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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
43/60

払え、クソ家

その時、奥の卓から低い声が漏れた。


「……一撃系なら、あれ行けるんじゃねえか」


別の誰かが、すぐ反応する。


「ああ。外階段(そとかいだん)再生家屋(さいせいかおく)か」


「まだ残ってんのかよ、あれ」


「残ってるっつーか、戻るんだよ。壊しても壊しても」


再生家屋。


耳が勝手に拾った。


ロジャーが、そっちを睨む。


「勝手に依頼を投げるな」


「でもロジャーさん、あれ、ずっと掲示残ってますよ」


給仕の耳つきのお姉さんが、トレイを抱えたまま言った。


「報酬、二万フローリンのやつ」


二万。


うちの腹が、今度こそ危ない音を立てかけた。


二万フローリン。


パタタタトス百袋分。

いや、百袋持てへんけど。

でも二万。

飯。

宿。

飯。


気むうが、いつの間にか掲示板の前に立っていた。


静かすぎるやろ。

忍者か。


あいつは一枚の紙を剥がして、こっちへ戻ってくる。紙の端を指で押さえたまま、ロジャーへ差し出した。


「これ」


ロジャーは、受け取る前から嫌そうな顔をした。


「……外階段第七支道そとかいだんだいななしどう魔法再生家屋(まほうさいせいかおく)の完全破壊依頼。通常解体不可。部分破壊後、三十秒から一分で自動修復。近隣通行に支障。報酬二万フローリン」


気むうは、淡々と読んだ。


「一撃で壊せば、戻らない可能性が高い」


「お前、いつ読んだん」


「今」


「早」


ロジャーは紙を受け取り、苦い顔で見下ろした。


「これは、何人も失敗してる。半端に崩すと戻る。火でも斧でも駄目だった。中に人はいない。周囲を空ければ危険は下げられる」


「つまり」


うちは、身を乗り出した。


「爆発したらええってことやな?」


「その口をやめろ。こっちの胃が死ぬ」


「でもそうやろ」


「まあ、そうだ」


勝った。


いや、まだ何も勝ってへん。

でも、腹の奥に火がついた。


ロジャーは、まだ渋い顔のまま、気むうへ目を向ける。


「白いほう。お前は」


気むうは、少しだけ間を置いてから言った。


干渉系(かんしょうけい)。ハイ・ヘルツ」


それだけ。


短い。


けど、その言葉を聞いたマイルズのしっぽが、ほんの少しだけ上がった。


「対象の動作阻害に優れます。単独撃破より、敵の攻撃停止、足止め、行動干渉に向いた術式でございます」


ロジャーの目が、そこで少し変わった。


派手ではない。

でも、受付の目としては、今の説明のほうが効いたみたいやった。


「……爆裂と干渉。変な姉妹だな」


「姉妹の評価として、それでええんか」


「受付の欄に書かないだけ優しさだと思え」


ロジャーはしばらく紙を見て、それからマイルズを見た。


「条件をつける。まず、これは登録と同時の試験依頼扱いだ。成功すれば臨時登録を通す。失敗したら今日の危険依頼はなし。周辺封鎖はこっちでやる。爆裂は一回だけ。撃つ前に合図。撃った後、倒れたら回収はそっち持ち」


「承知いたしました」


「神い」


気むうが言った。


「倒れたら、飯は後」


「それ今言う?」


「大事」


大事やった。

めちゃくちゃ大事やった。


うちは、紙の報酬額をもう一回見た。


二万。


「……やる」


ロジャーが、ため息をついた。


「だろうな」


それから、受付の奥へ向かって怒鳴った。


「外階段第七支道を空けろ! 再生家屋の件、試験依頼で処理する! 見物は距離取らせろ! 近づいた馬鹿は自己責任じゃなくて俺の責任になるから、絶対に近づけるな!」


ギルドの中が、ざわっと動いた。


さっきのざわめきとは違う。

祭りというより、仕事の前の音やった。椅子が引かれる。誰かが掲示板に印をつける。給仕が皿を片づける。冒険者が外へ走る。何人かは完全に見物の顔しとるけど、それでも足の向きは指示に従っとった。


「……何や」


うちは口元を押さえた。


「うち、今から金になる爆発すんの?」


「口は最低ですが、概ね」


マイルズが答える。


「最高やん」


「危険でございます」


「最高で危険なんやろ」


外階段第七支道は、ギルドから少し下ったところにあった。


村の通りから横へ逸れた、石段と壁のあいだみたいな場所。そこに、ちいさい家が一軒だけ、妙な顔で立っていた。


家、というには小さい。

物置、というにはちゃんとしすぎてる。

扉も窓もある。屋根もある。壁には亀裂。なのに、亀裂の端がぬるっと動いて、勝手に塞がろうとしている。


「……うわ」


見てる前で、割れた木枠が、ミシミシ言いながら戻った。


戻り方が嫌や。

修理やなくて、傷口が閉じるみたいな戻り方やった。


「何これ。家のくせに自己肯定感高すぎやろ」


「破壊されても元へ戻る性質がございます」


マイルズが言う。


「家が?」


「家が」


「何で?」


「調査中でございます」


「出た、便利なやつ」


周りには、ギルドの連中と住民が距離を取って集まっていた。近くにはロープが張られ、数人の冒険者が通行を止めている。ロジャーも来ていた。腕を組んで、顔は完全に“頼むから問題増やすな”の顔。


