


「……神い、さん」


声が細い。


でも、生きとる声やった。


「助けに、来てくれて……ありがとう、ございます」


「助けてへんやろ……! うち、何もできへんかった。殴っても焼いても、全然……っ」


「でも、来てくれた」


ゆみは、それだけ言うて、また咳き込んだ。


それ以上喋らせたらあかんかった。


ほどなく、救護班が駆け込んできた。


マイルズはゆみの横へ降りて、しっぽを伸ばした。光がゆみの胸と喉に触れる。


「呼吸路に残留物。骨折二箇所、打撲多数。意識は保持。搬送を」


戻ってきた気むうが、ゆみの手首に指を添えた。


「……震え、強い」


「神経系の反応が乱れております。抑えられますか」


「少しなら」


気むうの声は、いつもより細かった。


でも、手はぶれへん。


うちはその横で、何もできずに膝をついていた。


髪から水が落ちる。


いや、もう水だけやない。血と、カエルの液と、土と、全部混ざって頬を伝う。さっき浴場で見られて顔が熱くなった髪が、今はゆみの胃液の匂いを吸って重く垂れとる。


何やこれ。


ほんまに、何やこれ。


少し離れたところで、フルカフトが人の形へ戻り、カエルの頭を調べていた。


倒れたカエルの頭部を開き、何かを見ている。門の前の冒険者たちは目を逸らす。そら逸らすわ。うちも見たくない。でも、見てしまう。


救護班がゆみを受け取ると、マイルズはフルカフトのほうへ飛んだ。


「何かございましたか」


「脳だ。形が崩れている。怪我ではない」


マイルズの声が、少しだけ低くなった。


「同じ拍が、同じ経路にこびりついています。ラノイドに、この処理はできません」


「非知的生命体だ」


「はい」


言葉が、朝の空気に冷たく落ちる。


踊っとったんやない。


動かされてた。


気むうが、ゆみの運ばれていく方向を見たまま言う。


「……何かあったの」


マイルズはすぐには答えへんかった。


しっぽの先が、カエルの開かれた頭部の前で止まる。


「断定はできません。ただ、この焼きつき方は、研究所で確認されたレンダリングエラーの挙動に酷似しております」


その単語だけで、胸の奥が冷えた。


「……つまり」


自分の声が、掠れた。


「カエルまで、バグり始めたってことなん」


マイルズは、ほんの一拍だけ沈黙した。


その沈黙が、答えやった。


「陛下へ報告いたします。ここで終わった話ではございません」


フルカフトは血のついた手を払うでもなく、ただ倒れたラノイドを見下ろした。


「生物まで来たか」


誰も何も言わへんかった。


救護班に運ばれていくゆみの肩が、小さく震えとった。


指には、まだ、滑って離れた手首の感触が残っとる。


目の前には、踊りながら人を飲んだカエルの死体。


「……風呂くらい、最後までさせろや……」

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