訓練記録「力」
次の日も、うちらは第四図書室へ行った。
行った、はずやった。
せやけど扉を開けた瞬間、図書室の真ん中だけが別の部屋になっとった。
棚はある。
古い紙の匂いもある。
黒板もある。
でも、そこに置かれているものは、どう見ても授業の道具やない。
椅子が二つ。
ケーブル。
金属の輪。
でかい球。
机の上で勝手に震えている細い針。
あと、頭にかぶる何か。
「……今日、うちら何されるん?」
「測定でございます」
マイルズの返事は早かった。
「何の」
「お二人のエネルジア出力です。第一回の理論講義で申し上げた、インク値を確認します」
「……第一回の理論講義」
聞き覚えはある。
あるけど、その時のうちは、たぶん爆裂魔法のことで頭がほぼ焼けていた。
「つまり?」
「魔法行使における基礎出力を、比較可能な数値へ換算いたします」
「……数値」
うちの中で、何かが起きた。
数値。
強さ。
レベル。
戦闘力。
片目につける変な機械で「こいつ、数値高っ」ってなるやつ。
「……あかん。ちょっとおもろなってきた」
数字で強さが出る。
ほんまの異世界っぽいやつや。
……いや、待て。
うちの数字、低かったらどうしよ。
うちは、真ん中の椅子を見た。
背もたれに金属の輪。
横から伸びるケーブル。
膝のあたりに、何か押さえるためみたいな部品。
その前に、頭一個半くらいの金属球。
どう見ても、座るだけで終わる顔やない。
「この椅子、何」
「測定精度を上げるための補助機材でございます。姿勢、出力方向、外部漏出を一定に保ちます」
「説明されても怖いもんは怖いんやけど」
「安全です」
「こんだけケーブルあったら、普通にビリッて来そうやん……」
「来ません」
「今の“来ません”だけ、妙に早ない?」
「来ません」
「二回言うやつ、だいたい逆に怖いねん」
気むうは、椅子をじっと見ていた。
逃げる顔ではない。
でも、座りたい顔でもない。
そこだけは、うちと完全に一致していた。
「どちらから行いますか」
「嫌」
「嫌」
うちと気むうの声が、ほぼ同時に出た。
「うちが先に言うた」
「嘘。私が先」
「いや、うちや!」
「神いが遅い」
「模擬戦ではそんなこと言わんかったやろ!」
「でも勝った」
「うしっ……黙れ!!」
マイルズが、しっぽの先で床を一度だけ打った。
ぴし。
「では、気むう様から」
「よっしゃ!」
気むうが、ほんの少しだけ口を開けた。
たぶん、かなり薄く驚いていた。
「神い様は、今の状態では少々落ち着きに欠けます。先に気むう様の手順をご覧いただいたほうが、測定は安定します」
「はあ!?」
「今の反応で、十分でございます」
「くっそ腹立つ!」
気むうは数秒遅れて立ち上がった。
それから、こっちを見た。
ほんの少しだけ、笑っている気がした。
うちは変な顔で返した。
たぶん、今できる範囲でいちばん最悪の顔やった。
気むうは、少しだけ椅子を見てから、静かに座った。
固定具みたいなものを使う気は、今のところなさそうやった。
それは普通に助かった。
縛られるのは、想像するだけでちょっと無理や。
マイルズが、金属球を気むうの手元へ浮かせる。
「球へ、全エネルジアを込める意識で。三秒間です。音が鳴るまで維持してください」
「……うん」
気むうは目を閉じた。
静かやった。
球の表面に、白っぽい光が薄く走る。
派手ではない。
でも、線が乱れない。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
金属の輪が小さく震える。
机の上の細い針が、すうっと上へ動いて、止まった。
マイルズは少し浮き上がって、近くの小さな盤をしっぽでいくつか押した。
「良好です。もう一度」
気むうは頷いて、もう一度同じように集中した。
今度も、光は急がない。
細い線が球の表面を一周して、ほとんど同じ場所へ戻る。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
マイルズがまた、小さな盤をしっぽで操作する。
何か、魔法というより、やっぱり検査っぽい。
白い光。
細い針。
静かな気むう。
絵面だけ見たら優等生や。
中身は昨日、うちを白い世界に沈めた女やけど。
次は、うちの番やった。
椅子に座る。
背中に変な冷たさがある。
「うわ、背中が施設」
「施設とは」
「説明しづらい嫌さ」
金属球を渡される。
重い。
思ったより、ちゃんと重い。
「神い様。爆裂魔法の時のように、一点へ集めすぎないでください。今回は測定です。球を破損させる必要はございません」
「破損前提で注意すな」
「念のためでございます」
「好きに言うとけ、猫玉」
球を握る。
指先の外にある流れを探す。
火成波より広く。
爆裂より浅く。
身体全体から、球へ渡す。
数字が出る。
うちの数字。
そう思っただけで、ちょっとだけ腹の奥が熱くなった。
