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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
29/60

一回しかできへん

「……次で?」


『ええ』


『綺麗に壊してあげなさい、小娘』


机が、静かに脚を揃えた。


揃えた、というか、たぶんそう見せようと頑張った。焦げた木が、ぎしっと鳴る。


「お願いいたします」


何やねん。


ほんまに何なん、この状況。


夜中の図書室で、机に頼まれて、薔薇に煽られて、うちは爆裂魔法を撃とうとしてる。


人生の分岐、どこでこんな線入ったん。


でも。


胸の奥が、熱かった。


怖い。疲れた。腕も痛い。明日、現実全体にまた変な波が来るとかいう話も聞いた。気むうが起きたら終わりや。あの目ぇで見られたら、たぶん爆裂より先にうちが終わる。マイルズに見つかっても終わりやし、王に見つかったらたぶん普通に死ぬ。


せやけど、今ここでやめたら、絶対一生腹立つ。


画面の向こうにしかなかったはずの“あれ”が、今、うちの手の中まで来とる。


あと一歩や。


補助外套(ほじょがいとう)が肘からずり落ちかける。


茶色い布が肘に噛んで、腕が一瞬遅れた。


「今だけは邪魔すんな」


うちは歯を食いしばって、外套を後ろへ払った。茶色い布が床を少し擦る。


見た目は終わっとる。


でも、今はそれでええ。


「……いったるわ」


息を吐く。


足を開く。

腰を落とす。

背筋を伸ばす。

手のひらを、机へ向ける。


『残さない』


イスシアが言う。


『今のあなたに残せるほど、爆裂(ばくれつ)は優しくないわ』


うちは目を閉じへん。


手のひらに、流れを集める。


さっきまでの比やない。腕から。肩から。胸から。腹の奥から。身体のあちこちに散っとる薄いもんを、全部、右手へ引っ張る。


痛い。


重い。


熱い。


手のひらの中心に、豆粒みたいな火が生まれる。小さい。せやのに、さっきと違う。軽くない。小さいくせに、そこだけ空気が沈んどる。


『逃がしたら終わりよ。火に舐められた子から、焦げ跡になるわ』


「……分かっとる」


火が丸くなる。


手のひらの上に、赤と白と、少しだけ黒い縁のある球ができる。


小さい。


でも、近くで見るほど気持ち悪いくらい重い。大きい火やない。押し込められた火や。暴れたいのに、まだうちの手の中に押さえつけられとる。


心臓が、うるさい。


耳の奥まで鳴る。


机が、まっすぐこっちを見ていた。


こぶみたいな木の目ぇが二つ。

ちゃんと、うちを見ていた。


うちは息を吸った。


今度は、イスシアのあとを追わへん。


うちが言う。


「燃えろ、叫べ、天の底!」


声が図書室に落ちる。


「炎は我が心、爆炎は我が名!」


手のひらの球が、ぎゅっと縮む。


「この一撃は逃れぬ運命、拒めぬ審判!」


腕が震える。


「時空を焼き尽くす、破壊の号砲!」


喉が熱い。


でも、声は止まらへん。


「█▓▒░ FINAL SPELL No.646 ░▒▓█」


一瞬。


図書室の本棚も、床も、机も、イスシアの気配も、全部、同じ点へ吸い込まれた気がした。


うちの手のひらへ。


「エクスプロォォォ〜〜〜ジョン!!」


白。


最初に来たんは、音やなかった。


白やった。


手のひらの小さい球が、ほどけるんやなくて、内側から反転した。空気が押し潰される。机とのあいだの距離が、一瞬で消える。熱いとか眩しいとか考える前に、世界が白い圧に飲まれた。


ドン、と遅れて音が来た。


床が鳴る。

棚が震える。

本の背表紙が一斉に細かく揺れる。


光が机を呑んだ。


天板が反り、脚がほどけ、木目の奥まで白く焼ける。割れ目という割れ目から、白い光が噴いた。さっきまで机やった形が、机でいることを諦めるみたいに、内側からばらばらになっていく。


その瞬間。


叫んだんは、うちやない。


机やった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


長い。


長すぎる。


机が、ただ壊れてるんやない。木材の奥に無理やり詰め込まれた変な魂みたいなんが、白い光に引きずり出されて、粉々にされていく。そんな声やった。


怖い。


いや、怖いのに、どこかで「何で机がこんなラスボスみたいに叫んでんねん」とも思ってしまって、頭の中が最悪やった。


光が、ふっと切れた。


音も消えた。


残ったんは、焦げた匂いと、宙に舞う細かい灰だけやった。


机は、なかった。


天板も。

脚も。

さっきの割れ目も。


何もない。


ただ、灰がふわふわ落ちてくる。


その灰の中から、かすれた声がした。


「……ありがとぉぉぉ……」


「……ど、どういたしまして」


声が勝手に出た。


喉が、変に乾いとる。


「次は……せめて……机ちゃうやつで……」


言い終わる前に、膝が抜けた。


あ。


と思った時には、もう遅かった。


手のひらから力が消える。腕が落ちる。身体の中身が、全部どっかへ吸われたみたいに軽い。軽いのに、立てへん。補助外套の茶色い布が視界の端でだらっと揺れて、そのまま床へ一緒に沈む。


ぱふっ、と情けない音がした。


うちは、床に崩れ落ちた。


息はある。

たぶん。

あるはずや。


でも、指一本、今は動かしたくない。


天井が遠い。

本棚が高い。

灰が、まだ少しだけ降っとる。


胸の奥で、イスシアが何か言うた気がした。

聞こえへん。

いや、聞く力がない。


うちは床に頬をつけたまま、かすれた声で言うた。


「……成功したら……一回しか、できへん」

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