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だいきぼ★ウチュウ  作者: こなるちゃん
第一部 世界がバグった日
28/60

気まずい火の挨拶

うちは百科事典を開き直す。三三四頁。爆裂魔法(ばくれつまほう)。文字びっしり。さっきよりも、さらにびっしり見える。夜中の文字って何で増えるん。繁殖すな。


「イスシア」


『何よ』


「これ、人間用に三行くらいで。うち、爆裂まで最短距離で行きたいねん」


『無理』


「即答やめて」


『これは魔道書というより論文ね。書いたやつ、説明する気はあっても読ませる気がないわ』


「最悪やん」


その時、机が静かに言った。


(かみ)(じょう)。その頁を、もう少しこちらへ」


「読めるん?」


「机ですので」


「だから理由になってへんて」


それでも本をずらす。


机の天板の割れ目が、すうっと細く開いた。上のこぶみたいな目ぇが、ぎこちなくページのほうへ寄る。木目が文字をなぞるみたいに動いて、行をゆっくり追っていく。


読んどる。


机が、くそ真面目に読んどる。


何この絵面。


数分、黙った。


うちは腕を支えて待つ。途中で百科事典の重さに腕がぷるぷるしてきた。机に置いてるのに、何でこっちまで疲れるん。文字、腕までしばいてくるタイプなんか。


やがて、机が言うた。


「……爆裂魔法は、分類名のようです。その中でも、この術式(じゅつしき)――FINAL SPELL No.646、エクスプロージョンは、構造そのものは単純な部類です」