流れを入れた瞬間、球の内側で赤っぽい光が一回だけ膨れた。
マイルズのしっぽが、ほんの少し止まる。
「破損は不要です」
「してへんわ!」
光は気むうの時みたいに細く回らへん。
一回膨れて、少し散って、それから球の内側へ押し戻される。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
「良好です。もう一度」
もう一度。
今度は少しだけ抑える。
爆裂の時みたいに一ヶ所へ押し込めたら、たぶん本当に壊す。
壊したら、あとでこの猫玉が絶対うるさい。
それは嫌や。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
測定が終わると、机の端に置いてあった機械が、がが、と嫌な音を立てた。
細い紙が、四角い変な口からじわじわ押し出されてきた。
「うわ、レシート出た」
「測定結果です」
「いや、レシートにしか見えへん」
マイルズはしっぽでその紙を取り、じっと見つめた。
気むうは椅子から降りて、うちの横へ戻る。
こっちを見ない。
測定紙だけを見る。
「まず、気むう様。13,401インク」
気むうは少しだけ目を上げた。
「次に、神い様。14,780インク」
「どーん!! 見たか気むう!!」
声が勝手に出た。
「うちのほうが上や!! ひゃっほう!!」
気むうがこっちを見る。
「何に」
「戦闘力!! ほら!!」
「……うるさい」
「一万四千七百八十やぞ!? 完全に強いやつやん!!」
「重い」
うちは測定紙を見た。
別に、きりのいい数字ではない。
でも。
一万を超えとる。
四桁やない。
五桁。
五桁は、もうだいぶ強そうやろ。
一万四千七百八十。
口に出すだけで、ちょっと偉い。
名前の後ろに付けたい。
神い・一四七八〇。
いや、ないな。
でも気持ちはある。
「神い様。その差で勝敗は決まりません」
マイルズが、すぐに入ってきた。
「今言うなや!!」
「今ちょうど気持ちよかったやろ!!」
「ですから、今申し上げました」
ひどい。
一番いいところで、水をかけてきよった。
マイルズは、測定紙を机の上へ置いた。
気むう。
うち。
数字だけなら、うちのほうが上。
その並びは、正直かなり気持ちよかった。
「お二方の差は、約一割です」
「一割は一割やろ!」
「その程度であれば、距離、術式相性、判断、集中の乱れで簡単に覆ります」
「でも……」
「申し訳ございません、神い様。前回の模擬戦で、すでにご覧になったはずです」
「うぐ……」
気むうが、また少しだけ笑っていた。
またや。
うちは、できる限り最悪の顔でにらんだ。
……こいつ、ほんま調子乗っとるな。
「インク値は、魔法の強度と容量を手早く把握するための目安でございます。勝敗を決めるためというより、そもそも戦闘が成立するかを判断するために使われることが多い」
「……つまり、やっぱり戦闘力やん」
「大きな差がある場合に限れば、近い認識です。六千インクの小型生物が、二万インクを超える戦闘職術者に正面から挑むのは、基本的に成立しません」
「ほら戦闘力やん」
「ごく大まかには、です。近い数値同士の戦闘を定義するものではございません」
「世界の見方、地味やなあ」
「地味な見方ほど、生存には有効でございます」
「つまらん正論だけ強いな、お前」
「目安として申し上げますと、成人の戦闘職術者で二万を超える者は珍しくありません。上位職であれば、十万を超えます」
「十万」
一気に気分が下がった。
さっきまで主人公の数字みたいな顔していた一万四千七百八十が、急にチュートリアルの端っこで拾う木の棒みたいに見えてきた。
「……うちら、まだチュートリアルの数字やん」
「チュートリアルよりは上等です」
「慰め下手か」
気むうが、測定紙を見た。
「……私たちの数値は、問題?」
マイルズは、すぐには答えへんかった。
「陛下より、いずれ説明があるでしょう」
それで、図書室の空気が少しだけ止まった。
気むうは測定紙を見ていた。
うちは、さっきまで勝ち誇っていた自分の数字を見た。
14,780インク。
強いんか、弱いんか。
勝っとるんか、負けとるんか。
急に、ようわからん数字になっていた。
「……説明、今ほしいんやけど」
「私から申し上げることはできません」
マイルズは、測定紙をしっぽで丁寧に挟んだ。
その手つきだけ、妙に慎重やった。
紙切れ一枚やのに。
レシートみたいな顔しとるくせに。
「本日の結果は記録します。次回以降、訓練内容を調整いたします」
「……増えるやつやん」
「はい」
そこは否定してほしかった。
マイルズは測定紙を折らずに、細いケースへしまった。
神い、14,780インク。
気むう、13,401インク。
数字だけは、もう残った。
……ほな、増えるんやろうな。
嫌やけど、ちょっとだけ楽しみでもあった。




