爆裂持ちやん
腹の奥が、きゅっと鳴った。
空気では、もう満たされへん音やった。
腹の音を聞かれへんように、うちは先に一歩踏み出した。
中へ入った瞬間、匂いが来た。
油。
肉。
焼いた粉。
酒。
湿った革。
古い木。
紙。
あと、何か知らん獣の毛。
全部まとめて鼻に突っ込まれて、腹の奥がもう一回きゅうっと鳴りかけた。やめろ。今鳴ったら負けや。ここで腹から自己紹介する女になりたない。
ギルドの中は、思ってたより広かった。
正面に受付。横に長いカウンター。奥には紙がびっしり貼られた掲示板。左側には食事用の卓。右側には、武器を置いたり、地図を広げたり、誰かの腕を雑に縛ったりしとる連中。酒場っぽい。役所っぽい。病院の待合室っぽさも、ちょっとだけある。
酒場やのに紙臭い。
役所みたいやのに肉焼いとる。
ほんで怪我人まで普通におる。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
「ギルドや。ほんまにギルドや」
「はい。冒険者ギルドでございます」
マイルズが普通に答える。
普通すぎる。
もっとこう、異世界来た人間への配慮とかないんか。こっちは脳内でちょっとだけファンファーレ鳴りかけとったんやぞ。なお腹は死にかけやけど。
「……受付。掲示板。酒場。飯。依頼。武器。おっさん。だいたい揃っとるやん」
「何を確認しているのですか」
「安売り冒険者セット」
せやけど、ひとつだけ足りん。
いや、足りんというか、勝手にあると思ってたやつ。
「……なあ」
「何」
「こういうとこって、飯運んでくるお姉さんもセットちゃうん? ジョッキどーん、胸ばーん、みたいなやつ」
気むうの目が、すっと冷えた。
マイルズのしっぽも止まった。
フルカフトだけが、周りを見てから真面目に言う。
「給仕なら、あちらにいる」
見た。
おった。
確かにおった。
トレイを持った耳つきのお姉さん。しっぽがある。別の卓には、角のある女の人。奥には、鳥っぽい翼をたたんだ給仕もおる。みんなよく動くし、声も通るし、たぶん仕事はできる。
ただ、うちの想像しとった“雑な夢”とは別方向に濃かった。
「……あれ、ふるるんの親戚?」
「違う」
そこで受付の奥から、低い声が飛んできた。
「おい。入口で止まるなら外で止まれ。腹減ってる顔で通路を塞ぐな」
白いヒゲのおっさんやった。
受付の奥に、石みたいな顔で座っとる。額に深いしわ。袖をまくった腕は太い。ペンを持っとるのに、なぜか武器持ってるみたいに見える。目だけが妙に鋭くて、入ってきたやつを一人ずつ値踏みしとる。
うちを見た。
気むうを見た。
フルカフトを見た。
最後にマイルズで止まった。
「……外王都村冒険者ギルドへようこそ。受付のロジャーだ」
声だけは一応、仕事の形をしていた。
「先に言っておく。ここは魔女案件の入場と登録に制限がある」
「魔女ちゃうし」
反射で出た。
ロジャーの目が、うちへ戻る。
「そうか。なら俺は今日から王様の弟だ」
「はあ?」
「言うだけなら誰でもできるっつってんだよ」
腹立つ。
めちゃくちゃ腹立つ。
マイルズが、すっと前に出た。
「ロジャー殿。こちらの二名は、スウェトボーレ陛下の命により保護および訓練対象となっている外来人間でございます。本日は、旅程準備のため、臨時登録を申請いたします」
ロジャーの眉が動いた。
「外来、人間?」
「はい」
「人間が、王城から、マイルズ様に連れられて、冒険者登録?」
「概ねその通りでございます」
「概ねで済む内容か、それ」
ロジャーは、もう一回うちらを見た。
疑っとる。
めちゃくちゃ疑っとる。
でも、最初みたいに笑ってはこんかった。視線が、こっちを馬鹿にするやつから、面倒な荷物を測るやつに変わった。
「……証明は」
マイルズのしっぽが、懐から小さな金属札を取り出した。表面に、金の薔薇と山羊の角みたいな印が刻まれている。ロジャーの目が、それを見た瞬間だけ、はっきり細くなった。
「……本物か」
「偽物でここへ来るほど暇ではございません」
「そりゃそうだな」
ロジャーは、椅子に座り直した。
さっきより姿勢が少しだけ変わる。こっちを追い返す受付から、嫌々でも処理する受付になった。
