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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
36/60

青薔薇のせいやん

「しかし」


ほら来た。


「状況を鑑み、そなたらの訓練は予定より早く中断せざるを得なくなった」


()むうの目が、少しだけ細くなる。


うちは、肘に引っかけた茶色い補助外套(ほじょがいとう)を指でつまんだ。

ちゃんと着てへん布のくせに、こういう時だけ存在感出してくるな。


「そなたらが完成したからではない。待てぬためだ」


王は続ける。


「より重要な使命へ、直ちに赴いてもらう」


使命。


その単語だけ、妙に部屋の真ん中へ落ちた。


「すでに気づいておろう」


王の声が続く。


「この世界は、壊れかけている。不安定で、各所に異常が生じておる」


「……グリッチ、みたいなやつやろ」


うちが言うと、王は一度だけ頷いた。


「そなたの言葉で言えば、そうであろう」


グリッチ。


そう言えばまだ軽い。

ゲームの画面が変になるくらいの顔で済ませられる。


けど、言葉だけ軽くしても、見たもんまで軽くなるわけやない。


このヤギ、まともな顔で話す時ほど逆に怖いねん。


「そなたらは、理由を知っておるか」


「……青い薔薇がどうとか、そういうやつやろ?」


王は、玉座の肘掛けに手を置いたまま言う。


力の薔薇(ちからのばら)は、我らにもなお解けぬ存在だ。名は薔薇であるが、植物ではない」


植物ちゃうんや。


まあ、普通の植物は頭ん中で煽ってこんし、爆裂のことで人をその気にさせたりせえへんからな。

そこは、たぶん知ってた。


青薔薇(あおばら)は制御の要だ。流れを整え、裂け目を塞ぎ、この世界がほどけぬよう繋ぎ止める」


青薔薇。


ああ、あれか。


落ちてきた時に見た、ぼやけた青い薔薇。

溶けながらグリッチしとるみたいで、めちゃくちゃ変やったやつ。


「そなたらが通った不安定な門――あの裂け目は、青薔薇によって閉じられる寸前であった」


王の声が、少しだけ低くなる。


「そなたらが望んだことではない。だが、そなたらが通った瞬間、青薔薇の封鎖は断たれた」


うわ。


それ、うちらが壊したって話なんか。


「青薔薇は、閉じきれぬ裂け目に引きずられ、機能を損なった。今もなお、正しく働けずにいる」


胸の奥が、きゅっと詰まる。


うちらが。

うちと、気むうが。


この世界の崩れかけに、ほんまに手ぇ突っ込んでもうたんか。


「しかし」


王が言葉を継いだ。


「罪を問うているのではない」


正直、何を言うてるんか、すぐにはわからんかった。


「現時点でわかっていることを述べる。裂け目は、そなたらの到着以前にすでに生じていた。青薔薇は、それに対処していた」


そこで一度、王は間を置いた。


「ゆえに、そなたらは原因のすべてではない。意図して傷つけたものでもない」


さらに、王は続ける。


「だが、そなたらはすでに、この件の外側にはおらぬ」


「……あー、つまり、うちら無罪やけど、めちゃくちゃ巻き込まれとるってこと?」


「乱暴に言えば、そうだ」


「最初からそう言うてくれや」


マイルズが横で小さく息を吐いた気がした。

気のせいかもしれん。

気のせいにしとく。


王は少し息を置いた。


「任務の前に、確かめておきたいことがある。話せる範囲でよい。あの時、そなたらが何を見たのか聞かせてくれ」


その言葉で、あの時のことが一気に戻ってきた。


四天王寺(してんのうじ)

空っぽの朝。

ごめんなさい。

落ちた床。


思い出した瞬間、胸の奥に変な味がした。


「……気むうと、寺に行ってて」


声が、思ったより引っかかった。


「いつもと違ってた。人がおらん。音もない。風も……あったんかもしれんけど、肌まで来いひんかった。ある感じだけして、何も届かんかった」


王は何も言わん。

マイルズも書かへん。

気むうも、横で静かに聞いとる。


「中に入ったら、板があって」


喉が、少しだけ詰まる。


「“ごめんなさい”って、書いてあった」


「それから、地面が割れて……逃げようとしたけど、間に合わんくて。うちら、穴に引っ張られて」


指先が勝手に丸まる。


「叫んだ、とは思う。でも、そこから先は……よう覚えてへん」


言い終わってから、息を吐いた。

吐いたところで、胸の中はあんまり軽くならへんかった。


「……わかった。礼を言う、(かみ)い」


王は少し間を置き、視線を気むうへ移した。


「気むう」


気むうが、顔を上げた。


「補足はあるか」


気むうはすぐには答えへんかった。

ただ、いつもの無言より、ずっと深いところを見てるみたいやった。


「……さくらさん」


マイルズのしっぽが止まった。


王も、すぐには何も言わんかった。


うちは反射で気むうを見る。


さくらさん。


あの……毎朝の、あの人。

寺に行くと、だいたいおった人。


その名前で、背中の奥が少しぞわっとした。


「……いつも、あそこにいた」


気むうの声は小さい。


「でも、あの日はいなかった」


王は顎の下に蹄を添えたまま、少し考え込んだ。


「……その者が今どこにいるか、心当たりはあるか」


「……どっちも、わからない」


気むうが、ほとんど身じろぎもせずに言うた。


「陛下」


マイルズが、少し前へ出た。


「今の証言であれば、ひとつ見立てが立ちます」


「申せ、マイルズ」


「不安定な次元門(じげんもん)の出口は、完全に無作為ではございません。過去の観測では、入口側の座標から大きく外れぬ傾向がございます」


「……座標」


「平均して、およそ六百五十フラウ圏内です」


「フラウ」


うちが聞き返すと、マイルズは一瞬だけ考えた。


「お嬢様方の単位で言えば、約千三百キロほどかと」


「何で人間側の単位知っとんの」


「異界側の記録も、一部は研究対象でございます」


「……うわ」


研究対象。


さらっと怖いこと言うなや。

こっちの世界、こっちが思ってるよりこっちのこと見とるやん。


マイルズは続けた。


「仮に、そのさくら様が、お二方と同じ裂け目、あるいは同一系統の門に巻き込まれたのだとすれば――今もこのフロワル国内、もしくは……」


マイルズは、なぜか少しだけ床のほうを見た。


「隣国、ディアブロ王国にいる可能性がございます」


「ディアブロ王国、ねえ……。名前からして圧あるな」


王が、顎の下を軽く掻いた。


「筋は通る」


短い一言やった。


「悪い知らせは、ディアブロ王国には我らの正規兵を送れぬことだ」


王は蹄を肘掛けに置いたまま言うた。


「条約により、フロワルの軍が越境することは禁じられておる」


「……仲悪いん?」


「数百年分の面倒な政治だ。今ここでほどく話ではない」


「うわ、絶対めんどいやつや」


「だが、今回は青薔薇に関わる。世界規模の緊急事態であれば、まだ打てる手はある」


世界規模。


また言葉だけが、無駄にでかい。


うちは一瞬、何か言おうとして、結局やめた。


でかすぎる言葉って、逆にどこから噛みついたらええかわからん。


「いま言えるのは、そこまでだ」


王はひとつ息を吐き、ようやく顔を上げた。


「さくらという女。こちらの位相に迷い込んだ可能性。裂け目。青薔薇の機能不全。そして、ディアブロ王国」


うちは何も返せんかった。


考え込むヤギ王。

妙に静かなマイルズ。

床のほうへ目を落とした気むう。


……絵面だけ見たら、だいぶ重い会議やな。

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