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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
31/60

訓練記録「影①」

何度目かの第四図書室やった。


お姫さまみたいな部屋で起きて、顔洗って、変な城の廊下を通って、図書室へ直行。言葉にすると、完全に異世界の朝やのに、身体はもう少しずつ慣れ始めとる。最悪や。人間、適応力高すぎる。もっと拒否していけ。


茶色い補助外套(ほじょがいとう)は、今日も肘のあたりにだらっと引っかけといた。


ちゃんと着る気はない。


せやけど、完全に置いてくる勇気もない。


見た目は終わる。防御はちょっと上がる。何やこの嫌な取引。異世界まで来て、最初に学ぶ人生の真理が「ダサいもんほど命を守る」なん、納得いかへん。


今日は、()むうの訓練日やった。


マイルズは最初から、魔法大百科を気むうの前に開いとった。昨日うちが使った攻性の頁とは違う、もう少し薄い青灰色の栞が挟まったところ。


気むうは椅子に座って、それを静かに見とる。


静かすぎる。


うちは隣で、もう三分くらい黙っとる。


三分。


えらい。


うちにしては、かなりえらい。


……でも、そろそろ無理や。


人が黙って何か選んどるのを横で見てるだけって、どうしたらええん。呼吸の置き場がない。変に咳したら邪魔やし、黙りすぎてもこっちが置物になるし、気むうの空気だけどんどん深くなっていくし。


こういう時、うちは何か音を出したくなる。


たぶん、それがあかんのやろな。


目を閉じる。


頭ん中でイスシアを呼んでみる。


「イスシア」


反応なし。


「おい、赤い高級造花」


反応なし。


「聞こえとるなら返事せえ。こっちは今、妹の訓練を無言で見守るという高等修行中やぞ」


『朝から品のない呼び鈴やねぇ』


頭の奥に、ぬるっと声が入ってきた。


出た。


『高級造花って何やの。せめて薔薇(ばら)と呼びなさいな、小娘』


「呼んだら来るんかい」


『あんたの頭ん中がうるさすぎて、近づく前からわかるわ』


「便利やな」


『迷惑の間違いやねぇ』


イスシアの声は、いつも通り腹立つくらい艶っぽい。けど、今日は少しだけ薄い。朝やからとか、距離があるからとか、そういうんやない。気むうの近くにいるせいで、赤い声まで少し慎重になっとる気がした。


「今日、気むうの訓練やで」


『見ればわかるわ』


「興味ないん?」


『それ、うちの仕事ちゃうわ。白の領分やもの、ねぇ?』


「白?」


うちは気むうの横顔を見た。


「……気むうにも、頭ん中に薔薇おるん?」


『何を今さら』


イスシアが、少しだけ笑う。


「お前みたいに性格悪いん?」


『そこまで悪趣味やないわ。逆よ。腹立つくらい優しい。考えすぎる。黙りすぎる。……だから面倒なの』


「ほな、ええやつやん」


『ええやつは食われるのよ』


そこで、イスシアの声が少しだけ擦れた。


『あっちで食われ、こっちで食われ。

 最後には、猫に舌でも持っていかれたみたいに黙る』


「……嫌な言い方」


『事実はだいたい嫌な顔してるものよ』


うちは何も返せんかった。


気むうは、ただ本を見とる。


細い指が、頁の端に触れている。力は入ってへん。せやのに、その周りだけ空気が妙に整っとる。うちが火を寄せる時みたいに追いかけてへん。向こうが、勝手にそこへ来るのを待っとるみたいやった。


「気むう様」


マイルズが呼んだ。


「本日は、干渉系を中心に確認いたします。攻撃ではなく、行動の起点を落とす術式です」


「……うん」


気むうは小さく頷いた。


うちは思わず口を挟む。


「何でそれなん?」


気むうがこっちを見る。


まっすぐ。


責めるでもなく、説明したがるでもなく、ただ一回こっちを見て、それから本へ視線を戻した。


「敵に勝てないなら」


声は小さい。


「敵を、攻撃させなければいい」


図書室の音が、一瞬だけ薄くなった。


うちは眉を動かした。


「……それ、防御の顔しとるくせに、攻撃より物騒ちゃう?」


「そう?」


「そうやろ」


気むうは答えへん。


マイルズも、そこは否定しなかった。


精神干渉(せいしんかんしょう)は、壊す術式ではございません。意識、反射、緊張、眠り――そういった起点に触れ、行動を鈍らせます」


「ほな安全なん?」


「扱いを誤れば、相手を余計に危険な状態へ押し込む可能性もございます」


「うわ」


「ですので、慎重に」


「急に怖いな」


マイルズは図書室の奥から、小さな訓練人形を浮かせてきた。木と布でできた、兵士の形をしたやつや。背丈は気むうの腰くらい。手には短い棒。目はない。せやのに、立たされると何となくこっちを見る感じがした。