「で、臨時登録。四名か」
「はい。移動任務中の小隊扱いでお願いいたします」
「任務内容は」
「王命により非公開でございます」
「言うと思ったよ」
ロジャーは舌打ちした。
「こっちは便利屋じゃねえ。登録したからには、仕事中の事故も、依頼先での揉め事も、ここの記録に残る。特に子どもみたいなやつを入れるならな」
子どもみたいなやつ。
うちと気むうを見とる。
「子どもちゃうし」
「何歳だ」
「……」
負けた。
いや、負けてへん。負けてへんけど、今この場で胸張って“成人です”みたいな顔は無理や。
気むうが横から、ぼそっと言う。
「子ども扱いは、合法的には便利」
「お前どっちの味方?」
「飯の味方」
正しい。
腹立つくらい正しい。
ロジャーは、鼻で短く息を吐いた。
「登録名」
マイルズが答える。
「マイルズ・クワンクスヴィンスキー」
ロジャーのペンが止まる。
「……毎回思うが、書かせる気のない名前だな」
「由緒ある名でございます」
「受付泣かせの由緒だ」
ちょっとだけ空気が緩んだ。
「次」
「吉水神い」
「漢字は」
「知らん」
「は?」
「こっちの文字でどう書くか知らんっちゅう話や。うちらの字と違うやろ」
ロジャーがマイルズを見る。
マイルズは何事もなかったように答える。
「音写でお願いいたします」
「……はいはい。ヨシミズ・カミイ」
「変なとこで切らんといて」
「受付の欄に書くやつだ。文句あるか」
「ありますけど?」
「次」
気むうが、小さく言う。
「吉水気むう」
「同じ姓か」
「妹」
うちが言うと、ロジャーは気むうを見て、それからうちを見た。
「……似てないな」
「よく言われる」
気むうが返した。
早い。
そこで即答するんや。
「次」
フルカフトが、一歩だけ前に出た。
「フルカフト・アーボル」
ロジャーのペンが、また止まった。
今度は名前やなくて、フルカフト本人を見とる。
「……アーボル」
「うん」
「本人か」
「本人だ」
「そうか」
ロジャーは、それ以上聞かんかった。
何や。
ふるるん、やっぱ何かあるやん。
「で、登録区分だ。戦闘経験、術式、保持値、任務上の役割。わかる範囲で出せ」
「先に申し上げますが、お二方は訓練開始から日が浅い状態です」
マイルズが言う。
「なら余計に慎重にしろ」
ロジャーの声が少し硬くなった。
「訓練中の子を腹が減ったからって危険依頼に突っ込ませるなら、王命だろうが何だろうが、書類は俺の机に戻ってくる。死体より先に紙が来るんだよ、こういうのは」
……。
ちょっとだけ、黙った。
ロジャー、嫌なやつかと思ったけど、仕事は仕事でちゃんと嫌がっとるタイプやった。めんどくさい。嫌いやけど、間違ってるわけでもないやつ。
マイルズも、それをわかっとる顔で頷く。
「承知しております。高危険域への投入ではなく、適性確認を兼ねた限定依頼を想定しております」
「限定依頼ね」
ロジャーは紙を一枚めくった。
「じゃあ、まず赤いほう。できること」
赤いほう。
腹立つ呼び方しよる。
「火成波。ちょっとだけ瞬間移動。あと身体強化とか、飛ぶ練習もちょっと」
「ちょっとが多いな」
「伸びしろの塊ってことや」
「便利な逃げ方だな」
腹立つ。
でも、まあええ。
ここからや。
うちは胸を張った。
「あと」
マイルズのしっぽが、ぴくっと動いた。
気むうもこっちを見た。
「FINAL SPELL No.646――エクスプロージョン」
その瞬間、音が減った。
ほんまに、減った。
奥の卓で椅子を引いてた音が止まる。誰かのジョッキが口元の手前で止まる。肉を噛んどったおっさんが、噛むのを忘れた顔になる。掲示板の前で紙を剥がしてた女の人まで、指を止めてこっちを見た。
さっきまでの“何やこいつら”やない。
“今、何言うた”。
そういう目やった。
ロジャーは、ペン先を紙につけたまま止まっとる。
「……今、何つった」
「エクスプロージョン」
「もう一回」
「エクスプロージョン」
「マイルズ様」
「事実でございます」
「撃てるのか」
「一発のみ。撃った後は著しく行動不能に近づきます」
ロジャーは額を押さえた。
「爆裂持ちを、飯代稼ぎに登録しに来たのか」
「簡潔に言えば」
「簡潔に言うな」




