ふるるん
その時や。
右手のほうから、低い声がした。
「お待たせいたしました」
低い声やった。
若い。
せやのに、変に落ち着いとる。
部屋まるごとに謝り慣れとるみたいな声。
うちは反射でそっちを見た。
入ってきたんは、見知らぬ青年やった。
背が高い。
姿勢がいい。
金属鎧やなくて、旅人と騎士の中間みたいな服。
それが妙に似合っとる。
歩き方も静かで、無駄な音がない。
顔がええ。
文句つける場所を探すほうが面倒なタイプや。
「……で、こいつは?」
小さく漏れた声に、マイルズが少しだけ横目を向けた。
「フルカフト様でございます」
その青年は、王の前まで進んで、深く一礼した。
それから、あまり儀式めいた間も置かずに、マイルズのほうを見る。
「久しぶりだな、マイルズ」
「お久しぶりでございます、フルカフト様」
マイルズが、ほんの少しだけ笑った気がした。
「状況は?」
「想定の範囲内で進んでおります」
あ、これ、前から知っとるやつや。
しかも、たぶん普通に仲ええ。
「神い、気むう。この者が、フルカフトだ。此度の任において、そなたらの護衛を務める」
フルカフトはうちらのほうへ向き直った。
胸に手を当てて、深く頭を下げる。
「フルカフトと申します。本日より、お二方の護衛を務めます。どうぞよろしくお願いいたします」
声も礼も整いすぎとる。
こういうやつ、だいたい何か隠しとる。
少女漫画でもソシャゲでも、こういう穏やかイケメンは絶対どっかで何かある。
……いや待て。
頭の上。
耳。
ちゃんと獣の耳。
「……ケモ耳」
口から出た。
フルカフトの耳が、ぴくっと動いた。
「はい?」
「うわ、反応した。ほんまもんや」
「……はい」
「標準搭載かい」
マイルズが横から小さく言う。
「神い様、初対面でございます」
「初対面やから確認しとんねん」
うちは一歩近づいた。
フルカフトは逃げへん。
にこにこもせえへん。
ただ、少しだけ首を傾げて、うちを見る。
……けっこう落ち着いとる。
うちは真剣な顔で、奴のまわりを半周した。
横。
後ろ。
もう一回横。
くん。
「……ケモいくせに、においは貴族側やな」
マイルズのしっぽが止まった。
気むうが、ほんの少しだけ目を伏せた。
たぶん、他人のふりをした。
フルカフトは一拍置いてから、まじめに答えた。
「湯浴みは済ませております」
「偉い」
「ありがとうございます」
「褒めてへん」
こっちはだいぶ距離詰めとるのに、全然嫌そうにせえへん。
ええ度胸やん、ケモ男。
うちは真正面に戻って、じっと見上げた。
「で、あんた何歳なん」
「十歳でございます」
「は?」
声が普通に裏返った。
「十歳?」
「はい」
「十歳とか、自分でも信じてへんやろ。最低でも三十の顔しとるぞ」
「私の種族は、人間とは成長の仕方がかなり異なります」
「うわ、年齢まで別ゲーかい」
マイルズが王のほうを見た。
王は答えへんかった。
止める気はないらしい。
ほな、続行や。
「酒は?」
「特別な時だけです」
「タバコは?」
「吸いません」
「借金は?」
「重要なものはございません」
「嫁は?」
「おりません」
「子どもは?」
「おりません」
「……敗北者か」
「神い」
気むうが、うちの袖をちょいと引いた。
顔が「もうやめろ」って言うとった。
「何。事実確認や」
もう一回、袖を引かれた。
「……はいはい」
うちは不満半分で鼻を鳴らす。
「まあ、今はこのくらいで許したる。せやけど見とるからな」
フルカフトは、そこで少しだけ笑った。
……あ。
こいつ、わかっとる側や。
「護衛任務に支障はございません」
「聞き分けええな、フル野郎」
「フル野郎」
マイルズが反射みたいに繰り返した。
「神い様」
「何」
「もう少しだけ、呼称に敬意を」
「フルカフト様?」
「そこまで畏まらずとも結構でございます」
「ほな、ふるるん」
マイルズのしっぽが、ぴたっと止まった。
フルカフトは穏やかに頷いた。
「承知いたしました」
「受け入れるん早ない?」
「呼びやすいのであれば」
「うわ、こいつ、拾う側や」
ちょっとだけ評価を上げたる。
気むうが小さく息を吐いた。
「……神いは、だいたいこうです」
「そうなのですね」
「たぶん、慣れる」
「皆様とよい関係を築けるよう努めます」
「そこまで頑張らんでもええけどな」
気むうが、うちをじっと見た。
何その目ぇ。
今のは普通に言うやつやろ。
うちはフルカフトへ指を向けた。
「うちの妹に興味あるなら、先にうちへ言うこと。今のところ、あんたは戦力と荷物持ち枠や」
「承知いたしました」
フルカフトは、普通に頷いた。
……あ、やっぱりこいつ拾う側や。
ちょっとだけ気に入った。