「これは簡易模擬体(かんいもぎたい)です。痛覚はございませんが、命令に従って攻撃動作を取ります」


「えぇ……かわいそ」


「かわいそうではございません。備品です」


「うわ。浪漫ないな」


「備品に浪漫は不要です」


「最悪の答えや」


マイルズがしっぽを一度、床へ落とす。


模擬体が動いた。


短い棒を持ち上げる。ぎこちない。けど、攻撃の形にはなってる。こっちへ一歩、二歩。


気むうは立ち上がった。


構えない。


息をひとつ吸って、吐く。


それだけ。


ほんで、指先を少しだけ前へ出した。


白っぽい流れが、見えた気がした。いや、見えたんかどうかはわからん。光やない。火でもない。空気の中の雑音が、一ヶ所だけ静かになる感じ。


模擬体の腕が止まった。


棒を振り下ろす直前の形で、ぴたりと。


次の瞬間、腕から力が抜けた。


棒が床へ落ちる。


からん、と音がした。


模擬体は一歩だけ進みかけて、膝から崩れた。倒れる音まで小さい。まるで誰かに叩き潰されたんやなくて、起きている理由だけをそっと抜かれたみたいやった。


「……」


うちは、口を閉じた。


なんや今の。


派手やない。

全然、派手やない。


せやのに、海水浴場のクラゲくらい嫌な怖さがある。


「良好です」


マイルズが言う。


「侵入、保持、解除。いずれも乱れが少ない。初回としては非常に安定しております」


しっぽの先が、床を二回だけ叩いた。


ぴし、ぴし。


拍手、なんやろうな。たぶん。


気むうは褒められても、ほとんど顔を変えへん。ただ倒れた模擬体を見て、少しだけ目を伏せた。


「……もう一回、できる?」


「可能でございます」


「なら……お願い」


「承知いたしました」


二人とも丁寧すぎるねん。

見てるこっちの口が悪いみたいになるやろ。


気むうは、倒れた模擬体から目ぇを逸らさへんかった。


勝った相手を見る目やない。

落としたものを、ちゃんと拾う前の目やった。


うちなら、たぶん倒れた瞬間に「よっしゃー!」で終わっとる。気むうは、倒したあとのことまで見とる。


……何やねん。


『ほらね』


イスシアが、頭の奥で笑った。


『優しいだけの子なら、あんな止め方せえへんのよ』


「……性格悪」


『どっちが?』


それ以上は、聞かんかった。


その時、図書室の奥で、ぱら、と音がした。


見ると、本棚の一角で、本が三冊、空中に浮いとった。


誰かが読んでいた途中みたいな角度で、ぴたりと止まっている。次に、すうっと落ちる。床に届く寸前で、時間が巻き戻ったみたいに元の高さへ戻る。


また落ちる。


戻る。


落ちる。


戻る。


同じ動き。

寸分違わん動き。

記録された失敗を、ずっと再生しとるみたいやった。


「……日に日に芸が細かくなっとるな」


うちは、その変なループをじっと見た。


落ちる。

戻る。

落ちる。

戻る。


ありえへんことが、普通みたいな顔して続いとる。


「……これ、ほんまにええん?」


『青があのままなら、綻びは増えるわよ』


イスシアの声が、さっきより少し低い。


『今は、机と本で済んでるだけ』


「……え?」


『ただの迷子に、部屋と飯と教師までつける王なんて、そうおらんわよ』


乾いた声やった。


いつもの甘ったるい嫌味と、少し違う。


「……そんなやばいん?」


『みんなが怯えるくらいには。

 でも、あんたがまだ爆裂で遊べるくらいには、崩れきってへん』


何も返せんかった。


せやから、うちはもう一回、落ちて戻る本を見た。


マイルズは浮いている本のループを一度だけ見た。眉もないくせに、ほんの少しだけ空気が硬くなる。それから、気むうへ向き直った。


「次は、より強い干渉を試します」


「……うん」


「神い様」


「何」


「その間、こちらで近接補助の基礎を確認してください」


「え、うち今、気むうのすごいやつ見てるとこなんやけど」


「口を挟まれる前に、手を動かしていただいたほうが双方に有益です」


「おい」


図星やから余計腹立つ。


マイルズは別の頁を開いた。


SPELL No.031――身体強化(しんたいきょうか)

