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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
42/60

爆裂持ちやん

腹の奥が、きゅっと鳴った。


空気では、もう満たされへん音やった。


腹の音を聞かれへんように、うちは先に一歩踏み出した。


中へ入った瞬間、匂いが来た。


油。

肉。

焼いた粉。

酒。

湿った革。

古い木。

紙。

あと、何か知らん獣の毛。


全部まとめて鼻に突っ込まれて、腹の奥がもう一回きゅうっと鳴りかけた。やめろ。今鳴ったら負けや。ここで腹から自己紹介する女になりたない。


ギルドの中は、思ってたより広かった。


正面に受付。横に長いカウンター。奥には紙がびっしり貼られた掲示板。左側には食事用の卓。右側には、武器を置いたり、地図を広げたり、誰かの腕を雑に縛ったりしとる連中。酒場っぽい。役所っぽい。病院の待合室っぽさも、ちょっとだけある。


酒場やのに紙臭い。

役所みたいやのに肉焼いとる。

ほんで怪我人まで普通におる。


「……うわ」


思わず声が漏れた。


「ギルドや。ほんまにギルドや」


「はい。冒険者ギルドでございます」


マイルズが普通に答える。


普通すぎる。


もっとこう、異世界来た人間への配慮とかないんか。こっちは脳内でちょっとだけファンファーレ鳴りかけとったんやぞ。なお腹は死にかけやけど。


「……受付。掲示板。酒場。飯。依頼。武器。おっさん。だいたい揃っとるやん」


「何を確認しているのですか」


「安売り冒険者セット」


せやけど、ひとつだけ足りん。


いや、足りんというか、勝手にあると思ってたやつ。


「……なあ」


「何」


「こういうとこって、飯運んでくるお姉さんもセットちゃうん? ジョッキどーん、胸ばーん、みたいなやつ」


気むうの目が、すっと冷えた。


マイルズのしっぽも止まった。


フルカフトだけが、周りを見てから真面目に言う。


「給仕なら、あちらにいる」


見た。


おった。


確かにおった。


トレイを持った耳つきのお姉さん。しっぽがある。別の卓には、角のある女の人。奥には、鳥っぽい翼をたたんだ給仕もおる。みんなよく動くし、声も通るし、たぶん仕事はできる。


ただ、うちの想像しとった“雑な夢”とは別方向に濃かった。


「……あれ、ふるるんの親戚?」


「違う」


そこで受付の奥から、低い声が飛んできた。


「おい。入口で止まるなら外で止まれ。腹減ってる顔で通路を塞ぐな」


白いヒゲのおっさんやった。


受付の奥に、石みたいな顔で座っとる。額に深いしわ。袖をまくった腕は太い。ペンを持っとるのに、なぜか武器持ってるみたいに見える。目だけが妙に鋭くて、入ってきたやつを一人ずつ値踏みしとる。


うちを見た。

気むうを見た。

フルカフトを見た。

最後にマイルズで止まった。


「……外王都村(そとおうとむら)冒険者ギルドへようこそ。受付のロジャーだ」


声だけは一応、仕事の形をしていた。


「先に言っておく。ここは魔女案件の入場と登録に制限がある」


「魔女ちゃうし」


反射で出た。


ロジャーの目が、うちへ戻る。


「そうか。なら俺は今日から王様の弟だ」


「はあ?」


「言うだけなら誰でもできるっつってんだよ」


腹立つ。


めちゃくちゃ腹立つ。


マイルズが、すっと前に出た。


「ロジャー殿。こちらの二名は、スウェトボーレ陛下の命により保護および訓練対象となっている外来人間(がいらいにんげん)でございます。本日は、旅程準備のため、臨時登録を申請いたします」


