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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
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飲んだ。

「来るぞ」


フルカフトの声が低く落ちた。


うちは手を握った。指先の外に、エネルジアの薄い膜が寄る。身体の奥はまだ重い。けど、火は来る。来るなら、行ける。


たぶん。


いや、行くしかない。


(かみ)い様。無理に正面から受けないでください。相手の動きは通常のラノイドと異なります」


「通常のラノイド知らんねんけど!?」


「では、今見えているものを通常と思わないでください」


「それはわかる!!」


フルカフトは白い虎へ姿を変えた。


音は小さかった。けど、空気だけが一段重くなる。白い毛並み。でかい肩。獣の目。さっきまで人の形で立っていた場所に、戦うための何かが静かに現れた。


「神い、ゆみ。前へ出ろ。俺が後ろを見る」


「……は?」


「危なければ拾う」


「それ、安心してええやつなんか!?」


「動け」


もう会話終わりやった。


ゆみがうちを見る。不安そうやけど、逃げる顔ではない。


「わ、私、右から行きます。神いさんは左から」


「逆や。うちが前、あんた後ろ」


「でも」


「怪我しとるやろ。無理すんな」


言うてから、自分もまあまあ無理しとることに気づいた。


知らん。今はええ。


うちは濡れた髪を首の後ろへ払った。全然まとまらん。水が頬を伝う。視界の端で赤い毛が揺れる。


「ほな行くで、踊るなキモガエル」


地面を蹴った。


火を拳へ寄せる。火纏拳(ひまといけん)。昨日よりは軽い。エクスプロージョンみたいに腹の底を全部持っていく感じはない。これなら何発かいける。


カエルが一歩、横へ滑った。


うちはその腹めがけて拳を叩き込む。


当たる。


そう思った瞬間、カエルの肩が一拍ずれた。


腹が消えた。


かわりに、肘みたいな硬い部分が横から来る。


「っ!?」


避けきれへん。


どん、と胸の横に入った。息が曲がる。身体が横へ持っていかれて、土の上を転がった。


「いっ……!」


痛い。


普通に痛い。


昨日の訓練とか、マイルズのしっぽとか、そういう“授業の痛さ”ちゃう。知らん生き物に、知らんリズムで殴られた痛さや。


「神いさん!」


ゆみが跳ぶ。爪がカエルの背中を斬った。皮膚が裂れて、ぬるい液が飛ぶ。けど浅い。カエルは動きを止めへん。むしろ、斬られた動作まで振り付けに入れたみたいに、肩をくいっと上げた。


気持ち悪い。


痛がれや。


「アウッ」


声みたいな音を出して、カエルが後ろ足を振った。


ゆみは腕で受けた。軽い身体が吹き飛ぶ。うちは立ち上がりながら、火をもう一回拳へ寄せた。


「この、腹立つなあ……!」


真正面はあかん。なら、下。


うちは滑り込むように踏み込んで、膨らんだ腹の下へ拳をめり込ませた。


ドン、と入った。


今度は入った。


「よっしゃ――」


腹が、膨れた。


いや、さらに膨れた。


白い腹が内側から押し返してくる。拳が埋まったまま、弾力がぎゅっと溜まる。


「……あ」


次の瞬間、うちごと弾かれた。


空が見えた。


門の上。城壁。朝の光。自分の赤い髪が水しぶきを散らしながら視界を横切る。


「うわあああああっ!」


背中から地面に落ちた。肺の中身が全部出る。咳き込もうとして、空気が入らへん。


ゆみが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!?」


「大丈夫なわけあるか……! 何やあの腹、反則やろ……!」


カエルたちはまた並んだ。


三匹。


足を揃える。肩を揃える。首を同じ角度で倒す。


同じ拍。


同じ呼吸。


同じ気持ち悪さ。


「……踊ってるんじゃない。動かされてるみたい」


()むうの声が、門のほうから届いた。


小さいのに、変に通った。


その一言で、背中の汗が冷えた。


せや。


楽しそうとか、ノリノリとか、そういう顔やない。目が合ってへん。口の端から泡が出とる。身体だけが、どこかから流れてくる拍に従って勝手に動いとるみたいやった。


「気ぃつけろ!」


フルカフトの声。


遅かった。


一匹の舌が、拍の間から飛んだ。


ぬるい線が空中を裂く。速い。狙いは、うちやない。


ゆみや。


「ゆみ!」


ゆみは反応した。ほんまに反応した。身体を捻って避けようとした。


でも、さっきの蹴りで足が一瞬遅れた。


舌が、腰と腕ごと巻きついた。


「っ、あ……!」


ゆみの爪が舌に食い込む。裂ける。ぬるい液が飛ぶ。それでも舌は緩まへん。むしろ締まる。


「神いさん!」


その声で、頭が真っ白になった。


うちは走った。


痛みとか、濡れた髪とか、昨日の疲れとか、全部置いて走った。


「離せ!!」


火を纏った拳を舌に叩き込む。


じゅっと焼ける匂いがした。


カエルは口を開けた。


暗い。


赤黒くて、ぬめってて、奥が見えへん。ゆみの身体がそこへ引きずられる。爪が地面を引っ掻いて、土に線が残る。


「やめろ!!」


何度叩いても、舌は切れへん。


ゆみの目がこっちを見る。怖がっとる。助けを求めとる。いや、たぶん、声にできんだけで叫んどる。


うちは手を伸ばした。


指先が、ゆみの手首に触れた。


掴む。


掴んだ。


ぬるい液で滑る。


「っ、くそ……!」


「神い、引いて!」


気むうの声がした。


引けるか。


引けるわけないやろ。


カエルの口が閉じ始める。


「ゆみ!!」


「神いさんっ……!」


最後に、ゆみの猫耳が見えた。


それから、消えた。


口が閉じた。


ぐぷん、と嫌な音がした。


カエルの喉が、ゆっくり動く。


飲んだ。


今、飲んだ。

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