SPELL No.044――速度補助(そくどほじょ)

SPELL No.052――出力補助(しゅつりょくほじょ)

SPELL No.088――火纏拳(ひまといけん)


いきなり多い。


「待て待て待て。多ない?」


「数日はかけます。今は、動きながら補助術式を切らさない感覚だけ掴んでください」


「……つまり、戦いながらズルする練習やな」


「表現は不適切ですが、近いです」


「よし」


せやけど、動くのは嫌いやない。


速度補助は、足の中に火の芯を通すみたいな感じやった。筋肉で走るんやなくて、身体そのものをエネルジアで前へ押す。最初の一歩で行きすぎて、肘に引っかけた茶色い外套が、ずるっと前へ滑った。


「っ、ほんまお前は――!?」


ほんま、守る前にまず邪魔してくるな、お前。


出力補助は、腕の内側に見えへん棒を入れられたみたいな感覚。力を入れすぎると、関節が嫌な方向へ文句言う。火纏拳はまだマシやった。手の甲に薄く火を纏わせるだけ。見た目がいい。大事。かなり大事。


「神い様、見た目だけで術式を評価しないでください」


「見た目が死んだ術式に人生預けたくないねん」


「命を預ける基準を見直してください」


「こっちのセリフや」


そうやって何回か壁際を往復している間に、気むうのほうでは次の準備が整っていた。


模擬体が二体。


さっきより大きい。人間より少し低いくらい。木と布と金具でできてるくせに、立ち方だけ妙に生々しい。片方は棒。もう片方は腕を広げて、掴みに来る形。


「実戦想定です」


マイルズが言う。


「無理に破壊する必要はございません。行動を止めてください」


「……わかった」


気むうは前へ出た。


うちは、途中で足を止めた。


見てしまった。


今度は、ちゃんと。


模擬体が動く。片方が棒を振る。もう片方が横から詰める。


気むうは逃げへん。


一歩だけ下がる。ほんの一歩。そこに、白い流れが薄く広がる。


音がした。


耳やない。頭の奥で、きいん、と細い何かが鳴った気がした。


模擬体二体の動きが、同時に崩れた。


棒を持ったほうは、振り下ろす前に膝をつく。掴みに来たほうは、腕を伸ばしたまま、身体だけが後から止まる。糸を切られたみたいに、どちらも床へ落ちた。


気むうは、手を下ろす。


叫ばへん。

踏み込まへん。

勝った顔もせえへん。


ただ、終わったものを見ている。


たまに思う。


こいつ、静かな顔で全部持っていく時あるな。


「……今の、何」


自分でも、声が少し低くなったのがわかった。


気むうはこっちを見た。


「音」


「音て」


「中に、入れる音」


説明になってるようで、なってへん。


でも、それ以上聞けんかった。


聞いたら、何か余計なとこまで触ってしまいそうやった。


マイルズは、しっぽの先で床を一度だけ打った。


「非常に良好です。対象二体への干渉、時間差なし。保持時間も十分。解除時の戻しも可能でしょう」


「……壊れてない?」


「問題ございません」


気むうはまた、少しだけ目を伏せた。


その時、うちは思った。


どこまでが、うちの知ってる気むうなんやろ。


同じ家で、同じ朝に起きて、同じ道を歩いて、しょうもないことで言い合ってきた妹。


それは、ちゃんとここにおる。


おるのに。


青い目ぇで、どこか寂しそうな顔をして、ほとんど動かんまま二体の模擬体を黙らせたやつも、同じ気むうや。


うちが見てへんかっただけで、前からそこにあったんか。

それとも、こっちの世界が引っ張り出したんか。


わからん。


わからんのが、ちょっとだけ怖い。


「神い様」


マイルズの声で、うちは顔を上げた。


「補助術式へ戻ってください」


「……はいはい」


戻る。


戻るしかない。


いつまでも気むうのほうを見ていたら、たぶん変な顔になる。

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