「いいか」


ロジャーが言う。


「中は確認済み。人も動物もいない。周囲も空けた。あとは、あれを一撃で芯ごと吹っ飛ばせるかだ」


「芯?」


「中心の柱だ。あれが残ると戻る」


フルカフトが、家のほうを見た。


「私が後方を見ておく」


「お願いいたします」


マイルズは、うちの前へ回った。


「神い様。条件を確認いたします」


「はいはい」


「一度だけです」


「わかっとる」


「撃った直後、立っていられない可能性が高いです」


「知っとる」


「興奮で範囲を広げないでください」


「それは知らん」


「知ってください」


うちは前へ出た。


足元の石を踏む。

息を吸う。


家を見る。


あれを壊したら、二万フローリン。

二万フローリンがあれば、飯。

飯があれば、うちらはこの世界で、今日を終われる。


……何か、急に変な気分になった。


エクスプロージョン。


うちのロマン。

うちの最強。

うちのアホみたいな夢。


それが今、飯代になろうとしている。


めぐみん様、見てますか。

うち、爆裂で飯代稼ぎます。


「……見とけよ」


誰に言うたんか、自分でもわからん。


手を前へ出す。


指先の外側に、エネルジアが集まる。

熱ではない。

光でもない。

でも、赤い。

赤いとしか言いようのない流れが、掌の少し前で丸まり始める。


胸の奥で、イスシアが笑った気がした。


『雑に撃ったら、笑うわよ』


うるさい。

見とけ。


球ができる。

小さい。

けど、重い。

手の中にないのに、腕が沈みそうになる。


息を吸う。


一回だけ。


一撃で。

芯ごと。

戻れへんくらい。


「燃えろ、叫べ、天の底まで」


声が、思ったより低く出た。


空気が震える。


見物のざわめきが、遠くなる。


「炎はうちの心。爆炎はうちの名」


掌の前で、赤がさらに濃くなる。


腕が重い。

肩が痛い。

腹は空いとる。

せやのに、口だけは勝手に笑いそうになる。


「この一撃は、逃れぬ運命。拒めぬ審判」


マイルズが、ほんの少しだけ目を細めた。


気むうは、ただ見ていた。


「時空を焼き尽くす、破壊の王道」


胸の奥で、赤い薔薇が機嫌よう脈ついた気がした。


「飯代も、初仕事も、うちのロマンも――」


赤い球が、ぎゅっと縮む。


「全部まとめて、ここに乗せたる」


喉の奥が焼ける。


「戻るな。残るな。芯ごと砕け」


息を吸う。


一回だけ。


「払え、クソ家」


世界が、少しだけ遠くなる。


「█▓▒░ FINAL SPELL No.646 ░▒▓█」


赤が、白に近づく。


「エクスプローーーーージョン!!」


音が消えた。


次に来たのは、白やった。


赤いはずやのに、中心だけ白い。白すぎて、見た瞬間に目の奥が痛くなる。家の形が、一瞬だけ影になって浮かび上がった。


それから、全部吹き飛んだ。


ドォォォォォン、と腹の内側まで叩く音。


石段が震える。

ロープが跳ねる。

誰かが叫ぶ。

熱い風が顔を殴る。

焦げた木と石粉と、変な甘い匂いが一気に広がる。


うちは踏ん張ろうとした。


した、つもりやった。


足に力が入らん。


「あ」


視界が、ぐにゃっと傾く。


家は、なかった。


屋根も壁も扉も、あの気持ち悪い戻り方も、全部消えていた。中心に残るはずの柱も見えへん。煙の向こう、ただ黒く抉れた地面だけがある。


戻らへん。


たぶん、戻らへん。


「……やった」


言えたんか、思っただけなんか、わからん。


次の瞬間、膝が抜けた。


地面が近づく。


「あ、これ無理」


倒れる前に、何かが後ろから支えた。


フルカフトの腕やった。


「受けた」


「……ふるるん、今日、回収係やな……」


「そうらしい」


声が遠い。


周りが、少し遅れて爆発したみたいに騒ぎ出す。


「消えたぞ!」

「戻ってねえ!」

「芯ごと飛んだ!」

「二万、通せ!」

「ロジャー、これ成功でいいだろ!」


ロジャーの声が、煙の向こうから飛んだ。


「確認してからだ! 近づくなっつってんだろ馬鹿ども!」


怒鳴っとる。

けど、その声の奥に、ちょっとだけ安堵が混じっとった。


数秒後、ロジャーが黒く抉れた地面の手前まで進み、しゃがみこんだ。まだ煙が残っとる。家は、戻らへん。亀裂も、柱も、気持ち悪い修復音もない。


ロジャーは、持っていた依頼紙に乱暴に印を押した。


「……依頼達成。臨時登録も通す。報酬はギルドで受け取れ」


報酬。


二万。


飯。


「……よっしゃ」


そこまで言うたところで、うちの電源が落ちた。

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