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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第二部 貧乏で、無力で。
40/60

餓死ルートやん

「いっくでぇぇぇぇぇ!!!!!」


――と、うちは叫んだ。


山の上の城から、外へ。

閉じ込められたり、測られたり、燃やしたり、燃やしすぎたり、妹にボコられたり、数字で現実を見せられたりした末に、ようやく外へ。


そら叫ぶやろ。


叫ぶしかないやろ。


肘に引っかけとる茶色い補助外套(ほじょがいとう)が、叫んだ勢いでずり落ちかけた。うちはそれを、見もせんまま肘で戻す。


ちゃんと着てへん。

脱いでもへん。


外でもこれが一番マシやった。


「……はいはい」


()むうは、横でいつもの温度のない返事をした。


けど、その返事の先で、うちはふと顔を上げた。


空。


青い。広い。ちゃんと空。


……の、はずやった。


「……ん?」


一回、まばたきした。


もう一回見る。


空の端が、妙に角ばっとる。


雲の輪郭も、薄いところと濃いところが噛み合ってへん。遠くの青が一枚の布みたいに伸びとるのに、その真ん中へ、でかい線がすうっと入っとる。片側だけ色が浅くて、もう片側だけやけに重い。


その線だけ、雲が流れても半拍遅れて動いた。


空やのに、空の皮だけ貼り損ねたみたいな感じやった。


「……おい」


思わず、声が落ちた。


「なに」


「空、ちょっと下手ちゃう?」


気むうも顔を上げた。


ほんの少しだけ、目が細くなる。


「レンダリング、まだ死んどるやん……」


「死んではおりません。乱れているだけでございます」


マイルズが、後ろからしれっと言う。


「その“乱れてるだけ”の範囲、広すぎへん? 空やぞ。空のミスはもう誤字ちゃうやろ」


青薔薇(あおばら)の状態を考えれば、外界にも影響が出るのは自然でございます」


「自然、の意味を一回辞書で殴ってこい」


そう言い返したところで、マイルズのしっぽがぴたりと止まった。


「……皆様」


声が、少しだけ小さくなる。


「何」


「お気づきでしょうか」


「何に」


「今、めちゃくちゃ見られております」


……。


うちは、ゆっくり周りを見た。


見られてた。


めちゃくちゃ見られてた。


階段の途中で荷車を押しとる小さい角の生えたおっちゃんも、店先で湯気立つ何かを混ぜとる鳥っぽいおばちゃんも、屋根の縁に腰かけとる羽つきの子どもも、全員、こっちを見とる。


言葉にはしてへん。


けど顔が全部言うとった。


“なんや今の赤いの”


“城から来た変なんが叫んだ”


“関わらんほうがええかもしれん”


そういう顔やった。


「……あ」


うちの声が、一気に三分の一くらいになった。


「目立ちすぎやねん」


気むうが、横からぼそっと刺してくる。


「っ……ち、違うし。今のは、出発式みたいなもんやし」


「一人で?」


「……うるさい」


うちは前を向いた。


マイルズも前を向いた。


フルカフトも、何もなかったみたいな顔で前を向いた。


気むうだけ、ほんの少し口元を押さえとった。


笑うな。


いや、笑うならちゃんと笑えや。


中途半端に勝つな。


「ようこそ、外王都村(そとおうとむら)へ」


マイルズが、声量を控えめに戻しながら言った。


「ここは王城の外郭に広がる、フロワルでも重要度の高い集落のひとつでございます。城下、というよりは、城へ続く山道そのものに町が育った場所でございますね」


「……外王都村」


うちは、その名前を口の中で転がした。


外。王都。村。


全部入れたらええと思っとるやろ。


「名前、詰め放題すぎん?」


フルカフトが、穏やかな顔で周囲を見渡した。


「ここで滞在するのか、マイルズ」


「はい。当面はこの村を拠点に、旅の準備を整えます」


「城から出てすぐ旅ちゃうん?」


「準備ができなければ、旅は途中で止まります」


「……ちっ」


マイルズは、そこで一拍だけ黙った。


嫌な沈黙やった。


こういう時のマイルズは、大体、うちらに都合の悪いことを丁寧に包装して出してくる。


「なお」


ほら来た。


「スウェトボーレ陛下の偉大なるご判断により、今回の旅費として、フローリン一枚すら支給されておりません」


……。


風が吹いた。


さっきまで気持ちよかったはずの風が、急に人の金欠を笑う冷たい風になった。


「……一枚も?」


気むうが、まばたきした。


「一枚も、でございます」


「待って」


うちは手を上げた。


「旅費なしって、どういうこと?」


「言葉通りでございます」


「食費は?」


「ございません」


「宿代は?」


「ございません」


「道中の物資は」


「ございません」


「ディアブロ王国まで行く気ある?」


「ございます。ですから稼ぎます」


「お前、頭大丈夫か!?」


フルカフトは、顎に手を当てて、真面目に頷いた。


「なるほど。良い試練になる」


「ならん!!」


その時、階段の脇の屋台から、湯気が上がった。


丸い焼き菓子みたいなもんを、甲羅のあるおばちゃんが鉄板の上で返している。甘い匂い。粉と油と、ちょっと焦げた蜜の匂い。


その瞬間やった。


身体の奥が、急に思い出したみたいに鳴った。


食べ物。


そういえば。


「……でも」


気むうが小さく言う。


「うちら、何日も食べてへん」


「……あ」


確かに。


城に来てから、まともに飯を食った記憶がない。


寝て、起きて、測られて、走らされて、燃やして、怒られて、また寝た。飯っぽい場面は、なかった。


「せやん。なら別に、うちら飯いらんタイプになったんちゃう?」


「いえ」


マイルズの声が、妙に申し訳なさそうに細くなった。


「城内の空気には、生命維持用の栄養素がごく微量に含まれております。王城内部では、それを呼吸によって取り込むことで、最低限の活動を維持できるよう調整されております」


うちと気むうは、同時にマイルズを見た。


「……今、なんて?」


「城の空気は、最低限、食べ物の代替になります」


「空気、食ってたん?」


「非常に乱暴に言えば」


「じゃあ、ここは」


「普通の空気でございます」


沈黙。


さっきの甘い匂いが、急に暴力になった。


屋台の湯気が、こっちを見ながら手ぇ振っとる気がした。


“食えるならな”って顔で。


「……つまり」


気むうが、静かに言った。


「ここからは、食べないと死ぬ」


「残念ながら」


マイルズが、深く頷いた。


うちは、ゆっくり両手を伸ばした。


マイルズの毛玉胴を、がしっと掴む。


「お、お嬢様……!」


「マイルズ……!!」


「は、はい!?」


「うちら、城から出た瞬間、餓死ルート入ったってこと?」


「まだ入っておりません。回避手段はございます」


「金なしで?」


「はい」


「飯なしで?」


「はい」


「宿なしで?」


「はい」


「お前、説明の順番が犯罪やぞ!」


「八つ当たりでございます!」


「伝え方の問題やろが!! 飯と宿が死んだ音したわ!!」


「神い」


気むうの声が、冷たく刺さった。


「毛玉、伸びる」


見たら、うちの手の中でマイルズの丸い身体が、若干縦長になっとった。


「……あ」


「は、離して……いただけますか……」


マイルズが、ぎりぎり礼儀だけ残した声で言う。


うちは手を離した。


マイルズは、しっぽで自分の毛並みを整えた。

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