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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
35/60

城内迷惑飛行

ベレー帽の毛玉が、また来た。


この城では、朝っぱらからこいつが部屋におるくらい、もうだいぶ日常になりかけとる。

嫌な日常やな。


「お嬢様方。謁見(えっけん)の間へお越しください。陛下がお待ちでございます」


「……なあ、またあの日みたいに歩きすぎて倒れるやつは絶対イヤやで」


「今回は徒歩で倒れられる距離ではございません」


「距離の問題やないねん」


向かいの姫様みたいなベッドで、掛け布団がもそっと動いた。


「んむ……?」


()むう、起き」


「ふわぁ……」


気むうが、半分だけ目ぇを開ける。


寝起きの気むうだけは、妙にゆるい。

言うたら殺されるけど。


ベレー帽の毛玉は、しっぽの先で帽子の縁をちょんと直した。

その途中で、しっぽの輪が光った。


金の輪。


……待て。


見覚えありすぎるやろ、それ。


「……なあ」


「はい」


「なんでその帽子かぶってんの、マイルズ」


毛玉は一拍だけ止まった。


「お気づきになるまで、少々かかりましたね」


「やっぱマイルズやんけ!!」


「はい」


「うわ……!」


声も同じ。

所作も同じ。

しっぽの金の輪も同じ。


何で気づかんかったん、うち。

いや、気づきかけてはいた。いたけど、まさか本人がベレー帽ひとつで別枠みたいな顔してくるとは思わんやん。


「つまり、あの時からずっとお前やったんか」


「はい」


「……うわぁ……」


もうそれしか出えへんかった。


うちはベッドから起き上がって、自分で作った服をざっと直した。

茶色い補助外套(ほじょがいとう)は、今日もちゃんと着ずに肘へ引っかける。

ちゃんと着ると、心が負ける。


「陛下の御前では、せめて肩に」


「はいはい。王様の前では茶色にも人権あるんやな」


マイルズは黙った。


勝ったんか、これ。


うちは軽く伸びをして、気むうのほうを見る。

気むうはベッドの端に座って、指先で髪を整えとった。


音がない。


あの子の朝って、なんか無音やねん。


「お嬢様方。支度にしては、少々……」


「マイルズ」


「はい」


「女の支度に“遅い”は禁句や。異世界でも覚えとき」


「……承知いたしました」


「はいはい」


まあええわ。

今日は王様呼び出しや。

どうせ、こっちが落ち着いてから始まる日なんか、もう一生来いひん。


「で、いつ出発なん? てか、どうやって? 死なへん方法で頼むで」


「謁見の間までなら、飛行が最短でございます。徒歩で倒れられても困りますので」


「飛――……あ、そうや」


忘れとった。


うち、今ちょっと飛べる側の人間やった。


「ほな、試してみるか」


足元の流れを引っかける。

身体がふわっと浮く。


軽い。


まだ速くするとちょっとぐらつくけど、歩くよりは断然マシや。

何より、気分がええ。


「ほな行こか、気むう」


「……ん」


気むうも、寝起きの顔のまま、すっと浮いた。

こういうとこだけ無駄に静かで腹立つ。

うちはもっと「うわ飛んだ!」とかやりたいのに、あいつは空気に場所を譲らせるみたいに浮く。


ほな、ということで廊下へ出る。


そこから先は、だいぶ楽しかった。


いや、王様に呼ばれとるのはわかっとる。

わかっとるけど、城の長い廊下を飛べるんやぞ。

テンション上がるに決まっとるやろ。


「見て見て気むう! うち、今めっちゃ城の迷惑!」


「自覚あるならやめて」


通りすがりの玉猫(たまねこ)が、盆を抱えたまま「にゃっ!?」と横へ跳ねた。

別の玉猫は箱を持ったまま、壁ぎわへぴたっと寄る。


完全に空中迷惑飛行やった。


「お嬢様方、速度と旋回を」


「出してへんし、ちょっと城に合わせて曲がっただけや!」


「お嬢様方」


「はいはいはい!」


後ろからマイルズの声が追いかけてくる。

けど、この頃にはもう、あいつの教師くさい小言を流すのも半分自動になっとった。


ごめんな、マイルズ。


何度か角を曲がって、少しだけ天井に近づきすぎて、気むうに袖を引かれて、ようやく謁見の間の前まで着いた。


「はぁ……飛んだだけやのに疲れた」


「無駄に旋回なさるからです」


「誰が空を直線だけで使うねん」


「大半の方はそうなさいます」


「ほんま退屈な連中やなあ」


気むうは何も言わん。

でも、目だけが「神いが悪い」と言うてた。


気むうがこういう目ぇすると、なんかちょっと罪悪感出るから嫌や。


扉が開く。


玉座の間は、前と同じように広くて、前と同じように影が濃かった。

スウェトボーレは玉座におる。

その姿は相変わらず、やたら濃い陰の中に沈んどった。


PS2のボスでも、もうちょい顔出すやろ。


「おーい、スウェトボーレ。うちらの部屋のロウソク、一本だけワンテンポ遅れて揺れとるんやけど――」


ぴしっ。


マイルズのしっぽが伸びて、うちの口の前で止まった。

ほんまに止まった。

あと数ミリで毛ぇ食わされるとこやった。


(かみ)い様。せめて最初の三秒だけ、礼を保ってください」


「んむむむっ」


「三秒です」


「んむっ」


「最低限でございます」


うるさい。

最低限が短すぎるんはそっちやろ。


その時、影の中から王の声が落ちた。


「構わぬ」


マイルズのしっぽが止まる。


「……陛下」


「構わぬと言った。それが神いの言葉の型であるなら、そのまま聞こう。飾った礼で事実を濁されるよりよい」


「んむ!」


見たか。

聞いたか。

王様公認やぞ。


マイルズが、ほんの少しだけしっぽを下げた。

うちは口が自由になった瞬間、にやっと笑って舌を出す。


「ほらな」


「……承知いたしました」


承知した声やないやろ、それ。


けど、王はもうそこを見てへんかった。

影の奥から、まっすぐうちらを見る。


「まず、伝えるべきことがある」


そこで、部屋が少し黙った。


「祝意だ」


……祝意。


思ったよりまともな言葉が出てきて、うちの頭が一瞬止まった。


「二週間にも満たぬ時で、そなたらは衣を作り、身を守り、力を放ち、測定にも耐えた。通常なら一月を費やしても届かぬ段階である」


王の声は低い。

褒めとるはずやのに、甘くはない。

先生に褒められてるみたいで、でも一個一個が妙に重い。


「神い。気むう。見事な始まりであった」


ついこの前まで、処刑台の横に立っとったようなヤギが、今日は先生みたいに褒めてくる。


情緒の置き場どこやねん。


高級部屋。

玉猫マイルズ。

王様からの祝福。


セットだけ見たら待遇上がりすぎや。

せやのに、ちっとも安心できへん。


いや、絶対この後なんかあるやつやろ。

そういう褒め方やった。

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