払え、クソ家
その時、奥の卓から低い声が漏れた。
「……一撃系なら、あれ行けるんじゃねえか」
別の誰かが、すぐ反応する。
「ああ。外階段の再生家屋か」
「まだ残ってんのかよ、あれ」
「残ってるっつーか、戻るんだよ。壊しても壊しても」
再生家屋。
耳が勝手に拾った。
ロジャーが、そっちを睨む。
「勝手に依頼を投げるな」
「でもロジャーさん、あれ、ずっと掲示残ってますよ」
給仕の耳つきのお姉さんが、トレイを抱えたまま言った。
「報酬、二万フローリンのやつ」
二万。
うちの腹が、今度こそ危ない音を立てかけた。
二万フローリン。
パタタタトス百袋分。
いや、百袋持てへんけど。
でも二万。
飯。
宿。
飯。
気むうが、いつの間にか掲示板の前に立っていた。
静かすぎるやろ。
忍者か。
あいつは一枚の紙を剥がして、こっちへ戻ってくる。紙の端を指で押さえたまま、ロジャーへ差し出した。
「これ」
ロジャーは、受け取る前から嫌そうな顔をした。
「……外階段第七支道、魔法再生家屋の完全破壊依頼。通常解体不可。部分破壊後、三十秒から一分で自動修復。近隣通行に支障。報酬二万フローリン」
気むうは、淡々と読んだ。
「一撃で壊せば、戻らない可能性が高い」
「お前、いつ読んだん」
「今」
「早」
ロジャーは紙を受け取り、苦い顔で見下ろした。
「これは、何人も失敗してる。半端に崩すと戻る。火でも斧でも駄目だった。中に人はいない。周囲を空ければ危険は下げられる」
「つまり」
うちは、身を乗り出した。
「爆発したらええってことやな?」
「その口をやめろ。こっちの胃が死ぬ」
「でもそうやろ」
「まあ、そうだ」
勝った。
いや、まだ何も勝ってへん。
でも、腹の奥に火がついた。
ロジャーは、まだ渋い顔のまま、気むうへ目を向ける。
「白いほう。お前は」
気むうは、少しだけ間を置いてから言った。
「干渉系。ハイ・ヘルツ」
それだけ。
短い。
けど、その言葉を聞いたマイルズのしっぽが、ほんの少しだけ上がった。
「対象の動作阻害に優れます。単独撃破より、敵の攻撃停止、足止め、行動干渉に向いた術式でございます」
ロジャーの目が、そこで少し変わった。
派手ではない。
でも、受付の目としては、今の説明のほうが効いたみたいやった。
「……爆裂と干渉。変な姉妹だな」
「姉妹の評価として、それでええんか」
「受付の欄に書かないだけ優しさだと思え」
ロジャーはしばらく紙を見て、それからマイルズを見た。
「条件をつける。まず、これは登録と同時の試験依頼扱いだ。成功すれば臨時登録を通す。失敗したら今日の危険依頼はなし。周辺封鎖はこっちでやる。爆裂は一回だけ。撃つ前に合図。撃った後、倒れたら回収はそっち持ち」
「承知いたしました」
「神い」
気むうが言った。
「倒れたら、飯は後」
「それ今言う?」
「大事」
大事やった。
めちゃくちゃ大事やった。
うちは、紙の報酬額をもう一回見た。
二万。
「……やる」
ロジャーが、ため息をついた。
「だろうな」
それから、受付の奥へ向かって怒鳴った。
「外階段第七支道を空けろ! 再生家屋の件、試験依頼で処理する! 見物は距離取らせろ! 近づいた馬鹿は自己責任じゃなくて俺の責任になるから、絶対に近づけるな!」
ギルドの中が、ざわっと動いた。
さっきのざわめきとは違う。
祭りというより、仕事の前の音やった。椅子が引かれる。誰かが掲示板に印をつける。給仕が皿を片づける。冒険者が外へ走る。何人かは完全に見物の顔しとるけど、それでも足の向きは指示に従っとった。
「……何や」
うちは口元を押さえた。
「うち、今から金になる爆発すんの?」
「口は最低ですが、概ね」
マイルズが答える。
「最高やん」
「危険でございます」
「最高で危険なんやろ」
外階段第七支道は、ギルドから少し下ったところにあった。
村の通りから横へ逸れた、石段と壁のあいだみたいな場所。そこに、ちいさい家が一軒だけ、妙な顔で立っていた。
家、というには小さい。
物置、というにはちゃんとしすぎてる。
扉も窓もある。屋根もある。壁には亀裂。なのに、亀裂の端がぬるっと動いて、勝手に塞がろうとしている。
「……うわ」
見てる前で、割れた木枠が、ミシミシ言いながら戻った。
戻り方が嫌や。
修理やなくて、傷口が閉じるみたいな戻り方やった。
「何これ。家のくせに自己肯定感高すぎやろ」
「破壊されても元へ戻る性質がございます」
マイルズが言う。
「家が?」
「家が」
「何で?」
「調査中でございます」
「出た、便利なやつ」