ロジャーの眉が動いた。


「外来、人間?」


「はい」


「人間が、王城から、マイルズ様に連れられて、冒険者登録?」


「概ねその通りでございます」


「概ねで済む内容か、それ」


ロジャーは、もう一回うちらを見た。


疑っとる。

めちゃくちゃ疑っとる。


でも、最初みたいに笑ってはこんかった。視線が、こっちを馬鹿にするやつから、面倒な荷物を測るやつに変わった。


「……証明は」


マイルズのしっぽが、懐から小さな金属札を取り出した。表面に、金の薔薇と山羊の角みたいな印が刻まれている。ロジャーの目が、それを見た瞬間だけ、はっきり細くなった。


「……本物か」


「偽物でここへ来るほど暇ではございません」


「そりゃそうだな」


ロジャーは、椅子に座り直した。


さっきより姿勢が少しだけ変わる。こっちを追い返す受付から、嫌々でも処理する受付になった。


「で、臨時登録。四名か」


「はい。移動任務中の小隊扱いでお願いいたします」


「任務内容は」


「王命により非公開でございます」


「言うと思ったよ」


ロジャーは舌打ちした。


「こっちは便利屋じゃねえ。登録したからには、仕事中の事故も、依頼先での揉め事も、ここの記録に残る。特に子どもみたいなやつを入れるならな」


子どもみたいなやつ。


うちと気むうを見とる。


「子どもちゃうし」


「何歳だ」


「……」


負けた。


いや、負けてへん。負けてへんけど、今この場で胸張って“成人です”みたいな顔は無理や。


気むうが横から、ぼそっと言う。


「子ども扱いは、合法的には便利」


「お前どっちの味方?」


「飯の味方」


正しい。

腹立つくらい正しい。


ロジャーは、鼻で短く息を吐いた。


「登録名」


マイルズが答える。


「マイルズ・クワンクスヴィンスキー」


ロジャーのペンが止まる。


「……毎回思うが、書かせる気のない名前だな」


「由緒ある名でございます」


「受付泣かせの由緒だ」


ちょっとだけ空気が緩んだ。


「次」


吉水(よしみず)(かみ)い」


「漢字は」


「知らん」


「は?」


「こっちの文字でどう書くか知らんっちゅう話や。うちらの字と違うやろ」


ロジャーがマイルズを見る。


マイルズは何事もなかったように答える。


「音写でお願いいたします」


「……はいはい。ヨシミズ・カミイ」


「変なとこで切らんといて」


「受付の欄に書くやつだ。文句あるか」


「ありますけど?」


「次」


気むうが、小さく言う。


吉水(よしみず)()むう」


「同じ姓か」


「妹」


うちが言うと、ロジャーは気むうを見て、それからうちを見た。


「……似てないな」


「よく言われる」


気むうが返した。


早い。

そこで即答するんや。


「次」


フルカフトが、一歩だけ前に出た。


「フルカフト・アーボル」


ロジャーのペンが、また止まった。


今度は名前やなくて、フルカフト本人を見とる。


「……アーボル」


「うん」


「本人か」


「本人だ」


「そうか」


ロジャーは、それ以上聞かんかった。


何や。

ふるるん、やっぱ何かあるやん。


「で、登録区分だ。戦闘経験、術式、保持値、任務上の役割。わかる範囲で出せ」


「先に申し上げますが、お二方は訓練開始から日が浅い状態です」


マイルズが言う。


「なら余計に慎重にしろ」


ロジャーの声が少し硬くなった。


「訓練中の子を腹が減ったからって危険依頼に突っ込ませるなら、王命だろうが何だろうが、書類は俺の机に戻ってくる。死体より先に紙が来るんだよ、こういうのは」


……。


ちょっとだけ、黙った。


ロジャー、嫌なやつかと思ったけど、仕事は仕事でちゃんと嫌がっとるタイプやった。めんどくさい。嫌いやけど、間違ってるわけでもないやつ。


マイルズも、それをわかっとる顔で頷く。


「承知しております。高危険域への投入ではなく、適性確認を兼ねた限定依頼を想定しております」


「限定依頼ね」


ロジャーは紙を一枚めくった。


「じゃあ、まず赤いほう。できること」


赤いほう。


腹立つ呼び方しよる。


火成波(かせいは)。ちょっとだけ瞬間移動。あと身体強化とか、飛ぶ練習もちょっと」


「ちょっとが多いな」


「伸びしろの塊ってことや」


「便利な逃げ方だな」


腹立つ。


でも、まあええ。

ここからや。


うちは胸を張った。


「あと」


マイルズのしっぽが、ぴくっと動いた。


気むうもこっちを見た。


「FINAL SPELL No.646――エクスプロージョン」


その瞬間、音が減った。


ほんまに、減った。


奥の卓で椅子を引いてた音が止まる。誰かのジョッキが口元の手前で止まる。肉を噛んどったおっさんが、噛むのを忘れた顔になる。掲示板の前で紙を剥がしてた女の人まで、指を止めてこっちを見た。


さっきまでの“何やこいつら”やない。


“今、何言うた”。


そういう目やった。


ロジャーは、ペン先を紙につけたまま止まっとる。


「……今、何つった」


「エクスプロージョン」


「もう一回」


「エクスプロージョン」


「マイルズ様」


「事実でございます」


「撃てるのか」


「一発のみ。撃った後は著しく行動不能に近づきます」


ロジャーは額を押さえた。


「爆裂持ちを、飯代稼ぎに登録しに来たのか」


「簡潔に言えば」


「簡潔に言うな」

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