「来た」


「膨大なエネルジアを一点へ集中。圧縮。火熱系(かねつけい)への変換。詠唱(えいしょう)による形状維持。そして、崩壊寸前(ほうかいすんぜん)での解放」


「……単語は分かるのに、全部つなげると嫌な予感しかせえへん」


『単純でしょ?』


イスシアが、楽しそうに言う。


『崖から落ちるのと同じよ。手順は少ないわ。落ちるだけ』


「例えが終わっとる」


『でも、綺麗に落ちれば、一瞬だけ空を飛んだみたいに見える』


「お前ほんま、危ないもん好きやな」


『これ、嫌いじゃないの』


イスシアの声が、少しだけ艶を帯びた。


『乱暴で、単純で、品がないくせに、決まれば綺麗。全部を一点に集めて、最後にぜんぶ捨てる。意志と決意の名に、よく似合うわ』


胸の奥で、赤い薔薇が小さく脈ついた気がした。


「……できるん?」


『できるかどうかは、あなた次第』


「出た。便利な責任転嫁」


『やるんでしょ、小娘』


言われるまでもない。


ここで引いたら、うちは一生、画面の向こうの爆裂に顔向けできへん。


うちは机の前に立った。


補助外套が肘のあたりでだらっと引っかかっとる。ちゃんと羽織る気はない。せやけど、完全に外す勇気もない。茶色い布が、今この瞬間のうちの覚悟を絶妙にダサくしてくる。


ほんま、お前だけ世界観ちゃうねん。


『まず構えなさい』


イスシアが言う。


「こう?」


普通に立った。


『爆裂を撃つ子が、寝起きの猫みたいな足で立たない』


「言い方」


『足。もう少し広く。腰を落として。背筋は伸ばす。でも張りすぎない。そう。手のひらを机へ』


うちは言われた通りにする。


机が、ぴしっと固まった。


「……私で、よろしいのですね」


「今さら確認すんなや。こっちの罪悪感が戻ってくる」


『いい顔よ、二人とも』


「二人に数えんな。机やぞ」


『今夜は立派な相手役やわ』


それは、ちょっと分かるのが腹立った。


『よく聞きなさい』


イスシアの声が、少し近くなる。


『これから三つ、同時にやるわ』


「は!? 三つも!?」


声が出た。


「うち、TikTok見ながらゲームするだけでもだいぶ怪しいんやけど!?」


『爆裂、覚えたいんでしょ?』


「…………はい」


『一つ目。手のひらに、持ってるエネルジアを全部集める』


「全部」


『残すんやないわ。ぜんぶ寄せなさい。けちった爆裂なんて、見てるだけで恥ずかしいもの』


「成功サインがもう説教寄り」


机が続ける。


「圧は、崩壊寸前を超える必要がございます。途中で緩めれば散り、押し込みすぎれば術式そのものが破裂します」


「聞けば聞くほど、普通にやめたほうがええやつやな」


『二つ目』


イスシアは無視した。


『手のひらの中心で、火を作る。燃やすんやない。形を与えるの。小さくていい。逃げない火』


「逃げない火」


『三つ目。詠唱で、その形を固定する』


うちは眉を寄せた。


「詠唱、いるん?」


『いるわよ』


「え、いるんや」


『当たり前でしょ。爆裂を黙って撃つなんて、品がないにもほどがあるわ』


「そこなん?」


『そこよ』


イスシアの声が、少し笑う。


『それに、詠唱は飾りやない。崩れかけた力を、言葉で縛るの。声が震えたら、形も震える。覚悟が抜けたら、火も抜ける』


「……急にちゃんと怖いこと言うやん」


『怖いことを綺麗にするのが詠唱よ』


何やそれ。


でも、ちょっとかっこええ。


うちは息を吸った。


手のひらへ意識を寄せる。


皮膚のすぐ外。指先。腕。肩。胸の奥。そこらへんに散っとる薄い流れを、全部、右手へ集めていく。


重い。


さっきの光とは違う。服とも違う。バリアとも違う。手のひらの中心に、見えへん石が置かれていくみたいな重さ。腕の内側がびりびりする。心臓が、変に速い。


補助外套が肘で少し引っかかった。


「邪魔……」


『そこで崩れたら、詠唱だけ立派な火遊びよ。動かない』


「はい」


手のひらの奥で、ぽっと小さい火が生まれる。


赤い。いや、赤というより、赤くなろうとしてる何か。豆粒みたいな火。情けない。けど、そこにある。


『いいわ。そのまま』


イスシアが言う。


『まずは、うちに続きなさい』


「……うん」


『燃えろ、叫べ、天の底!』


「も、燃えろ、叫べ、天の底!」


『炎は我が心、』


「炎は……我が心!」


『爆炎は我が名!』


「爆炎は我が名!」


『この一撃は逃れぬ運命、拒めぬ審判!』


「この一撃は、逃れぬ運命……拒めぬ審判!」


『時空を焼き尽くす、破壊の号砲!』


「時空を焼き尽くす、破壊の号砲!」


手のひらの火が、一瞬だけ膨らんだ。


いける。


そう思った瞬間、イスシアが高く告げる。


『█▓▒░ FINAL SPELL No.646 ░▒▓█』