周りには、ギルドの連中と住民が距離を取って集まっていた。近くにはロープが張られ、数人の冒険者が通行を止めている。ロジャーも来ていた。腕を組んで、顔は完全に“頼むから問題増やすな”の顔。
「いいか」
ロジャーが言う。
「中は確認済み。人も動物もいない。周囲も空けた。あとは、あれを一撃で芯ごと吹っ飛ばせるかだ」
「芯?」
「中心の柱だ。あれが残ると戻る」
フルカフトが、家のほうを見た。
「私が後方を見ておく」
「お願いいたします」
マイルズは、うちの前へ回った。
「神い様。条件を確認いたします」
「はいはい」
「一度だけです」
「わかっとる」
「撃った直後、立っていられない可能性が高いです」
「知っとる」
「興奮で範囲を広げないでください」
「それは知らん」
「知ってください」
うちは前へ出た。
足元の石を踏む。
息を吸う。
家を見る。
あれを壊したら、二万フローリン。
二万フローリンがあれば、飯。
飯があれば、うちらはこの世界で、今日を終われる。
……何か、急に変な気分になった。
エクスプロージョン。
うちのロマン。
うちの最強。
うちのアホみたいな夢。
それが今、飯代になろうとしている。
めぐみん様、見てますか。
うち、爆裂で飯代稼ぎます。
「……見とけよ」
誰に言うたんか、自分でもわからん。
手を前へ出す。
指先の外側に、エネルジアが集まる。
熱ではない。
光でもない。
でも、赤い。
赤いとしか言いようのない流れが、掌の少し前で丸まり始める。
胸の奥で、イスシアが笑った気がした。
『雑に撃ったら、笑うわよ』
うるさい。
見とけ。
球ができる。
小さい。
けど、重い。
手の中にないのに、腕が沈みそうになる。
息を吸う。
一回だけ。
一撃で。
芯ごと。
戻れへんくらい。
「燃えろ、叫べ、天の底まで」
声が、思ったより低く出た。
空気が震える。
見物のざわめきが、遠くなる。
「炎はうちの心。爆炎はうちの名」
掌の前で、赤がさらに濃くなる。
腕が重い。
肩が痛い。
腹は空いとる。
せやのに、口だけは勝手に笑いそうになる。
「この一撃は、逃れぬ運命。拒めぬ審判」
マイルズが、ほんの少しだけ目を細めた。
気むうは、ただ見ていた。
「時空を焼き尽くす、破壊の王道」
胸の奥で、赤い薔薇が機嫌よう脈ついた気がした。
「飯代も、初仕事も、うちのロマンも――」
赤い球が、ぎゅっと縮む。
「全部まとめて、ここに乗せたる」
喉の奥が焼ける。
「戻るな。残るな。芯ごと砕け」
息を吸う。
一回だけ。
「払え、クソ家」
世界が、少しだけ遠くなる。
「█▓▒░ FINAL SPELL No.646 ░▒▓█」
赤が、白に近づく。
「エクスプローーーーージョン!!」
音が消えた。
次に来たのは、白やった。
赤いはずやのに、中心だけ白い。白すぎて、見た瞬間に目の奥が痛くなる。家の形が、一瞬だけ影になって浮かび上がった。
それから、全部吹き飛んだ。
ドォォォォォン、と腹の内側まで叩く音。
石段が震える。
ロープが跳ねる。
誰かが叫ぶ。
熱い風が顔を殴る。
焦げた木と石粉と、変な甘い匂いが一気に広がる。
うちは踏ん張ろうとした。
した、つもりやった。
足に力が入らん。
「あ」
視界が、ぐにゃっと傾く。
家は、なかった。
屋根も壁も扉も、あの気持ち悪い戻り方も、全部消えていた。中心に残るはずの柱も見えへん。煙の向こう、ただ黒く抉れた地面だけがある。
戻らへん。
たぶん、戻らへん。
「……やった」
言えたんか、思っただけなんか、わからん。
次の瞬間、膝が抜けた。
地面が近づく。
「あ、これ無理」
倒れる前に、何かが後ろから支えた。
フルカフトの腕やった。
「受けた」
「……ふるるん、今日、回収係やな……」
「そうらしい」
声が遠い。
周りが、少し遅れて爆発したみたいに騒ぎ出す。
「消えたぞ!」
「戻ってねえ!」
「芯ごと飛んだ!」
「二万、通せ!」
「ロジャー、これ成功でいいだろ!」
ロジャーの声が、煙の向こうから飛んだ。
「確認してからだ! 近づくなっつってんだろ馬鹿ども!」
怒鳴っとる。
けど、その声の奥に、ちょっとだけ安堵が混じっとった。
数秒後、ロジャーが黒く抉れた地面の手前まで進み、しゃがみこんだ。まだ煙が残っとる。家は、戻らへん。亀裂も、柱も、気持ち悪い修復音もない。
ロジャーは、持っていた依頼紙に乱暴に印を押した。
「……依頼達成。臨時登録も通す。報酬はギルドで受け取れ」
報酬。
二万。
飯。
「……よっしゃ」
そこまで言うたところで、うちの電源が落ちた。