「█▓▒░ FINAL SPELL No.646 ░▒▓█」


息を吸う。


「エクスプロォォォ〜〜〜ジョン!!」


手のひらから、ちっっっっっちゃい火玉が、ぽすっと出た。


「……」


ひらひら。


ふらふら。


酔っ払った蜂みたいに空中をさまよって、途中で一回、上に行くんか下に行くんか迷ったみたいな動きをしたあと――


ぴん。


机の脚に当たった。


焦げた。


ちょっとだけ。


「……これは」


机が静かに言う。


「希望が見えるスタート、でしょうか」


『今のを爆裂と呼んだら、爆裂のほうが泣くわね』


イスシアの声が冷たかった。


「初回やぞ!」


『初回にしても、あまりに小さいわ。今のは爆裂やなくて、気まずい火の挨拶よ』


「気まずい火の挨拶て何やねん!」


「ですが、発生はしております」


机が言うた。


「方向も、一応は私へ向かいました」


「ほら!」


『慰められて嬉しい? 机に』


「……ちょっと嫌」


うちは手を振った。指先がまだびりびりしとる。たったあれだけで、腕の奥が少し重い。


ふと、不安になった。


「なあ、イスシア」


『何よ』


「これ、ちゃんと成功したら……この城、吹っ飛んだりせんよな?」


言うてから、今さらすぎると思った。けど大事や。夜中に図書室ごと王城を爆破しました、はさすがに寝坊の言い訳では済まん。


『この城は、魔力による物理破壊に対して常時防御が張られてるわ。何世紀もね』


「便利すぎん?」


『この中で戦う前提の施設やもの』


「……戦うの? ここで?」


『戦闘用のアリーナくらい、いくつもあるわよ』


「王城の顔した戦闘施設やん。だいぶ詐欺やろ」


『だから、城そのものを吹き飛ばす心配はしなくていいわ』


「なら安心――」


『でも、あなたは普通に倒れるかもしれない』


「安心返せ」


『返さないわ。必要な恐怖やもの』


そうして。


イスシア曰く、ぴったり三時間と四分が経過した。


その間に起こったことは、もううちにも説明できへん。


「エクスプロォォォ〜〜〜ジョン!」


ぽす。


「エクスプロォォォ〜〜〜ジョン!!」


ぼふっ。


「エクス・プロ・ジョーーーン!!」


ぱんっ。


最初は、集める前に火が逃げた。

次は、火だけ先に走った。

その次は、詠唱の途中で手のひらがびびって、形がぐにゃっと歪んだ。


玉。

卵。

手榴弾みたいな何か。

信号弾。

途中から、火なのか物なのか判断に困るやつまで出た。


一回だけ、手のひらから火の小人が三体出てきた。


三体とも、空中でパラパラ踊り始めた。


しかもBGM付き。


「……何で!?!?!?」


その瞬間、うちは腹を抱えた。


『あは……あははははっ、何それ……! 何をどう間違えたら踊るのよ……!』


イスシアまで笑っとる。上品ぶろうとしてるのに、声の端が完全に崩れとる。


机も、焦げた脚を震わせながら、かすかに笑った。


「ふ、ふふ……これは……新しい系統の可能性が……」


「ないないない! こんなん系統にすな! 火の小人ダンス魔法とか嫌すぎる!」


小人たちは、最後に謎の決めポーズをして消えた。


静かになった図書室に、うちの笑い声だけが残る。


あかん。

夜中やぞ。

笑うな。

見つかる。


そう思うのに、止まらん。


そのあとも、失敗は続いた。


火玉が机の前で礼して消えたり。

手のひらの中で小さい花火みたいに散ったり。

机の上に、なぜか焦げた丸い跡だけ綺麗に十個並んだり。


せやけど、失敗するたびに、ちょっとだけ分かる。


押すんやない。

握るんでもない。

手の中に閉じ込めたまま、声で形を保つんや。


だんだん、うちの腕は重くなっていった。


最初は、ただびりびりしとるだけやった。途中から、肘の奥が熱くなった。さらに続けると、肩まで鈍い。息を吸うたび、胸の真ん中に引っかかる。


でも、やめる気はなかった。


もうちょいや。


たぶん。


たぶん、もうちょい。


爆裂は、こういうもんやろ。

一発のために、全部持っていかれるもんやろ。


「神い嬢……」


机が、ついに言うた。


全身、黒い。

片脚、だいぶ短い。

天板の端は焦げて、さっきよりもさらに人生を諦めた顔になっとる。


「頼みます……もう、死にます……」


「最初から死にたい言うてたやん」


「死にたいのと、死に続けたいのは……違います……」


「名言みたいに言うな。刺さるやろ」


『あと一回』


イスシアが、静かに言うた。


さっきまで笑ってた声やない。


赤い薔薇の奥にある、硬い芯みたいな声やった。


『今の形、悪くなかったわ。次で決めなさい』

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